プロローグ
宝石を散りばめたような星空、眼下に広がり月の光を反射しながら煌めく海の大地。そのはるか上空で睨み合う二人がいた。
純白の大きな翼を背中に携え、月明かりが銀色の甲冑を淡く照らしている。妖艶な美女には似つかわしくない大剣を片手で持ちながら、対面している一人の少年に対して深く蔑むような視線を向けていた。
一方、対面している軽く肌の焼けた身長の高い少年は、不敵な笑みを浮かべる。翼の生えたまるで天使のような彼女の外見と対になるように、彼の背後には幾数本の透明な剣が、背後にただ鎮座していた。
彼の身を超える特大剣を片手で扱い、剣先を目の前の敵に向ける。
「お前が誰に仕えようと、そして何をなそうかなんて興味もないし、どうでもいい。だけど俺の邪魔をするなら全力で、潰す」
挑発的な彼の言葉にぴくりと眉を動かし、彫刻のような彼女の口が動いた。
「不遜な態度ですね、死にますか?」
その言葉に答えるように夜空に一雫の火花が燃え上がる。そうこの物語の始まりは確か......。
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日本にある高層マンションのとある一室。一人ほくそえみながら自室でいそいそとあるものを作る少女がいた。
その少女の髪は丁寧に三つ編みにされ、光の当たり具合では絹をも彷彿とさせるかのような輝きを見せる黒髪。普段から手を抜かずしっかりと手入れされている様子が分かる。
髪だけではなく肌もしっとりとしていて透明感があり、見ているだけで勝手に手が伸びてしまいそうなそんな魅力を放っていた。
彼女は特別可愛いとは言えないが不細工とも言えない。顔のパーツはしっかりとバランスを取り、その一つ一つが調和を取るようにそこに佇んでいた。
「できたーーーーーーー!!!!!!!!!」
そう大声を上げ両手を空へと掲げる。よほど長い間作業していたのか、ん~と長く背を伸ばし左手で瞼を抑える。疲れた瞼や体を労わりながらもわくわくした様子で次の作業に早く取り掛かりたいといった様子だ。
奥から母親らしき女性の声で心配する声が響くが、大丈夫~と声をかけ少女は手元の紙に目を移す。学校からのプリントだろうか、その裏面を使い達筆な字で書かれた25人ほどの男女と思わしき名前。
その名前から下に線が引いてあり、さらにその線から斜め、横など枝分かれている。
簡単に言えばあみだくじのようなものができていた。それもとても細かく。眼で追うのも疲れてしまうような密度で描かれたそれを、少女はとても誇らしげに見つめあみだくじを始めたのである。
「明日どうなるかしら?みんな驚くかしら、恐怖するかしら、もしかしたらパニックを起こしてしまうかもしれないわね」
先ほどの雰囲気と口調がまるで一致していないが本人は気にしていないようである。明日起こるである自身のクラスのことを考えているのであろう。
無邪気な子供の様に嬉しさ、楽しさを顔に滲ませながらすいすいと流れる手つきであみだくじを進めていく。一人、また一人と外れと書かれた文字に線が流れ着いてゆく。
中盤に差し掛かったあたりで一人の男子生徒の名前にふと目が留まる。特に奇抜な名前でもないし親しいわけでもないが、彼の家庭環境が普通の人とは違い特殊であったことと、彼が常に仮面をかけていることをふと思い出した。仮面といっても比喩表現であり、他と一線を置いているという意味だ。
「まぁ、関係ないわね~」
そう呟き彼女はあみだくじを再開した。
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人々は様々な情報を他者と共有したがる。どこにそんな情報量を獲得できる時間があるのかと疑いたくなるほどに、彼ら彼女らは自らが獲得した情報を糧に会話を楽しんだ。
例にもれずクラスで会話をしている春野風斗もその一人である。風斗は今日何回目かわからない作り笑いを終えると、授業が始まるよと晴れやかな笑顔と共にクラスメイトに伝えた。
授業の開始を恨みッぽく呟きながら各々の席に座るクラスメイトを目の端に捉えながら自らも窓際の席に座る。ふと空を見ながら周りに悟られないようにため息をついた。
これで作り笑いをせずに済むと、口角の痛みを指で和らげながら風斗は少し気楽な気持ちで授業に臨んだ。
彼、彼女らが通う高校はそのほとんどが他の高校と変わらない普通校だ。三年の単位制学校。授業内容や部活、果てまで委員会などそのほとんどが他の高校と同じである。
違う点としたらこの学校に来る生徒余すところなく全員が金持ち、もしくは役職のご子息という所だろうか。
風斗に座っている前の席の女子生徒もかの有名な化粧品メーカーのご令嬢。後ろの席は男性の頭髪関連の商品を扱っている会社の三男などクラスのどこを見ても有名どころのご子息が集まっているのだ。
風斗ももちろん有名政治家の一人息子という立場を肩書きにしているのだが、その事実が彼の眉間のしわを増やす原因になっている。
教師にあてられた問題をそつなくこなし、自分の席に着席する風斗。そんな風斗を後ろの席から今か今かとほおが緩みっぱなしの女子生徒がいた。
彼女は教科書を開いて建て教師に見えないように空中に指でなぞるように円を描く。何やらぶつぶつと日本語ではない言葉で、つぶやくがそれに気づく生徒や人はいない。
一呼吸終え、ふぅと小さくため息を漏らす彼女。その瞬間平穏は突如来た異変に切り裂かれた。
風斗の真上の空間、天井と机の間に黒い物体が・・・現れたのだ。
生徒たちは突然の出来事に体、思考、がその異変にくぎ付けにされていく。例にもれず風斗もその一人だ。授業中突如として黒く浮遊している物体が目の前に現れたのだ。
思考が停止したがやけに胸の音は鮮明に聞こえる。教室という場が完全に音を置き去りにしたからだろうか。時間にすれば数秒の沈黙が数分にさえ感じてしまうそんな感覚にとらわれたが、教師が声を取り戻したかのように叫ぶ。
「皆逃げてぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
ようやく意識を思考に回せた生徒たちで逃げ出そうと体を動かしたが再び動けなくなってしまう。黒い物体が急降下し、風斗を飲み込み忽然と消えてしまったからだ。
「行ってらっしゃい私の世界へ」
誰にも聞こえないであろう女子生徒の声は風斗の落としたシャーペンが、床に乾いた音を響かせるのと同時の呟きであった。
ふと考えた異世界ものです。漢字の違いや表現の分かりずらさがありますがどうぞよろしくお願いします。