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ナルシスト

作者: 伊藤

私はどこか、ズレていた。

それはいつからか、母親の暴力に怯えた夜か、父親の罵声に泣いたあの日か。あるいは生まれた時からかもしれない。とにかく私という人間は手の施しようもないところまできていた。

"私は他者を愛することができない"

それが致命的なことだと気づいたのは中学生の時だったか。


今では時期も定かではないがあの日が決定的だったのだろう。あれは私の何のことはない日常にこぼれ落ちた小さな雫だ。その雫は小さな波紋を呼んだがその時点では大したことではなかった。だがその小さな雫は後の嵐の小さな前兆だったのだ。

あの日私は普通に登校し、席について一人窓から見える空を見上げた。

あまり家には居たくはなかったので登校はいつも早かった。

そうして早く登校したはいいものの勉強に向けるほどの気力は持ち合わせておらず、いつも窓際の席であることを利用してぼんやりと外を眺めるのみだった。この時から他者に興味を示さないという私の性質ははっきりしていて、クラスからは孤立をしていた。しかし私はそのことを全く苦にしていなかった。


それは私の世界には私以外の人間は存在しなかったからである。

だがその時、不意に私の名前を呼ぶものがいた。

意識を向けていなかったので何を言っているかは分からなかったが大方教師が雑用でも押し付けようとしているのだろうとそちらに顔を向けた。

しかし、そこにいたのは朝早く教室にいる私に雑用を押し付ける教師ではなく、一人の女子生徒であった。

まさか、自分が話しかけられるなどということは考えてもいなかったのでどうして良いものか分からず、じっとその女子生徒の顔を見つめてしまった。

見つめられた女子生徒がどんな反応だったかも記憶にないが彼女は一枚の封筒を手渡し、そのまま何処かに行ってしまった。

それが私の日常に起きた小さな波紋。

しかし私はその手紙の内容を知らない。何故ならその封筒を開けることもせずごみとして捨ててしまったからである。そこには一切の悪意はなかったのだが、クラスメイト達にはそのようなことは分かる訳もなく私はその日から、本格的なイジメというものに遭う。

しかし、それ自体は私の心には大きな影響を及ぼすことはなかった。既に人間とはそういうものだという一定の理解があったからである。


だが、その私の鉄壁とも言える心の壁を壊したものがいた。誰だったかは覚えていない。

ただ、自分を庇いイジメの標的にされ、それでもなお私を庇い続けた。彼、あるいは彼女にどのような思惑があったのか今では知ることはできないが、その時から初めて私のことでも想ってくれる人間というものがいるのだと知り、それによってこれまで至って平穏だった私の心はグラグラと揺れ始めた。

人間はそういうものだと思い、押し込めてきた不満や悲しみの感情が溢れたのか、とにかくその時、ずっと忘れていた涙を流した。

そしてその次に怒りの感情が目覚めた。これは生まれて初めて感じる気持ちであり、これをコントロールする術を私は知らなかった。

暴走した怒りは私を庇い、私を目覚めさせた者の元へと向かい、今まで自分が受けてきたありとあらゆる罵声を浴びせ続けた。

その時の彼、あるいは彼女の気持ちは計り知ることはできないが、恐らく人生で最大の絶望だったのだろう。

翌日からその者の姿は見ていない。その後は私に干渉をしようというものもいなくなったが、私の心は既に元の平穏のモノではなくなっていた。

その気持ちがなんなのか、それからは謎の感情に振り回される地獄の日々が続いた。そして高校に上がる前だったか、父親が死に母の暴力が激しくなり始めた頃、私はだんだんこの感情にも気づき始めていた。

理不尽に対しての怒り、他者への憎しみである。その時の私は目に見えるすべての人間を敵と信じ疑わなかった。限界だったんだろう。そして、私はついに目覚めてしまう。自己愛という究極の愛に。この世で思い通りになるのは自分だけだ。

この世でたった一人に誓うのが真実の愛だというのなら私は自分自身を愛そう。

それからは全てが見違えて見えた。愛するものがいるというのは実に良い物だ。私はその頃から常に手鏡を持ち歩くようになった。我慢できない感情が膨らむと鏡に映る"恋人"に愛を囁く。"恋人"は笑って返してくれる。それだけで何事にも耐えられた。


「今日は顔が変形するほど殴られたよ、君は変わらず美しいね」


相手は何も答えない。それでいい、それが望んでいる答えだ。

そういうことを続けていくうちにやがて鏡の中にいる方が本物の私だと気づいた。

私は鏡の中からもう一人の私を見ているだけなのだ。

今気味が悪いと殴られているのももう一人の私なのだ。助けたいが私は鏡の中にいる、助けにいけない。

私は悩んだ、悩んだ、悩んだ、悩んだ、悩んだ。

ならばより大きい鏡ならどうだ。もう一人の私がまるごと入れるような。

私は手鏡を手に家にも帰らず大きい鏡を探した。そして店のショーウィンドーに映る私の姿に気づいた。これなら。

手を伸ばす、冷たい感触が伝わる。手が飲み込まれていく。意識も飲み込まれていく。思わず笑いが溢れる。そうだ、私の世界はここじゃないんだ。

意識が溶けていく。感情が消えていく。あるのは愛のみ。

真実の愛のみ。ああ、認めるしかあるまい。



私は私を世界一愛していた。

よくある異世界転生モノを書こうとしたらこうなってました。

どこから狂ったのか分かりません。

いつか全く別物としてではありますがそういうものにも興味はあるので

挑戦してみたいです。

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