急襲2
少々、残酷描写ありです。
腕の傷は、エストリア兵との戦闘によるものだ。
奴らは、今日突然私たちの村に向かって進軍してきた。
最初は、何が目的かわからなかった。
何かの軍事演習のために城を出たのか。
それとも、シュトラールに向かおうとしているのか。
あらかじめシュトラールに話がいっているのなら、シュトラールからこちらに連絡が来るはずだ。それにもかかわらず知らせがないということは、シュトラールも与り知らぬことなのだろう。
目的地は、森か。
私たちの村か。
その先にある、シュトラールか。
私たちには判断がつかなかった。長きにわたって、エストリア王宮とは接触を絶っていたからだ。奴らがわざわざ言いに来るはずもない。
けれど、決して穏やかな理由ではないということはわかった。
もし、ただ話をしにくるのなら、軍を動かす必要なはい。護衛のためであったとしても、数人で十分だろう。あまり規模が大きいと、『エストリアは、自国の兵に自信がない』『イル族を恐れている』と受け取られかねない。国の威信にかかわる。
にもかかわらず、今回は軍と呼べる規模が動いている。もちろん、全員が武装して。
今朝方、村を訪れた行商から「数日前、王宮で出兵の準備が進められていた」という話を聞いた。すぐに様子を見に行かせたところ、昼ごろに「こちらに向かって進軍している」という報告が来た。その時点ですでに国境手前。村に来るならば、あと半日もかからない。
向こうの思惑はわからないまでも、私たちは自衛の準備に取り掛かった。
膝上丈の上衣の上から革製の防具を身に着ける。上半身全体を覆うと動きが鈍るので、胴体部のみだ。二の腕には腕当てを。髪は編んで、頭衣の中に隠す。ひざ下まであるブーツを履き、それぞれ武器を手に取った。
動いたのは、夕方になってから。
100人ほどの規模の軍であるとのことから、成人していない者とすでに引退した者を除く男全員が村を出た。そして、村への連絡のために腕に自信のある女が少し。50人にも満たなかったが、戦闘になったとしても十分な戦力であった。
迫りくる夜を前に、エストリア軍は森の手前で野営するようだった。私たちは森の中に身を隠し、その様子に目を光らせる。実際に、監視にあたっていたのは数名だ。残りは夜の交代に備え、食事をしたり、仮眠をとったりしていた。
そして・・・。
異変に気付いたのは、そのすぐ後。
交代のために後方で食事をした者たちが、次々に体の痺れを訴え始めたのだ。私も指先から徐々に感覚が鈍っていくのがわかった。監視にあたっていた者たちは後方の状況に気づき、顔色を変えた。
食事に何か入っていたのだろうか。
薬の調合を間違えると、こういう症状が出ることもある。しかし、食事に薬草類は一切入れていない。痺れといった作用をもたらす食材などを間違えて採取することもあり得ない。私たちは自然の中で生活しているのだ。そういった危険な食材などは、子どものころに徹底的に教えられる。行商から買い取る際も、十分に注意するようにしていた。
では、何が原因だ?
見たところ、前方で監視をしていた者に異変はない。つまり、その視線の先にいるエストリア軍が、何かしたわけではないのだ。
けれど、イル族の私たちがこれだけ痺れているということは相当強い効能のものであるはずだ。
原因不明の痺れに、私たちの周囲に対する警戒は緩んだ。
そこへ・・・。
後方から、新たなエストリア軍が現れた。
前方のエストリア軍が騎兵部隊中心であるのに対し、後方から現れたのは歩兵部隊だった。それも、比較的軽量な防具を身に着けた隠密部隊。明らかに、森の中での移動、特に私たちに気付かれないように近づくことを想定した編成だった。
「全員、迎え撃て!」
私は叫んだ。
その声を合図に、戦闘が開始した。
身体に異常のない者はもちろん、痺れて満足に剣を握れない者も敵の剣を受け止め、切りつけていく。さらには前方にいたエストリア軍さえ剣を抜いて襲ってきたのだ。
本来なら、それでも互角の戦いはできただろう。
私たちと彼らとでは、身体能力に大きな差がある。彼らが必死に走ってきても、私たちは余裕をもって対応できるだけの目と足があった。剣を振り上げれば、相手を押し負かすことができただろう。
しかし、今は痺れのために満足に踏ん張ることができない。エストリア軍相手に苦戦しているのは明白だった。
イル族は16歳で成人します。
村に残ったのは、15歳以下の男子とお爺さん達、そして女性。
エストリア軍が野営の準備を始めた時点で、連絡係の女性3人が村に報告に戻りました。