急襲1
少々、残酷描写ありです。
やっと話がスタートしましたが、後半は時代背景の説明になっています。
「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁ・・・。」
森の中を、私は必死に走った。
少し前まで目の前にあった太陽は、すでに山の向こうに沈み、空は夜を迎えようとしている。それと同時に、普段、薬草を採りに来る森も暗くなり、私の進みを妨げていた。慣れている土地だけに迷子になることはないが、方向を確かめるために時々は止まらざるをえなかった。
「早く戻らなければ・・・!」
日が完全に落ちたようで、目にかかるブラウンの髪も黒にしか見えない。方角の目印になるものが見えないので、勘を頼りに進むほかなかった。
「・・・っつ!」
左腕に痛みが走り、とっさに剣を握った右手で押さえる。その下からは血が流れ、袖がじっとりと濡れていた。
これは、森を疾走しているときに木にひっかけたのではない。
私の村に悪意をもって近づく輩によってつけられた傷だった。
私の村は、2つの大国に挟まれるようにして存在した。
西のシュトラール王国は農業が盛んだったので、たまに訪れる行商人から農作物や乳製品を購入し、森で採れた薬草や薬、珍しい食材を売ることで、村は生活を営んでいた。
東のエストリア王国は海に面しており、漁業や貿易に力を入れていたので、そちらからは海産物や舶来製品を購入していた。その代わりに、村からは鉱山から採掘された鉄や宝石を加工する際の労働力を提供し、交易の際の護衛を行うこともあった。
対等とはいかずとも、私の村はそれなりに友好的な関係を築いていた。
どうして、小さな村がどちらの国にも属さずに生き残ってこれたのか。
それは、私の村が特殊な一族《イル族》によって成り立つ村だったからだ。
イル族は、他の民族よりも肉体的に強い。力が強く、幼き頃から武器の使い方を学んだ。足が速く、狩りをする時には獲物を早く仕留めることができた。例え怪我をしても、回復力が高いので、比較的軽度で済む。子どものうちは病気にかかったりもするが、免疫力が強化されるのか、大人になるとめったにかからない。それゆえ、貴重な労働力として重宝された。
もちろん、その能力ゆえに村人を狙う輩はいたが、決定的に違う体力と鍛え上げられた武力に敵う者はいなかった。二大国も、イル族と事を構えるよりも友好的な関係を維持し続ける方が得策と考え、他国に組しないことを条件に村の維持を許容したのだった。
その条件のもと、イル族はどちらの国にもつかず、年に一度両国に挨拶をしに行く形で、平和に暮らしていた。
しかし、その関係は10年ほど前に崩れた。
エストリアのある領主が、護衛をしていたイル族2人を殺したのだ。
理由は、彼らが護衛の継続を拒否したから。その領主は、横暴なことで有名だった。当初は、正当な契約のもと、領主を護衛していた2人だったが、さも自分の所有物であるかのように扱い、さらには歯向かう者を排除するよう命令され始めたことで、領主に嫌悪の念を抱くようになっていた。
契約を拒否する2人に、領主は詰め寄った。報酬を、前の倍にすると。けれど、2人は頑として、首を縦に振らなかった。そのことに、領主は腹を立て、背後に控えていた者たちに剣を抜かせた。2人は必死に抵抗したが、支給されていた剣を返却した後で丸腰だったため、身を守ることができず、体中を切り刻まれて死んだ。
そのことに、イル族は憤った。
なぜ、彼らが殺されなければならなかったのかと。
なぜ、人の命を軽んじるような人間が領主をしているのかと。
我らは、我儘な人間の玩具ではないと。
領主は、国によって罰されたが、エストリアがイル族に謝罪も賠償もすることはなかった。エストリアの対応にイル族は納得できず、それ以降、エストリアに働きに出るものはいなくなった。そして、その翌年から、毎年行われていたエストリアへの訪問も行われることはなくなった。
実質、イル族とエストリアの交流は途絶えたも同然だった。
時間的には、プロローグから10年ほどたっています。
ゆっくりゆっくり話が進んでいきます。
主な登場人物がそろうのは、もうちょっと先です。
のんびりお読みいただければ幸いです。