6.意外と似ている・・・
――side 詩織
びっくりした・・・びっくりした!!
ここ最近で一番の驚きよ!・・・まさか、井橋先生があんな風にイメチェンするなんて・・・!しかも・・・しかも!!なんか、私のタイプにぴったんこなんですけどっ!!!
あ、でも、やっぱり私と同じで井橋先生もあの暗黒のTシャツネタは気にしてたのかしら・・・?イメチェンなんてしそうもなかっただけに、気になるわよね。・・・聞いたらダメかしら?
「あ、あの・・・」
「井橋先生、そのイメチェンはやっぱり暗黒共のせいですか?」
ああっ!他の先生に先に聞かれちゃった!
「あー、ははは・・・そうですねー・・・」
ん?なんか違うような雰囲気だけど・・・。
「わかりますよー。私もこの間、モブAとかいうTシャツ貰いましたよ。後ろには名なしの権兵衛でした」
「・・・・・・・・・・・・えと」
ちょ、それ・・・どう反応すればいいの!?――ご愁傷様?いや、なんか上から目線じゃない?それ!
「あー。僕もこの間・・・ガラスの30代って・・・」
ぐ!・・・またも反応しにくいの来た!!在原先生、なかなかやりますね!!(何が?)
「・・・」
「・・・」
「・・・あ、えと、泣かないでください・・・」
ウルウルと涙ぐみはじめた在原先生に、井橋先生がハンカチを渡す。・・・あ、アレ、私も好きなブランド・・・。
「す、すみません・・・どうも涙脆くって・・・」
ああ、なんかもう、在原先生を見てると暗黒をド突きまわしたくなるけど・・・そんなことしたら自分がヤられそうで怖い。
でも、今度家庭部に行った時に五色に言っておこうかしら・・・在原先生だけでも手加減しろって。あ、でも鴻崎琴瀬先生の方が前に言ってたなぁ・・・私を見ただけで泣きやがるって・・・。
暗黒の存在抹消しないと、無理ってコト?・・・ダメだこりゃ、恋人の鴻崎宝香先生に任せるしかないね、うん。
「えと、宝香先生・・・在原先生泣いてます・・・」
「あら!冬芽さん?どうして泣いちゃったんですか??」
「宝香さん・・・あの、Tシャツが・・・」
「ああ、アレですね。気にする必要なんてないんですよぅ!ただの冗談なんですからぁ!」
「う、うん・・・」
あー、すごい。何か宝香先生の周りだけほんわかした空気になってる。そういうパワーを持ってるのよねぇ、あの人。側にいると安心するような、空気?っていうの??
私には到底無理よねぇ。気が強いし。ついつい男の人にもキツイもの言いになることあるし。
あー、そこら辺がダメなのかしら?でも肉食のつもりもないし・・・別に焦ってもないし・・・。
「宝香先生は癒しキャラ、ですね・・・」
「え!?そうですかぁ?」
「ええ、ほんわかします・・・在原先生、良かったですね」
「は、はい・・・(てれっ)」
あ、井橋先生も同じこと考えてたらしい。普段余計なコト言わないぶん、井橋先生の言葉には重みと真実味がある。誠実で、軽口とか冗談とか縁の無い人なんだろうなぁ。――影薄いけど。
それに、言いたい事の半分も言えてない気がする。なんかもどかしいな・・・。
「あ、HR・・・始まりますね・・・皆さん準備大丈夫ですか?」
井橋先生の言葉でハッとしたクラス持ちの先生方は慌てて自教室へと向かい、私みたいな副担任の先生方は少しゆっくりと教室棟に向かう。
うちの学院は高等部と中等部の職員室が同じで、更に学年室があって、教科室がある。打ち合わせ以外はほとんど学年室か教科室にいるから、学年が違ったり教科が違ったりするとほぼ丸一日会わないまま終わる先生もいる。
井橋先生とは学年が一緒だけど、お互いに授業がほぼフルで入ってるし、空き時間も教科室にいたりするからあんまり接点がない。それに――影薄いし。
でも、今日はやけに視界に入ってくる。まぁ、学年一緒だし、同じ副担任だし、HR中の見回りで廊下に立っていれば目につくのは当たり前か。
でも、暗黒が理由じゃないなら何が理由なのかしら?後でさり気なーく聞いてみようかな?今日は井橋先生を探すの簡単そうだし。
いつもは見つからないのよねぇ・・・探すの面倒だからって、皆すぐに放送使って呼び出しちゃうし。いつかは、中等部の先生が井橋先生が職員室にいるのに放送かけちゃって・・・ものすごく気まずかったのよね。
本人は笑って許してたけど・・・ちゃんと怒らなきゃダメな時もあると思う・・・。まぁ、園芸部ではそれなりに指導してるみたいだし、怒れないってわけではないと思うんだけどね。
「今から進路希望調査するぞー」
あ、ボーっとしてた。副担任の仕事は担任の補助。3年生は今、文化祭も終わって進路を決める時期だ。とはいえ、内部進学か外部受験かの差しかなく、そのまま就職するっていうのはスポーツ系の子達がプロに行く場合のみ。
担任の先生から進路希望調査の用紙を受け取って、生徒達に配り始める。
「ねー、しーちゃん。今日はどったの?なんか元気ないねぇ?」
は!・・・このクラス、羽部がいるんだった。井橋先生のイメチェンを見ちゃってからすっかり気が抜けてたわ。
「元気ないわけじゃないわよ。すぐいつもの調子に戻るんだから」
「ふーん・・・じゃ、今日は家庭部来るの?」
あー、どうしようかなぁ・・・今日は終業後に何にもないけど・・・。
「そうねぇ・・・今日は何するの?」
「えーと、お菓子作りだったかなぁ?」
なんともあやふやね。・・・後で最首先生に聞いておこう。
「返事は保留。ほら、さっさと進路希望調査書きなさい」
「はーい」
うん、羽部は素直で大変よろしい。からかってくるのさえなければ、良い子なのにねぇ・・・しかも、フィギュアスケートのオリンピック強化選手で、次代のメダリストとか言われてるみたい。
なのに、未だにジュニアの選手権にしか出てない。シニアにも出られる年齢なのに。・・・高校までは勉学優先なんだとか言ってたけど・・・周りはシニアを薦めてるって聞いたことがある。
まぁ、コイツは内部進学よね。ウチの大学部はスポーツ特待生への援助が手厚いし。――とか思いながらチラ見したら、やっぱり内部進学に丸つけてた。
第2希望も第3希望もなく、内部一本って感じ。まぁ、実家は一般家庭らしいから、援助を受けるためにこの学院に来たっていうから理解できる。
他の生徒は、と思いながら周りを見渡すと、殆どの生徒が迷わずサラサラと用紙に記入していた。まぁ、この時期に悩むのは外部受験組くらいよね・・・どうしても外部じゃないと取れない資格が欲しい子なんかはとっても悩むらしい。
うちはそれだけ魅力的ってことなんだけど・・・さすがに世の中にある資格全部をとれるってわけじゃないし・・・何人かはやっぱり外部受験をする。私達教師はそんな子達をバックアップしないといけないのだ。
パラパラと進路希望調査をめくりながら羽部のクラスの担任と話していると、向こうから最首先生と井橋先生がやってくる。・・・うわ、美形が並んで立つとやたら目立つ・・・!
井橋先生って最首先生と並んでも遜色ないくらいに美形だったのね・・・女顔だけど。
「しかし・・・今年の3年生は内部進学と外部受験で揺れている奴が多いですね・・・」
「・・・本人の希望をふまえて、しっかりバックアップしないと・・・うちだけでは対応できない資格もあるし・・・」
井橋先生、最首先生のクラスの副担任だったのねー・・・今までぜんっぜん気付かなかったわ・・・。
「そうですね・・・井橋先生、結構有名大学の助教授とかにパイプ持ってますよね?」
「うん・・・バックパッカー仲間が・・・」
「ちょっと探り入れてもらえますか?」
「うん、わかった・・・留学も、視野に入れとく?」
「・・・お願いします」
へー・・・井橋先生ってバックパッカーだったんだ・・・意外、でもないか。地理の先生だもんね。
でも、旅好きって良いなぁ。私、ちゃんと計画された旅行が好きだから、知識ある人と一緒だと安心よねぇ。
―――はっ・・・なに一緒に旅行くような妄想してるのよ!!
今日の私、なんか変だ。・・・そろそろ頭を切り替えなくちゃ。―――ああ、でも。井橋先生って、私と思考回路似てる気がする。
しーちゃん、ちょっと意識し始めた、かな?