4.恋愛話収集家とイメチェン
イメチェン、します。
「しっつれーしまーす!」
久馬がガラリと図書準備室のドアを開ける。
ふわり、と古い本の匂いがして、準備室の中にいた司書教諭の藤吾先生が振り返る。
「うん?久馬くん、どーしたの?・・・ん?お?そこにいらっしゃるのは井橋先生じゃないですかぁ」
「あ・・・どうも」
珍しい。俺が黙ってつっ立ってて、しかも結構派手な存在感を持つ久馬が隣にいるのに、藤吾先生はアッサリと俺の存在を認識した。
「うふふん、井橋先生って意外と表情で語るタイプですよね~?私が井橋先生に気付いたの、そんなに意外ですか?」
「―――あ、え、はい・・・」
「まぁ、御門先生をあれだけ熱心に見つめてれば、恋愛話収集家の私のアンテナに引っかかるのも当然ですよ~」
あはは!と豪快に笑う藤吾先生。
―――さようですか。俺の気持ちは結構いろんな人にバレバレですか・・・。
「さっすがだよねー、藤吾先生!・・・でさ、今日はこの井橋先生のことで相談があって来たんだけど!」
「ほう、面白そうな匂いがするねぇ。聞かせてもらおうじゃないの」
―――どうしよう。ドSのおもちゃにされるかも・・・!!!
***
なんて思ってた時もありました。
意外にも、なんて言ったら失礼だけれど、久馬も藤吾先生もものすごく真剣に考えてくれた。
「そもそも、御門先生の好みのタイプは調査済みなんだけど、影薄い以外は井橋先生って御門先生の好みのタイプぴったりなんですよねぇ・・・。
180cm以上で、優しくて、企画力がある・・たぶんお出かけする時とかキッチリエスコートしてくれるか、ってトコなんでしょうけど、そういうのって井橋先生お得意でしょ?」
「まぁ、旅慣れてますし・・・旅じゃなくても観光スポットとか、絶景ポイントとか・・・美味しいもの巡りとかもしてますから、店も詳しいですね・・・」
「ほらほら!ね!?超優良物件じゃないの!!」
物件って・・・家じゃないんですから・・・。あ、でもまぁ、好みに合うかどうかっていうのはわからなくもない。性格の不一致、なんてよく聞く話だし。
「じゃ、やっぱりイメチェンだ!ガラッと変えるんじゃなくて、ほんのちょっと存在感が出るような感じで!」
「イイわねェ!私の知ってるブティック紹介してあげる!美容室も付いてるから、トータルコーディネート出来るわよ!」
「よっしゃ!・・・やったね、井橋先生。後はプロにお任せすりゃいいんだよ」
「・・・あんまり高いのは・・・」
「何言ってんのさ~!安物は旅する時とか限定!・・・カロリー学院の生徒の目は厳しいよ!お坊ちゃま多いし!」
お前も含めてな、久馬。―――久馬の家はカロリーの中でも大きい部類に入る。上の中くらいだろうか?
しかし、このカロリー学院の生徒達って、良い意味でお坊ちゃまらしくない。一般家庭の生徒達にもフレンドリーだし、俺達教員を好意をもってからかって遊ぶことはあっても(暗黒とか・・・)、馬鹿にしたり邪慳にしたりしない。
ありがたいし、将来も有望だと思う。
「まぁ、私もきちんとしたものを一揃えした方が良いと思うわよ、井橋先生。先生が持ってる服って、まぁ、何度か見た限りではオジサンみたいに地味なんだもの」
グサッ!!
うぐっ・・・お、オジサン・・・た、確かに、色は茶系統が多い・・・かも・・・しれない・・・けど・・・お、オジサン・・・。
「あーあ、井橋先生落ち込んじゃった・・・藤吾先生、もうちょっとオブラートに包んでよー」
「あ、こりゃ失敬」
この2人、似てる!!なんか、すっごい似てる!!
「―――と、いうわけで、とりあえずイメチェンだね、せーんせ!」
久馬・・・話、誤魔化した・・・。
ポン、と良い笑顔で肩を叩かれ、俺は否応なしに藤吾先生が紹介してくれたブティックに連行された。
***
そして連れて来られたブティックに並べられた服、服、服・・・材質が良いのはパッと見でもわかるけど、絶対にゼロの数が違う・・・いつも着てる服よりゼロが2,3個多そうな感じ・・・。
久馬はそんな店の雰囲気に怯むこともなく紳士服売り場へと足を運ぶ。
「―――あらぁ、久馬さんところの!」
「えー、こんにちはー!あ、こんばんはかぁ・・・あれぇ?ここ、おねにーさんの店だったの?」
声をかけて来た店員(男)は久馬の知り合いらしい。くねんくねんと身体をくねらせながら、久馬に熱い視線を送っている。―――あ、久馬がおねにーさんって呼んだ意味がわかった気がする。
「そうよぉ!・・・え、ナニナニ?デートか何かする予定なのォ?」
「んーん。この人にとりあえず存在感を持たせてよ」
グイ、と俺をこのおねにーさんの目の前に立たせる。
「あら!気付かなくってごめんなさぁい!・・・でも、よく見れば良い男ねェ・・・」
うふん、と笑うおねにーさん。背筋にぞぞぞ・・・と悪寒が走った。怖い、なんかロックオンされた気がする・・・!
「(ごめん、この人変わってるけど、腕は確かだから)」
コソコソと久馬が耳打ちしてくる。
「(親父さんか誰かが懇意にしていたりするのか?)」
「(そ。父さんのコーディネートはこの人任せ。母さんも絶対口出さない)」
どうやら、相当スゴイ人らしい。・・・任せても良いんだろうか?
「そぉねぇ・・・まずは髪型からかしら!その後服を選びましょ。・・・ちょっとー!しげみちゃーん、この人のカットお願~い!」
しげみちゃん・・・なんか、このパターン・・・嫌ァな予感が・・・。
「はぁ~い!」
ああ・・・返事は可愛いけどね。
くねん、と身体をくねらせて、しげみちゃんはニッコリと笑い、自己紹介した。
「しげみよぉ~!あらぁ、良い男!・・・よ・ろ・し・く!」
――――――野太い声で。
まぁ、バックパッカーの頃、そういう人もいたし、キャラとして定着している友人もいる。だから驚きゃしないが。
こんなトコで鉄板ネタはいらないと思うんだ・・・。
「うわ~・・・このブティックの店員、キャラ濃ゆっ!!」
久馬、そりゃ口に出しちゃいかん・・・!
「うふふっ、よく言われるわぁ!!」
よく言われるんだ!?
おねにーさんが気にしない様子を見るに、本当に何度も言われているんだろうなぁ・・・。でも改める気はない、と。
「ところで~、存在感を持たせるってコトだけどォ、何かご希望はあるぅ?」
しげみちゃんもさっきから話を聞いていたらしい。まぁ、普通に声大きかったしね。うん。
「そーだなぁ、井橋先生って爽やか系にすると女顔だし、ナヨナヨな感じに見えそうだよねぇ・・・元々草食系だし」
「う゛っ・・・」
女顔・・・ま、まぁ、女顔なんだけどね・・・確かに。
「しーちゃんは頼れる男系がタイプっぽいし、少しクールな感じで良くない?ホラ、先生は余計なことは話さないし?」
「クール・・・クールねぇ・・・じゃあ、前髪は少し切って目元をだして、分け目は作らない感じで・・・自然に流して・・・カラーも少し赤を入れましょうか」
え、カラー!?
「あ、あの、カラーは・・・」
「あぁ、大丈夫よォ!学校の先生なんでしょぉ?・・・目立たない程度に入れて、髪の毛の重さを誤魔化すのよォ!」
「・・・あ、ああ・・・そうなんですか・・・じゃあ、お願いします」
とはいえ、髪の色が多少変わろうが、誰も何も言わないだろう。・・・最首先生とかみたいに地毛が金茶の人もいるし、生徒達も他種族混合な感じだし・・・。
「おっけぇ!任せておいてよォ!もう、クールに仕上げちゃうわ!クールにっ」
「じゃ、俺はおねにーさんと井橋先生に合いそうな服、見繕っておくね~!」
久馬はそう言っておねにーさんとブティックの奥の方に行ってしまう。・・・ああ!1人にしないで!!
「あ・・・」
「うふ、やっと2人っきりね・・・」
・・・うぉい!誤解を招くような発言はヤメテ!!
でも、しげみちゃんの腕はものすごく良かった・・・なんか、また来てもイイかも・・・なんて思ってしまった・・・。
だって、すっごい褒め上手で話し上手なんだもん!!この俺でも沈黙が数秒しか続かなかったよ!!
ああ、こんな風に話したら、女性は喜ぶのかなぁなんて、勉強させてもらった感じだ。
「これで今までなーんにも手入れしてないなんて、羨ましいくらいサラッサラねぇ、アナタの髪」
とか言われて、ちょっと嬉しかったし。細かいところを褒めるのがコツなのかな。
そういえば、髪の毛切ったの?とか口紅の色変えたんだ~とか、女性職員同士で話してるよなぁ・・・うん、今度からよくよく聞いておこう。
ああ、ここに連れて来てもらって良かったかもしれない。いい勉強になった。
その時は、この後に着せ替え地獄がやってくるのを知る由もなく、俺はのほほんとそんなことを考えていたのだった。