16.我に返る
――side 景之
一晩明けると、うかれていた自分がものすごく恥ずかしくなった。
だって・・・今日も朝から顔を合わすのに!告白したら返事を貰うまで気が気じゃないし、いたたまれない!!
「ど、どどど、どうしよう・・・」
寮の自分の部屋でオタオタとしていたら、隣の部屋で数十個の目覚まし時計が一気に鳴り始める。
ここ最近はずっとこの調子で目覚まし時計が鳴り響いている。
最首先生が自分で起きられるようになるための訓練をするとかで・・・ご迷惑をおかけしますって寮に住む全員に頭を下げて回ったとか。
まぁ、今までは在原先生に起こしてもらっていた彼だが、在原先生も自分も想う人が出来て、自立しなくてはいけないという話になったらしい。
完璧超人に見える最首先生だけど朝だけは弱いんだよね。
たまにカフェスペースでボーっとしているところを見かけるけど、そりゃもう、儚げな表情で何かを憂いているようにしか見えなくて・・・美形って得だなーなんて羨ましく思ってしまった。
まぁ、それはさて措き、最首先生の目覚まし時計が鳴ったということは、俺の出勤時間、ということだ。
園芸部の朝の活動は早い。始業1時間前の7時30分には登校して植物に水をやるなどの作業をするのだ。
「どうもこうも、仕事は休めないんだから・・・それに、まだ、フられたわけじゃないし。頑張ろう・・・うん」
ああ、今日が朝の打ち合わせが無い日でほんっとうに良かった・・・。職員室で顔を合わせたら絶対に気まずいし。
***
中庭に行くと、既に何人かの園芸部員が来て作業を始めていた。
「おはよう」
「あ、おはようございまーす、井橋先生」
満面の笑みで挨拶をしてくれたのは、1年生の越野裕之だ。同じく1年生の京家と仲良しで、外見は浅黒い肌のおかげでスポーツマンのように見えるのだが、植物をこよなく愛する園芸部員だ。
そうそう、ロールキャベツ系男子って最近聞くけど、越野はたぶんそれの逆だ。肉で野菜をくるんじゃった的な?
「先生、さっきまで久馬先輩がいましたよ」
じょうろを持ちながら、京家が言う。
「ああ、猫の餌付けをしてたんだよ。サニーは捕まったのかな・・・」
「ああ、白地におっきな黄色斑の猫なら、抱っこしてました」
なるほど、捕獲に成功したらしい。後で見に行こう。
「それと、御門先生もなぜだか一緒にいました」
一瞬、心臓が飛び出るかと思った。
「えっと・・・み、御門先生、も?」
「あー!先生っ、入れすぎ!!入れすぎだってば!!」
越野の声にハッとする。
「わ、わわわ!?」
ワタワタと手元が狂って、肥料玉を大量投入してしまった・・・自分でも挙動不審だと思う。でも、しょうがないと思うんだよ。うん。
っていうか、なんで久馬と御門先生が一緒にいるんだ!?
「まさか・・・本気でキューピッド・・・」
違う違うと言っているのに、何だかんだでお人好しの久馬が御門先生に何か言ったのではなかろうか。
「キューピッドって、何がですか?」
肥料玉をかき出しながらキョトンとして首を傾げる京家。ああ、お前は(外見)天使だよなー。って、いやいや、現実逃避してる場合じゃなかった・・・。
「な、なんでもない・・・」
「なんでもないって顔じゃないですけど・・・顔赤いですよ、風邪ですか?」
「いや、ホント・・・なんでもない・・・風邪じゃないから、平気」
心配する1年生コンビをなだめて、俺は一足先に中庭を後にする。もちろん、久馬を探すためだ。
サニーを連れて行ったなら、にゃん国同好会の活動場所にいるはず・・・。俺は知らず知らず早足になって校舎内を進んでいく。
そして、にゃん国同好会の活動場所に着くなりドアを荒っぽく開けた。
「久馬!―――って、うわっ」
「きゃっ?!」
とっさに突撃してきた何かを受けとめて、トン、と軽い衝撃とともにあがる短い悲鳴。―――ん?なんか既視感・・・そう思いながら視線を下に向ければ、案の定、俺の腕の中にいたのは。
「み、御門先生・・・?」
完全に硬直してしまっている御門先生からはなんの反応もない。
「わー・・・なんていうタイミングの良さ」
全くだ。それ以前のタイミングの悪さを払拭するかのごとく、ここ最近は御門先生との遭遇率が異様に高い。
っていうか、どうしよう。えと、放した方が良いんだよな?
とりあえず御門先生の身体を引き放そうと彼女の肩に触れている手に力を入れると、ハッとした御門先生が勢いよく離れていった。
 




