1.婚活女子
かげが・うす‐い【影が薄い】
1 元気がないようすである。命が短いように見える。
2 その存在が目だたない。印象が弱い。「会社では―・い存在だ」
こん‐かつ【婚活】
《「結婚活動」の略》理想の相手を見つけ、幸せな結婚をするためにさまざまな活動<合コンやお見合いパーティーへの参加、結婚相談所や情報サービス会社への登録など>をすること。
参照:コトバンク
始まりました。よろしくお願いいたします。
――side 詩織
「しーちゃん!花嫁修業はかどってるー?」
ポン、と肩を叩かれて振り返れば、ニヤニヤと笑う生徒がいた。最近、私が顧問でもないのに通っている家庭部の部長、羽部理央。
っていうか、花嫁修業だと!?すっかりからかいのネタにしやがって!・・・はっ、言葉がつい荒くなってしまった・・・。反省反省。
「ええ!もちろん、はかどってるわよ!!・・・っていうか、しーちゃんじゃなくて、御門先生、でしょ!み・か・ど先生!」
「えー、しーちゃんで良いじゃん!可愛いし」
「~~っ!・・・はぁ、もう好きにして・・・」
「ほーい、じゃ、しーちゃん。また後でな~!」
懐かれているのか、ナメられているのか、微妙なトコロよね。っていうか、男子高校生に可愛いって言われてドキっとするとか・・・。
暗黒同好会の正神に渡されたあの誹謗中傷Tシャツに文句がつけられなくなるから気をつけなくっちゃ。
ん?誹謗中傷Tシャツって何かって?なんだかよくわからないけれど、シルクスクリーンプリントTシャツっていうの?
それが暗黒同好会ではやったらしくて、無料で配ってくるのは良いんだけど・・・そのTシャツに書いてある内容がまた酷いのよ。
私が貰ったのは、表に白馬に乗った王子様募集中、裏に青田買い・・・っていうふざけた言葉が。とりあえず言わせてもらえば、生徒に手を出す気はまっっっったくないし、待ってれば誰がステキな人が迎えに来てくれるなんて夢見がちなことも考えてないっ!!
そもそも家庭部に通い出したのは、ちょっと自分の女子力に疑問を感じてしまったあの件から始まってるのよ・・・。
――回想――
「あ、御門先生」
次の授業の準備のために職員室の自分の席から立ちあがった私に、最首先生が声をかけてきた。
「はい、何ですか最首先生・・・」
なんだろうと思って振り返れば、ものすっごく真面目な顔をした最首先生が、デスクの引き出しからソーイングセットを取り出して、ずいっと手を差し出した。
「スーツの上着の裾、背中のところ、ほつれてますよ」
「えっ、うそ!」
慌てて上着を脱いで見てみると、でろーんと背中の部分の裾がほつれてだらしなく飛び出ていた。
「縫製があまかったんですね・・・貸してください。仮縫いだけでもしておくので、後でプロに修繕してもらってくださいね」
「―――あ、はい。お願いします・・・」
――回想終了――
正直に言おう。あの時は本気で負けたと思った。
ボタンつけくらいなら私だってできる。裾の修繕だって、時間をかければ出来なくもない。―――でも、あの最首先生の手つきはプロ並みだったのよ!
って言うか、その後修繕屋に持っていったら、これくらいしっかり縫えていれば、修繕は必要ないですよって言われたのよぉおお!!!ものの数分で仮縫いしたっていうソレが、修繕いらないくらいの出来だとか!!
別に最首先生ほど完璧じゃなくて良い。でも、少なくとも、人様に見せられる程度の裁縫や料理の腕はつけておきたい!・・・というわけよ。
最初は最首先生とか狙ってみれば~、なんて家庭部の連中にからかわれたりして一瞬本気になりかけたけど、最首先生の最優先は芸術肌で私生活はズタボロという在原先生の面倒をみるってことだから、早々に諦めた。
久しぶりにドキッてしたのに!!ドキッて!!
でも、まぁ・・・その最首先生にも、恋人ができた。いや、恋人っていうか婚約者。これまた手のかかるお嬢様の宗島先生。・・・隣のヘルシー女学園の体育の先生で、日本文化部と家庭部の合同マナー講座で意気投合したらしい。
まぁ、在原先生にも鴻崎先生っていう恋人ができて、手が離れたっていうのが一番の理由かもしれない。たぶん、人の世話を焼くのが好きなのねー。
というわけで、最首先生を~とはからかわれなくなったは良いけど、今度は婚活女子ってからかわれるようになった。・・・別に、がっついてないから!!誰よ!肉食系女子って言ったの!
そして今日もまた、心のオアシスこと第一保健室に駆け込んでしまうわけよね・・・。
第一保健室に常駐しているのは、養護教諭の福園美都先生。生徒達のお母さん的存在で、結婚していて子持ち――2歳になる男の子がいる。
うう、同い年――あ、でも早産まれだから学年が同じでも私の方が下だから!――なのに。
「美都先生~・・・」
「はーい?・・・どうしたの?詩織先生」
ヨロロ・・・と保健室に入って来た私にビックリしながらも優しげな眼差しを向けてくれる美都先生。うう、癒しだ~・・・。
「美都先生って、旦那さんとどうやって出会ったの!?」
我ながら、ちょっと目が血走ってたかもしれない。・・・美都先生はかるーく引きつつも答えてくれた。
「えっと・・・大学のサークルで・・・かしら?・・・め、目が怖いわ、詩織先生」
サークル・・・サークルですってぇ・・・?
「くっ・・・なんで女子大なんて選んだのよ!私!こうなったら合コンかお見合いパーティーに行くしかないわ!!」
もう、青田買いなんて言わせないんだから!!
「ちょ、ちょっと、落ち着いて詩織先生。・・・あせってるわけでもないのよね?いつもは平然としてるし・・・少し疲れてるんじゃない?ほら、コーヒーでも飲んで、落ち着いて」
「あ・・・はい、いただきます・・・」
暴走しかけた私を止めて、美都先生がドリップしたコーヒーを渡してくれる。インスタントじゃないところが、やっぱり女子力の差なのかしら・・・。
「ちょっと・・・正神とか羽部にからかわれてて・・・つい、こう、イラッと」
「あー・・・噂のTシャツね」
「美都先生はまだ餌食になってないの?」
「まだ貰ってないけど・・・そのうち来るわよね、他の先生方も色々貰ってるみたいだし?」
あー、私が貰った時に最首先生や井橋先生も貰ってたみたいよね。
「たしか・・・表:女子力満点・裏:オカン王子【最首弓弦】とか、表:俺はここにいます…・裏:●oogleマップのピンのイラスト【井橋景之】とかね・・・いや、井橋先生の表の文字を見た時は、本当に申し訳ない気持ちになったんだけど・・・」
「あー・・・そうねぇ・・・せめて視界には入れてあげて・・・本当に」
み、美都先生・・・そんな、罪悪感でいっぱいな顔しなくても・・・。
「わざとじゃないのよ!ただ、こう、視界に入ってこないっていうか、影薄いっていうか・・・」
「詩織先生・・・少し猪突猛進なところがあるし、もう少しゆっくりと周りを見てみて?素敵な出会いがあるかもしれないわよ?」
周り、かぁ・・・。
「んー・・・そうしてみる。あ、お仕事中にごめんなさい」
「良いのよ、いつでも来てね」
「あー、また来るわ。その時はよろしくね」
ひらひらと手を振って第一保健室を出る。だから、美都先生が苦笑いをうかべて第一保健室の裏手を見つめて呟いた言葉を聞くことはなかった。
「―――意識するどころか視界にも収まっていないなんて・・・井橋先生も可哀想に・・・」
2人はくっつくまでが大変・・・かも。