運命の人
この作品は様々な作品の影響を受けています
どうかそこは温かい目で見てください
「ねぇ、沙紀夏休みが終わったからって、そこまでへこむことないじゃん」
「はぁ…またあの面倒な日々が始まるのか…」
初夏の余韻残りまくりな九月
暦上では既に秋だというのに、外を見ればギラギラとした太陽がグラウンドに殺人光線の如く日光を撒き散らし
冷房の効いてないこの部屋の中は宛ら蒸し風呂の様でもある
生徒は一様に手を団扇代わりに振り、この猛烈な暑さに耐えている
夏ももう終わり
こうして楽しい毎日は夢のように過ぎ去り
そしてまた面白くもない現実を見ることになる
「面倒?」
このクラスの委員長を務めて、さらには私の悪友の恵美がこちらに疑問符を浮かべ聞いてくる
彼女の中では学校は面倒という認識はないようだ
羨ましいことだ、学校の先生のお歴々方に聞かせればテストの時点数を一点でも水増ししてくれることだろう
「そりゃそうよ、学校なんて面倒
確かにこうして休んでる時に他の人と話すのは楽しいけど
当然授業もあるわけで、そんな時間面倒以外の何物でもないじゃない」
暑い…
席が窓際最後尾という夏には最悪の立地のためカーテンを閉め、窓を前回に開けているも
今日に限り、そよ風以下の微風が僅かにカーテンを揺らすのみで何も効果が無い
恵美は私の隣にある誰も座っていない机に腰掛けた
「それじゃあ、彼氏でもつくったら?」
「私が?」
ぶっ、と思わず吹き出してしまう
長い黒髪に整った顔立ちが特徴な彼女だが、時折、持ち前の天然属性からとんでもない発言が飛び出すのが彼女の悪い癖だ
しかも、それを本当にそう思っているのだから質が悪い
恵美は僅かに笑いながら
冗談の類ではない声色で続ける
「沙紀なら彼氏の一人や二人できるよ、それに私知ってるよ前に告白されたんでしょ?」
「う~ん、そうなんだけどねどうにもそういう気にならないの私、別に私が百合趣味だとか、BL趣味とか――って何を言わせとんじゃおんどりゃ!」
恵美の頭をぽかりと叩くと、恵美はわざとらしく痛がる素振りを見せる
「じゃあ沙紀は、運命の人となら付き合ってもいいって言うの?」
「そう…なのかな?、尤もそんな白馬に乗って現れる勇者様なんて今時居ないと思うけどね」
「勇者? 王子様じゃなくて?」
「うん、王子様は金持ちのボンボン、勇者は守ってくれる人って考えだから」
へぇー、と感心する恵美
恵美は「成程、確かにそれなら勇者の方がいいね」とうんうんと呻っている
考えてみればあっという間の高校二年生の夏だった
友人との夏祭り、プール、花火
それらは夢の様にあっさりと、そして唐突に消えた
考えてみればあそこまで楽しかった日々は今までの人生で無かったかもしれない
しかし、現実は私は机の上で来るであろう先生を待ち、その合間にこうして友人と話している
心の中で思う、夢なんて覚めなければいいのだと
「そういえば沙紀、あれ見た?」
「あれ?」
はて? 何の事だろうか
頭に疑問符を浮かべ尋ねる私に恵美は苦笑いを浮かべ話してくる
「そっか、沙紀ってば本当に憂鬱で全然話聞いてなかったのね、あれよあれ俗に言うテンコーセーよ」
「転校生? それがどうしたの?」
「実はその転校生結構――」
と、口に手を当てひそひそ話をする恵美
しかし、クラスの前方にドアが開き
そこから、見慣れたこのクラスの担任国坂が入ってくる
恵美は光の速さで自分の机
廊下側の丁度真ん中のところへと座った
「さて、じゃあ号令、といきたいところだが、今日このクラスに新しい仲間が加わることになった」
クラスの主に女子から微かな歓声が上がる
浮足立ったクラスを無視して国坂は廊下の方へと歩みだし、「それじゃあ中に入って自己紹介をしてくれ」なんて言っている声が聞こえる
国坂が再び壇上に戻り、その後ろをついてくる――
その瞬間、時間が全て止まったような錯覚を覚えた
160程の私と同じぐらいの決して大きくはない少年
あどけなさが残る顔立ち
そして、明らかに緊張が窺える振る舞い
決して何かが特別ではなく、言うなれば普通の少年
私はそれに運命的な何かを感じた
「は、初めましてこの度転校してきました黒上 裕士です よろしくお願いします」
深々と一礼をする彼
そして巻き起こる拍手
私はそれに同調することが出来なかった
「それじゃあ、空いてる席、窓際から二つ目の一番後ろに座ってくれ」
はい、と言ってこちらへと近づく彼
こちらの視線に気付き、深々と一礼する彼
信じられない、こんな普通の少年に私が一目惚れするなんて
「あ、あの!」
「は、はい!」
彼はこちらに問いかけ私は思わず声が裏返ってしまう
えーい、話しかけられたからってテンパるな私!
「黒上 裕士ですよろしくお願いします」
「こちらこそ、詩菜 沙紀です! これからよろしくです!」
互いに挨拶を交わし、そして前へと向き直る
しかし、先生の話なんて耳に入らない
こうして、私こと詩菜 沙紀の初恋は始まったのでした
とまあ、こんな感じで私の初恋は始まったのだが、早速由々しき問題が発生した
「沙紀ってああいうのが好みだったんだね」
と、ニタニタと人の悪い笑みを浮かべるこの女
恵美は朝の私の様子を見ただけで、私が彼に惚れてしまったということを一瞬にして見抜いたらしく
こうして日頃の日課である喫茶店でのお茶会でのネタにされてしまっている
黒を基調とし落ち着いた雰囲気のこの喫茶店の中も、私たちの所為で宛らファミレスのようでもある
「でも、意外よね沙紀がまさかあんな普通の子を好きになるなんて、私的には結構ヤンキーが好みだと思ってたけど」
「アンタの私に対する評価は置いておいて、だよねー私も自分がまさか一目惚れするなんて思いもしなかったからね」
ほんとびっくり、と続けて頼んでおいたココアを口に運ぶ
今日の一件以来私の思考は彼以外のことを考えられなくなっている
何故だろうか
今まで恋とは無縁だった人生で、ただ一目見ただけで狂おしいまでの猛りが総身を駆け巡り
自然と視線は彼へと焦点を合わせていく
今私は明確に彼に恋をしているのだと心で感じている
「そんなに好きなら告っちゃえばいいじゃん」
恵美は眼をキラキラと輝かせながらこっちを凝視する
「…無理、恥ずかしいんだもん」
「かー! 沙紀ってば普段はああなのにこういう時は奥手ですかそうですか!」
腹を抱えて笑う恵美
横を見れば喫茶店のマスターが微妙な表情でこちらを見ている
「恵美…ちょっとうるさい」
小声で言うと恵美は悪い悪いと眼に涙を浮かべてこちらを見る
二口目のココアへと手を伸ばし、そして口に運ぶ
「じゃあさ一つ聞きたいんだけど、沙紀は黒上君に告白したいとは思わないの?」
「…したい、すごく、出来れば付き合いたい」
まったく自分の性分が情けない
心の中ではこうして彼を欲しているというのに
頭では、「やめとけやめとけ怪我するぞ」としきりにアラームを鳴らし続ける
今までに告白されたことは何度かあったが
自分の方から相手に好意を抱いたことなんて一度も無かった
「はぁ、きっと私ってこと恋愛に関しては小学生以下なんでしょうね…」
はぁ…ともう一度ため息をつく
このやり場のない感情を果たしてどこにやればいいのだろうか
「小学生以下…ふふふふ~ん♪」
ん?
何か今自分がとんでもない墓穴を掘ったような気がした
恵美はどうにも人の悪い笑みを浮かべてこちらを見る
体験談から言ってアレは大変ろくでもない事を考えている表情である
「…そろそろ時間かもね、勘定私が払っとくから――」
「ふふ~ん♪ 誰が小学生以下だって? 結構じゃない小学生以下でも幼稚園児以下でも、恵美お姉さんにまっかせなさ~い♪」
恵美はこちらの肩を掴み、そして――
「ちょっとクラシックだけど沙紀にはお似合いかもね、こういう時はズバリ! ラブレターよ!」
恵美は鼻息も荒くそう言い放った
ラブレターって…もう死語だと思うんだけどなぁ
「ラブレターねぇ…」
電気スタンドで照らされた机の上で、私は唸っていた
電気スタンドに照らされ机の上に広げられた一枚の紙
僅かな装飾の他にそこには何も書かれてはいない
喫茶店での一件の後、私達は近所の文具店に駆け込んだ
そんなもん今時売ってないよ、と言う私に恵美は行ってみなくちゃわかんないじゃ~ん、と終始楽しそうに引き摺っていった
シャープペンシルや消しゴム等様々な物が売られている店内
これだけ売っていれば、もしかすればその類の紙が一枚や二枚、ありました
それも大量に
恵美はその中で良いと思う紙とその他諸々を買い漁り、レジへと進んでいった
レジの八十台近いおばあちゃんから、「あらあらラブレターかね?」と言われ、顔から火が出るほど恥ずかしかった
こうして広げてはみるがまるで思いつかない
果たして何を書けばいいのか
好きです付き合ってください、実はあなたの事が、初めて見た時からタイプでした
頭の中では様々な単語が堂々巡りにメリーゴーランドの如く駆け回るが、それらは頭の中を回るだけで一向に纏まらない
自分の語彙力の無さにほとほと呆れつつ私はベッドへと転がり込んだ
見慣れた天井、そこに彼の顔が浮かぶ
あどけなさの残る彼、サラサラとした髪
自分はどうしてしまったのだろう
恋なんて今まで微塵も知らなかったというのに
すると、傍らに置いてあった携帯電話から軽快な電子音が鳴り響く
「もしもし、恵美?」
『もしも~し、そっちはどんな感じ?』
「どうって…」
まだ一行も書けてない、と言えば恵美になんて言われるか知れたものではない
「まあ、ぼちぼち」
『ほほう、奥手ちゃんの沙紀にしてはなかなか』
電話の向こうではクスクスと忍び笑いをする恵美の声が聞こえる
他人事だと思って…
『でもさ、昨日今日で渡すの? それは流石に…』
「書かせておきながら…まあ大丈夫そっちの方は、ただ黒上君がどう思ってるか少し調べてみる」
どうやって? と聞く恵美
私はそれに、「忘れたの? うちって床屋さんだよ」
とだけ答えた
今日もまた退屈な日々
相変わらず学校の授業ではなんの役に立つのかも解らない内容を延々と詰め込み、私たちはそれにただ耐えるのみ
夏休みも終わり、そして二月程たった学校
転校生等といった一大イベントも無く、学校は谷も山もなく平坦に進む
「沙紀、そういえばさ、どうして髪切ったの?」
ここ最近一番の謎を恵美は聞いてきた
果たして何故だろうか
私は気がつけば数ヶ月前に突如として髪を切っていた
ある日、何を思ったのか私は床屋である我が家の父に髪を切るように頼み
肩ほど迄あった髪をバッサリと切って、今は後ろに束ねポニーテールにしている
「気分転換~」
私はそう言って恵美をはぐらかした
この事を考えるといつも私の頭の中には薄い靄が立ち込め正常な思考を妨げる
物忘れとは明らかに違う感覚
きっとこればっかりはどう考えたところで私の頭では解らないのだろう
これが思春期というものだろうか
「そうだ! 沙紀」
恵美は手を前に合わせ
こちらへとニコニコと笑い問いかけてきた
「駅前にオススメのクレープ屋が出来たんだけど帰りに買っていかない?」
ニコニコとこちらに問いかける彼女
正直クラス委員の彼女がこうして買い食いを勧めるのはどうかと思うが、甘いものに目がなかった私はそれに二つ返事で快諾し、放課後駅前で集合と言うことで五時限目を迎えた
「はぁ~美味しかった」
甘いクレープに舌鼓を打ちつつ私たちは駅前に程近いベンチでクレープを一通り食べきった
「結構安かったし、また来てもいいかもね、ここ」
「そうだねって…沙紀ってまだそれ持ってたんだ」
それ?
恵美が指差す先にあるのは数枚の折り紙の様な便箋
何枚か使われたのか便箋は残り数枚となっている
「そういえばそれって何で買ったんだっけ?」
「なんでって…」
答えられない
またこの感触だ
髪を切った理由を考えた時と同じように、頭の中に薄い靄がかかり私の思考はその先へと進むことは出来ない
「なんでだろ…」
恵美はそれっきり興味が失せたのか荷物を纏めて、さっさと別れを言い去っていった
もう地平線に太陽は消え、空は薄暗闇へと変わっていく
帰ろう
きっとこれは何か忘れごとをしてて、その所為でただモヤモヤしているだけなのだろう
駅前から私の家は公園を挟んだ向こう側にある
普段学校では公園内を通ってはいけないことになっているが、まあ若気の至り校則破りは学生の特権ということで今日のところは許してもらおう
閑散とした公園中には幾つかの遊具と散歩道にそして――
そこに、それはあった
なんの変哲もない寂れたベンチ
誰も居らず誰にも目を止められることなく、ただその場に置かれているそれに
私は深い郷愁とそして深い寂しさを覚えた
フラフラとそれに近づき座る
私の両目からはとうとうと涙が溢れた
両目から溢れる暖かい涙、それは津波のように押し寄せ堪らず私はそこで声を殺して泣いた
「やはり、覚えておいでなのですね」
そこにかけられる清澄な鈴の音のする男性の声
辺りを見渡すが誰も居ない、ただ一匹を除いて
私の足元に這いずり、こちらを一身に見上げる一匹の真っ白な蛇
「あなた、なの?」
蛇はそれを聞いてコクリと頷いた
信じられない、ファンタジーの世界では喋る猫や狸がいるが、現実に人間と会話する動物なんているわけがない
「貴女の考えは至極もっともです、しかしこれは別段貴女の頭がどうしたとかいう訳ではありません、正しく現実の話なのです」
蛇は私の思考を読んでこちらへと対話を続ける
もしかすればこちらの頭の中を見通しているのかもしれない
「詩奈 沙紀様、私がこうして貴女の下に参ったのは他でもありません、彼を、黒上 裕士様 あの方を助けていただきたいのです」
黒上 裕士
どこか聞き覚えのある名前
その言葉を聞いた瞬間私の頭の中のモヤモヤは僅かに消し飛んでいった
「助けるって…そんな、そもそも一体彼はどこに?」
「残念ですがもうこの世の人ではありません、しかし彼は海にいるわけでもなく、ましてや天にも地にもいないこの世界の人ではないのです」
じゃあどこに?
そう問いかけると蛇は一呼吸置きそれから続く言葉に重い意味を置いた
「この世界の人ではありません、ならば彼はどこにいるか? 合わせ鏡の向こう鏡の世界になります」
「鏡の、世界?」
蛇はコクリと頷きこちらを一身に見上げる。
誰もいない公園、日はとっくに地平線へと沈み辺りには街灯の灯が僅かに灯すだけの暗い公園。
静寂が辺りを支配し聞こえるのは茂みから聞こえる虫たちの囁きだけ。
「そんなものが、あるの? この世界に」
そう聞くが蛇は首を横に振った。
「言ったはずです彼はこの世には居らず、鏡の中に居るのだと、言葉通り鏡の中この世界とは別の世界に彼は居るのです」
「じゃあ、そこにはどうやって行くの?」
蛇は僅かな間を開けてこちらへとこちらの瞳を一身に見詰める。
「詩菜 沙紀殿、それを御教えする前にこちらから伝える事が山と有る」
蛇は今までとは比べ物に成らないほど言葉に重みを乗せる。その声には感情がこもりこれらの言葉が一切の虚言ではない事が伺える。
「詩菜 沙紀殿、彼の居る世界、鏡の世界は貴女が思いもしないような世界でしょう。私がこうして貴女に話しかけた理由は貴女が欠片ほどあの方の事を覚えて下さっていたからだ、ですが考えてみてください、言うなればその程度。
たかがその程度の欠片ほどの人間に貴女は自分の生を賭ける事が出来ますか?」
覚悟が無いのであれば決してその先を聞く事をせず普段の生活へと戻れ。
蛇は遠回しにそう言ったのだ。
脳内では私の近しい隣人、両親やクラスの皆の顔が浮かぶ。
きっとここで逃げ出してしまえば、私のこの心のモヤモヤは時の流れと共に消えることだろう。
その後は簡単だ、それなりに平凡な日々を送り、平凡に生き、平凡に死んでいくのだろう。
悪くないきっと賢い人ならきっとそうする。
だけど、私には――
この一瞬の選択でこの心の大部分を埋める切なさを嘘にすることはどうしても出来ない。
私は顔を上げ目の前に居る蛇を一心に睨み返す。
「沙紀殿……辛く厳しい道のりになりますぞ」
蛇は尚もこちらへと問いかけてくる。
しかし、私は決して視線を下げることはしない。
もう決意は固まった。
「解りました……」
蛇はこちらから視線を外すとズルズルと這い。
ベンチの後ろの茂みへと消えていく。
それを追い、茂みへと入ると、そこには水銀だとか魔法陣だとかで彩られている訳でもなく、ただ地面に一つの何の装飾も無い一つの筒が置かれてあった。
「これって……」
「貴女達の世界では万華鏡と呼ばれる代物ですね、これがこの世界と鏡の世界を繋ぐ鍵なのです」
瞬間、万華鏡は仄かに輝きだし、地面へとまるで泥のように沈み込む。
後に残るのは雑草だらけの地面ではなく、青色の空が映っている。
「沙紀殿、最後に御家族と話されては……」
「いい、今更、決意が鈍るだろうし、それに……意味なさそうだから……」
「解りました……では沙紀殿」
促され私は一歩前へと出る青色の地面に触れると抵抗も無く私の足は地面へと沈み込む。
意を決して私はその青い地面へと飛び込んだ。
※この作品のテーマは王道恋愛ファンタジーです
普段恋愛もの書かないからこっぱずかしいですね