久しぶりの恋
大学生になってもう2年たっていた。
授業も、ゼミも、サークルも、バイトも適度に楽しんでいて何も不自由はなかった。
もし問題あるとするならば、恋人が全くできないことだった。
もうずっと人を好きになっていない。最後に好きな人がいたのは小学生のころじゃないだろうか。
ただ特に困ってもいないし、告白されてもつきあおうとなんて思わなかった。
だから、誰が誰と付き合おうと関係ないと思っていた。
いつもの帰り道には公園がある。
そこに1か月ほど前から犬の散歩をする少し年上だろう男の人を見かけるようになった。
最初は本当にそれだけ。
ワンワン
「ひゃあ!」
ある日公園の前を通りかかると犬が飛びついて来た。
「あ・・・」
「すみません!」
あの人の犬だった。
「こらっ。だめだろ!」
犬を叱り、私を見た。
「驚かせてすいません」
「いえ、大丈夫です」
それが初めてかわした言葉だった。
それからは、出会うと挨拶するくらいの仲にはなっていた。
「ねえ、最近いいことあった?」
友達に急にそんなことを聞かれ始めたのは初めて会話してから半年もたったころだ。
「え?」
大学3年生である就職活動が始まろうとしている時期にいいことがあるわけない。
「そうじゃなくて、この前からだよ。たまにぼんやりと楽しそうに物思いにふけってるし、洋服だってなんか少し変わってるし」
「そう?」
「そうだよー。好きな人でもできたんじゃない?」
「何言ってんのよー」
「隠しても無駄よ!さあ、言いなさい!」
「えー」
「芳樹先輩?下川君?土岐君?」
何人か出してきた。
「違うって」
だけど、その時に頭に思い浮かんだのは公園の犬の飼い主さん。
「あれ・・・」
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
そんな答えをした。
友達と別れて自宅に帰る途中やはりあの公園の前を通る。
「こんにちは」
声をかけられてドキッとする。
「こ、こんにちは・・・」
「?」
そして彼は犬を連れて去って行った。
「もしかして・・・私・・・」
小学生以来の恋だった。
2月にもなると就職活動は本格的に動き始めた。
早い人は2次、3次面接なんてものをやっている。
「はあ・・・」
着なれないスーツをきてふらふらと歩いて帰路につく。
今日は気になっていた会社の一次面接。書類選考は通ったがなかなかうまく話すことができなかった。
「ため息をついたら幸せにげちゃうよ」
公園の近くを通った時にそんな声がした。
「え?」
「こんばんは。疲れてるね」
飼い主さんだった。
「あ、こんばんは・・」
「就職活動?」
「はい」
今まで挨拶程度しかしたことないのに就職活動について相談していた。
「大丈夫。そうしっかりした考えがあれば必ず就職できるよ」
最後に励まされて別れた。
「っ・・・」
家に帰ると思わず座り込んだ。
「き、緊張したあ・・・」
ドキドキが止まらない。もちろん面接でも緊張していたけれど、それとは違う緊張が続いていた。
その日から見かけるたびに就職活動の相談をするようになっていた。
そして第一志望の最終選考の日にたどりついた。
「じゃあ、君を採用しよう」
「あ、ありがとうございます!!」
思いがけず内定を手に入れた。
会社をでて、思ったのはあの人に伝えたいということだけだった。
名前も家も知らない。
ただ公園で犬の散歩をしている飼い主さん。
今日もきっと犬と楽しそうに歩いているのだろう。そしてこの今の喜びを伝えたい。
そう思って意気揚々と公園に向かっていた。
「こんにちは!」
砂場でしゃがんでいる彼の背中を見つけた。
「やあ、君か」
「何してるんですか?」
「ん?」
そして彼の手元を覗き込んだ。
「!」
そこには犬がいるはずだった。いつものあのワンちゃんが。
「赤ちゃん・・・?」
「僕の息子だよ。そろそろ外で遊ばせてみようと思ってね」
「息子さん・・・ですか」
とても幸せそうな笑顔で赤ちゃんを見つめていた。
「可愛いですね」
「ありがとう」
にっこり笑う彼の笑顔がまぶしかった。
「君も今日は元気だね。何かいいことあった?」
「あ、はい。無事内定出ました」
「そっか。おめでとう」
「ありがとうございます」
気づかれないように、平然と応えられただろうか。
「お、帰って来たな」
彼が私の後ろに目をやった。
「?あ・・・」
彼の犬を連れた女の人がやって来た。
「奥さんですか?」
綺麗な人だった。
その後、3人と一匹で公園を後にするのを見送った。
久しぶりの恋で、失恋で、片想いで、ドキドキして、がっかりしたけれど・・・
彼のおかげで今の私があるのはわかってる。
だから、この片想いしてよかったと思えるようになるまでは、もう少しあなたに甘えてもいいですか?
「赤ちゃん、大きくなりましたね」
「ああ」
就職して、あの公園に行くことはなくなったけれど、あの時想いを伝えなくて本当によかった。
「さて、雑談はここまで。次の営業先行くぞ」
「はい!」
片想いの彼は、私の先輩になっていました。
今でもあの時の恋は思い出すけれど、あなたに会えてよかった。あなたへの想いを断ち切ったかと聞かれると微妙なところなのだけれど、今では頼りになる先輩です。
これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。