表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【三題噺】碁石・カピバラ・しなちく

作者: 佐藤サム

三題噺のショートショートです。

お題は碁石、カピバラ、しなちくです。


「こんばんは、マスター」

「いらっしゃい。いつもので良い?」

「うん」

 もう数えきれないくらい繰り返されて来たこのやり取り。私はお決まりの一番奥の席に座り、壁に体をもたせ掛ける。いつも通り、ちょっと早いこの時間帯はまだ他に客はいない。早速酒が出される。わたしは軽く口をつけてから「マスター、一局」と言った。

「はいはい」

 と、マスターはいつもの優しい笑顔でカウンターの下から碁盤と碁石を取り出した。開店間際、他の客でいっぱいになるまでの間に一局打つのが私とマスターの日課である。勝敗の詳細は覚えていないが、私がマスターに勝ったことは今まで一度もなかった。

 マスターと私は同じ学校で囲碁部に所属しており、彼は私のひとつ先輩だった。強かったのは部内だけではなく、大会でも上位に入ることがしばしばあった。私は一度彼にプロを目指してみてはと勧めたことがあったが、彼はいつもの笑顔で首を左右に振るだけだった。私はそんな彼の偉ぶらないところが大好きだ。

 ……そしてやはり負けた。二子置いて八目差。くやしい。でも一年前よりは上達しているはず。

「うん、上達してるよ」と、マスターもいつも通りの笑顔でにっこりと言う。

「今日はもう良いや」

 私は碁石を片づけながら言う。碁盤の木の手触りと、碁石の冷たい感触が私は好きだ。感触を十分に楽しみ、片付けが終わると私はマスターに何か面白い話をしてと頼んだ。

「キクちゃんこそさ……」と、カウンターの下に碁石と碁盤をしまいながらマスターが言う。マスターは私のことをキクちゃんと呼ぶ。囲碁部の頃からずっとそうだ。

「キクちゃんこそ、今日はどうだったの? デートだったんでしょ」

「うん、水族館に連れて行ってもらった」

「ペンギン見れた? ペンギン好きだもんね」

「すっごい近くで見れた。チョー可愛かった。これ写メ。でもねでもね、もっとびっくりしたことがあってさ」

 私はケータイを操作しながら目的の写真を選び、マスターに見せつける。

「これって、カピバラ?」

「そう! カピバラがいたの。カピバラ初めて見た。想像してたのよりでかくてびっくりした。しかも近づいたら急にドドドって動くし。もっとのんびりしてると思ってた。毛もなんか固そうだったし、本物はあんまり可愛くないね。ペンギンの方が可愛い」

「カピバラって水棲動物なんだ?」

「知らない。でも水族館にいるんだからそうなんじゃない? きっと水草なんかをもそもそ食むんだよ」

「魚は獲らないのかな」

「魚を獲れるほど器用には見えなかったしね。草食系だよ彼は」

「そしてキクちゃんの彼氏も草食系」

「そーなのよ。だから一人さみしく今夜も碁を打ちに来てるのさ。ほら見てこれ」

 私はケータイを操作して、今度は自分の恋人の写真を選び、マスターに差し出す。

「こてこての草食系って見た目ではないんだね。良い人そうだと思うよ僕は」

「しなちくみたいでしょ」と私は笑って言った。

「そうかな?」

「そーだよ。肌の色とかそっくりでしょ。後なんか萎びてそうなところとか」

「しなちくは別に萎びてる訳じゃないでしょ。まあ、味があるって意味では似てるかな」

「マスターうまいこと言うね」

「それほどでも」と言うと、マスターはにっこりと笑った。同時にカランとドアが鳴り、新しい客がやって来た。私は勘定を払うと店を後にした。この店を出るころには私の心はいつも暖かだ。

 しなちく……。

 ふと思いついてケータイを取り出すと、私は恋人の登録名をしなちくに変更した。そしてそのまましなちくに電話を掛けた。数回目のコールで彼が出る。眠たそうな声だ。

「このしなちく野郎!」と、私はひとこと怒鳴って電話を切った。胸が少しすっとした。

 さて何か言い返してくる度胸はあるのだろうか。私は少しうきうきしながら帰路についた。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

恋愛小説のつもりなのですが、ちゃんとそう読めてるでしょうか?

感想をお聞かせいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ