プロローグ
「トロトロ歩くな、東条ッ!!」
名指しで飛んだ罵声に、東条浩は小銃を持ってスピードを上げた。陸上自衛隊の払い下げの64式小銃は重量4,4キロで「地獄のハイポート」はきつい。64式は払い下げ元の陸上自衛隊ではほとんど使われていないような旧型で、新隊員の訓練のためだけに保存されている銃だ。弾の供給は完全に止まっている。もっとも軽く取り回しやすい89式小銃もあるがごく一部の熟練隊員のみで、新隊員は小さな拳銃と短機関銃である。浩はスピードを上げて150人中13位でゴールした。
「東条ッ!!きさまの体力はこれだけか!!」
くっそぅ鬼教官が! 心の中で言いながら はい、すみません と返事をした。全員がゴールすると同時にグラウンドに正午のサイレンが鳴り響いた。
「つかれた~」
桜咲く季節の基地食堂は昼、ほとんどの新駅隊員の泣き言や愚痴が聞こえてくる。夜は訓練疲れでほとんどの隊員が死んでいる。
「あのクソ教官、俺を目の敵にしてない!?」
言いつつ浩は日替わり定食のハンバーグを口に運んだ。
「クソ教官って・・・和田教官のこと?」
「そうそう!」
和田剛二等駅士監。ハイポートの時に浩の体力のなさを指摘した「鬼教官」だ。関東地方の新駅隊員のほとんどが関東指令基地で練成教育を受ける。そして成長すると各駅に配属され、防衛隊員、後方支援員、駅整員の3つに分けられる。しかし新駅隊員の中で駅整員として配属される者でも戦闘訓練は免れない。特に関東指令基地の訓練は陸上自衛隊並みのハードで毎年数十人も脱落者が出るらしい。
「何か俺だけギャーギャー言われてるし!ハイポートで100位から13位まで行ったのに一体どこに文句付けようがあるんだ!?」
「お前だけ言われるっていうことは期待されているってことだろ?」
そう言ったのは浩と寮で同室の坂井亮だ。練成教育後は駅整員として関東指令基地付属駅でもある大東京駅に配属されることが決まっている。浩も防衛員として大東京駅に配属だ。
「意外にあの教官優しくない?」
「え~なに言ってんだお前。あんなにうるさくて仁王みたいで笑顔のない鬼教官のどこが優しいんだよ!?」
周りにいた男も浩の悪口に同情した。
「でも東条はかなり優しくされているほうだと思うよ?」
「は!?全然!!むしろキツイし!!」
浩が否定して手を横に振ると周りが笑らった。
「てか、あいつは論外だろ。性格悪いし!」
「・・・お前らの俺に対する評価はよく分かった」
背後からかかった低い声が聞こえて振り向くと、浩はぎゃぁと声を出して驚いた。悪口の対象の和田本人がトレイを持って後ろに立っている。
「何でこんなところにッ・・・おられるんですかっ!」
教官は隣の士官食堂を使うのは基本だ。和田は浩たちの後ろのテーブルにつきながら答えた。
「今日の日替わりメニューはこっちのほうが旨そうだったからな。」
それから、と付け加えるように、
「無理して敬語にしなくてもいいぞ、さっきの口調の方がかなりラクそうだったしな。ここが規律の厳しい軍隊じゃなくてよかったな」
うわ何たるイヤミか!だから嫌いなんだ! 浩は心の中で叫んだ。
「うるさくて仁王みたいで笑顔がなく性格も悪いクソ教官か・・・俺も人間だからたまたま耳に入った悪口が指導や成績に影響を及ぼさないかどうか・・・」
「俺は教官の悪口を言ってませんから関係ありませんよね?」
こいつ裏切ったな!浩は心の中で舌打ちをしてハンバーグを口の中に入れた。
「君も一緒だったから同罪だよ。」
上からの声は浩の班の教官、和田教官と同期の清水一也二等駅士監だ。清水は和田の性格とは正反対の優しくかっこいいが、指揮に関しては的確かつ静かにいたい所を突く人だ。
ざまぁ見ろ、と訳もなく内心で勝ち誇った。
「教官が隊員食堂使うなんて反則ですよ・・・」
浩は納得のしない顔で清水を見上げた。清水と個人的に言葉を交わしたのはこれが初めてだ。
「まぁそう言わないで。士官食堂のほう、今日の定食が精進料理みたいなメニューだったんだよ。利用者がおじさんメインだから」
言いつつ清水が和田の向かいに座った。隣の坂井を見ると米一粒残さず食べ終わっている。
「亮、行こう」
返事を待たずに浩はトレイを持って立ち上がり返却口に早足で行った。その後を亮が走って追いかけた。
「随分嫌われているな、和田。もうちょっと指導方針考えたら?」
「絞られてへこたれる程度なら辞めりゃいいんだ。」
「たく、素直じゃないな」
からかい口調の清水に応じない和田はハンバーグを口に運んだ。
「実際のところどうなの、あいつ」
「化け物だな」
それは認めざるを得ない。
「新駅隊員の名物『地獄のハイポート』で150人中の100位からたった100メートルで13位に入りやがった。オリンピックの短距離と長距離の種目に出場してもかなりの成績は残すと思う」
元々の身体能力が高いのか馬鹿みたいな体力とスピードがある。戦闘職種性として重要な反射速度や瞬発力を培う訓練なら、教育隊全体でも余裕で上位に食い込む。履歴書によると、小学校から短大までずっと陸上をやっていたらしい。
「部活で基礎体力以上をつけるなんてタダゴトじゃないね。大した素質じゃないか」
和田の方を清水がポンとたたくと 食事中だぞ と和田が軽く眉をしかめた。
「ならもう決まりじゃない?」
「いや、まだ決まってない」
和田は強く否定した。
「身体能力だけで決まるようなもんでもないからな」
清水は だな と言って食事を始めた。
初めまして!!作者の浜ちゃんこと浜畑です^^
今回初連載にして初投稿で心臓が痛いです(笑)
なるべく読んでいただいた読者の皆様のご意見またはご感想を頂けたら幸いです。
これからも、「駅線争」をよろしくお願いします!!