また逢えると信じているから ―前世が、今を生きている―
昨年暮にデビューした、アイドルで女優…
寿美桜さん。
綺麗で可愛くて、魅せる演技と芯のある振る舞いで人気を博くしている人。
私は、彼女を誰よりも知っている。
12月24日
午前06:30
井の頭の杜に訪れる、冬の朝。
白み始めた空にはまだ太陽はなく、普段ならまだ街は眠りから目覚めたばかりの様相をしている時間だ。
でも、今日は違った。
吉祥寺の駅から、吐き出される人々の波。
それが、一つの流れになって井の頭公園に向かっている。
寿美桜・クリスマスイヴ・コンサートへ…
私は研究生のサポートダンサーとして、バックで踊ることになっている。
***
――7月20日
私には、自分のものではない二つの記憶がある…
(ちょっと違うかな)
いわゆる前世の記憶を私は、もって生まれてしまった。
私の妄想ではないというのは、小中高の学業成績を見ればわかる。
(教えて貰う前から、全部知っていたから)
それでも——
自分で信じられないのだから、
人に信じてもらえる訳がないでしょ…
(だから、誰にも話したことはない)
まあ……
不自由どころか、少しズルしてるみたいなものだから。
それは、とてもありがたかった。
結局――前世の記憶はあっても。
映画で主人公の人生を見たからといって、自分は変わらないでしょ。
(私は、記憶は記憶と割り切っている)
ただ……
困ることがないわけでもなくて。
焦っているような、
急かされているような、
理由のわからない感覚を持ち続けている…
「逢いたい人…」
逢わなければいけない人がいる。
(記憶じゃない。感情が、私を揺さぶる)
そうそう、忘れていましたね…
私は、御厨彩陽と言います。
夏休みを明日からに控えた高校一年生、東京の学校に通う千葉県民です。
控えめに言っても容姿は上の中位、街を歩けば普通に人目を引くし…
「きみのSNSを見たんだ、どうかな芸能界でアイドル目指さないかい」
こんなふうに芸能事務所の人からスカウトをされるくらい。
(うん、勝ち組チートです)
「いえ、私は興味ないんで…」
「ほら、あそこに映っている女の子、私が先日スカウトしたアイドルなんだ、きみも間違いなくあんなふうになれるよ」
スカウトが示した先には、大型街頭ビジョンがあって、ティーン用化粧品のCMが流れていた。
「寿美桜さん?」
「そう、彼女は絶対に人気が出るよ」
スカウトが目をキラキラさせて見上げている。
(なんだろう、美桜さんのことを言われているのに自分のことのように嬉しい)
――それもそのはず、私の前世の一人は、この大型街頭ビジョンに映っている寿美桜なのだから。
理解し難いかも知れないけど、「前世」なのに、今を生き、光り輝いている。
――だから、余計に人には話せない…
「美桜さんにも会えますか?」
(心が逸る)
「勿論だよ」
「私、本当に美桜さんのようになれますか?」
「美桜ちゃんのように動画サイトのバズりからじゃないから、ルートは違うけど必ず並び立たせて見せるよ」
(でも、詐欺とか、如何わしい処のスカウトじゃないの…かな)
「なんか疑われてる?」
コクリ
「ま、まあ、しかたないよね。これ、会社のパンフレットと私の名刺。そこの社名と住所をネットで調べて、信用できたら連絡してよ。待ってるからね」
そう言ってスカウトは去って行った。
***
「よく来てくれたね。待ってたよ」
名刺に書いてあった社名と住所は本物だった。ネットにあった代表電話から、名刺の人を呼び出してもらい確かにこの人だった。
「先日は疑ってすみませんでした」
「良いんだよ、それくらいしてくれた方がこっちも安心できるんだ」
社屋は、渋谷にあってビル一棟丸ごとという大きな会社だった。
芸能人がもっとウヨウヨしてるかと思ったけど、そうでもなかった。
デビュー前後の若者たちや子どもしかいない…
壁に貼られたポスターくらいしか、それっぽさはなかった。
別にアイドルや芸能人にさほど興味はないけれど
(やっぱり残念な気はするよね)
***
私は、準特待生扱いの「特待研究生」という扱いで契約できた。
(奨学生で無料になったのは大きい、あとで返せとか言われないよね?)
素人なので今後は、研究生として、歌、踊り、演技など必要なことをみっちり詰め込まれることになる。
各メディアには宣材が配られて、オファーや、オーデションを待つ立場にもなる。
また、同じ事務所のアンダーとしてデビュー組のコンサートのバックダンサーや、MVのモブ役、あるいはリハーサルでの立ち位置確認用代役など現場の空気を吸わせる仕事もさせられている。
「うーん、美桜さんは特待生で、即宣材配布、即CM契約だったらしいので扱いが違う!」
「美桜さんは、動画サイトのバズりという特急券を持っていたからね、他の人は各駅停車専用切符だけですよ」
「各駅停車の専用切符ってなんですか…快速すら乗れないんですか?」
現場に行く時“だけ”、同行してくれる若手マネージャーに諭される。
(専属マネージャーなど夢の話しみたい)
この若手マネージャーさんは月見里 剣山さんという。
(ちょっと待って、その苗字と名前ってどうなのよ)
気を持ち直して…コホン。
今日は、待ちに待った美桜さんに会える仕事なの。
大手飲料系のCM撮り。
私の初めての正式な仕事であり、初の美桜さんとの共演だった。
(まあ、美桜さんのおまけ。だけど、一応は姉妹ポジ役!)
「社内会議で、この枠を誰にするか迷ったんだけど。何故か美桜さんが候補リストで君を目にとめてね、君に決まったんだよ。知り合い?」
「いえ、今日初めてお会いします」
「うーん、だよね」
(美桜さんが何故?)
「おはようございます」
スタジオに美桜さんが入ってきた…
美桜さんの忙しさは、研究生の中でも話題に上がっている。持ち歌1曲しかないところから18曲までレコーディングをして年末のクリスマスイヴ・コンサートに間に合わせるって。準備期間なし。その上ドラマ撮影、TV出演、TVCM、イベント出演しながら…
辛そうな表情一つせず…
ニコニコと…
(ご挨拶に行かないと…)
私は美桜さんの前に、駆け足で向かい…
「おはようございます。初めまして…」
「え、え、大丈夫?」
美桜さんは驚いた顔になる。
(何?)
ハンカチを取り出し、心配そうに私に渡す。
(へ?)
自分の目と頬を伝うものの感覚…
(ぐぁ。ダダ泣きしてます?私!)
「ごめ、ごめん、ごめんなさい」
(なんでなんで…)
理由はわかっている。
――会えたから。
自分を、自分で見るこの感覚。
――美桜の記憶
大切な人が生きていることの喜び
自分を捨てても、美桜のために生きることを厭わなかった。私のもう一人の前世の記憶。
――昴の記憶
そして…
笑顔の中の辛さが、私には見えたから。
「こっちに」
私は、美桜さんに手を引かれ、美桜さんの楽屋に連れて行かれた。
「これ飲んで」
とお茶を
「これ食べて」
とクッキーを
「と、とにかく落ち着いて」
と私の肩に手を置く
(なんだろう、泣いてるだけの私より、慌てているのは美桜さんの方な気がする…)
「大丈夫です、何でも無いです。
お会いできて感極まっただけです!」
「感極まる?」
コクン
人差し指を、顎に当て考え込む美桜さん。
「なんで?私、そんな大層な人間じゃないですよ?」
「とても、頑張っていらしゃるので…」
「え?」
「とても」
「きみ…不思議…」
「あわわわわ」
真珠のような雫が、美桜さんの頬を伝っている…
――今度は美桜さんに涙が…
「ごめんなさい、ごめんなさい。な、泣かないで。なんでなんで」
「ごめん、大丈夫」
そう言うと直ぐに涙を引っ込めてしまった。
(凄い、どうやったの)
「今日一緒に撮影する人…よね、御厨さん?」
「はい、研究生の御厨彩陽です。宜しくお願いします」
「私も新人よ、似たようなものなんだから、そんなに畏まらないでも…」
私は首を振った。
「うーん…」と唸る美桜さん。
(困らせてしまった)
「あ、えと、美桜さんまで何故泣かれたのですか?」
「あ、う、んーー。ま、いっか。
大切な人に、労われた気がしたから…」
そして、私の顔を見る…
「何故かな?」
(いや、聞き返されても)
でも、わかるよ。私も美桜だから…
その日のCM撮影は恙なくOKが貰えた、秋には放映される予定だ。
美桜さんのコンサートの問題があり、撮りから放映迄、考査(審査)の問題以外は全部超特急で社会が動いているらしい。
「御厨さん。お疲れ様でした。また会いましょう…」
美桜さんは、それだけ言うとマネージャーに引きずられるように連れ去られて行ってしまった。
「美桜さんは、ホントに秒刻みで動いているからね、これからほぼ徹夜でレコーディングじゃないかな」
「うっわ…」
月見里さんが、教えてくれた。
「本当に頑張ってくれてるんだね…昴…」
(!!)
私は口を押さえる。
「彩陽ちゃん何か言った?」
私は口を押さえたままブンブン首を横に振る。
(やだ!口が勝手に動いた!)
「おかしな彩陽ちゃん…今日はおつかれさま。とても良かったよ」
「…ありがとうございます」
***
――9月上旬
夏休みが終わり、学校が再開した。
だけど、私の心は学校にはなかった。
理由はふたつ…
学校に通いつつ、電話を片手にオファーやオーデションを待つ毎日。いつ掛かるかわからない電話を待つのは気が気じゃない…
そして…
なにより
美桜さんに会って以来、 私の中の美桜と昴が騒がしい。
通学中でも、授業中でも、ふいに涙が溢れることがある。
恋をしたことのない私が、胸が張り裂けそうな想いを、焦がれる想いを抱いているから。
(なんなのよ、この切ない気持ち……)
理由はわかっている。
美桜さんの笑顔に隠れた悲しみが、私にはわかってしまったから。
私の美桜と昴の複雑な感情が流れ込んでくるから。
私自身の会いたい気持ちが、私の美桜と昴の気持ちと混ざってしまったから…
***
学校が終わると、今度は研究生としてレッスンを受ける。
呼吸がおぼつかなくなるまで集中する。
切ない気持ちを紛らわせるように。
だけど
(華が足りない…もっと輝きが欲しい。美桜さんと一緒にいられるように)
「ん」
月見里さんが入口で手招きしてる?
「やぁやぁ元気してる?」
「お仕事ください!」
(輝けるように)
「ははは、煮詰まってるね」
「美桜さんのクリスマスイヴ・コンサートで踊るバックダンサーの追加オーディションがあるけどどうする?」
「出ます。受けます。やらせてください!」
募集枠は研究生枠20人らしいが、狭き門だけどやってやる。
***
月見里さんが持って来てくれたバックダンサーの追加募集。
実は私の入所タイミングでは全員決まっていたんだそうだ。
それなのに追加募集がかけられた。その理由がわかった。
「噂だけど、他の事務所から横槍が入ってコンサート会場とられたらしいのよ…」
「美桜さんも、目立つから敵が多そうだものね」
「それでなんと、井の頭公園で一日に三回公演を行う事にしたらしいの」
「うっそ。無茶すぎる」
「それで、ダンサーなどキャストが三倍必要になったってことらしいわ」
「それで…」
(なんてこと許せない!)
「それと、バックダンサーに選ばれた娘たちが、デビューを餌に引き抜きにあってるらしいわ」
「え、え、そうなの」
「考えちゃうよね…」
(えーなんてこと、この娘たちも許せない!!)
――更衣室は情報の宝庫だった。
***
――9月下旬
私は、バレエもダンスも研究生になるまでやったことがない。
歌だって声楽だってやってない、友達とカラオケに行くくらいだ。
でも、私には頼もしい前世の記憶がある。
なんてったって、あの寿美桜が前世なのだ、バックダンサーのオーデション位
なんとかなるなる。
――とか思っていた時期が私にもありました…
いや、受かったよ。
(最後は泣き落としで手に入れたんだけどね)
「いや、泣き落としで受かるような、そんな甘い世界じゃないからね」
(心の声を読まれた?)
「月見里さん、ありがとうございました。無事受かりました」
「君の熱意は他の子を凌駕していたからね、同程度なら君をという経緯だよ。
だから、本番までにその熱意で絶対に仕上げてくれよ」
「はい!」
***
――11月上旬
11月に入り、美桜さんとのCMが流れ始めた。
そうすると、私にもオファーが掛かるようになってきた。
美桜さん効果だ。
だけど、私はダンスに没頭していた。
(いや、ちゃんとオファーはこなしてるけどね)
そんなある日。
私のもとにも引き抜き屋がやってきた。
「今ならアイドルデビュー確約するよ」
甘い顔をしたアイドル崩れのようなスカウトマンがそう口をつく。
「私、CMまで出演しているので、契約上やすやすと移籍できないんですけど…」
「大丈夫、違約金はうちの事務所で丸く収めるから、今ならこの洗剤も遊園地の招待券もつけるよ」
(昭和時代の新聞勧誘みたいなことを言い出した)
「いえ、間に合ってます」
私は突っぱねる。
「絶対良い思いさせてあげるから」
と私の腕を掴んで引っ張り出した。
(なんなのこいつ)
「ちょっとやめ…」
「警察呼びますよ」
(え?)
私とスカウトが同時に声のした方を向く。
「私のダンサーにちょっかいかけないでください」
「「美桜」さん」
「それにCMの違約金は、私とのセットだから結構法外ですよ」
スカウトが私を見る。
(首を捻ってる。うう、値踏みされた)
そう、大手飲料メーカーだったので、結構な違約条件がつけられていた、犯罪や反社、不倫とか恋愛とかまで…
移籍もいろんな条件がついていた。
しかも、美桜さんとセットなため、違約金は億単位が書かれていた。
「おまえ、そんなに価値あるの?」
「私に聞かないでよ、美桜さんのおまけの洗剤みたいなものなんだから」
「まあ、良い、怪我でもすれば同じことだ。先生たちお願いします」
曲がり角や物陰から四人の、いかつい男たちが現れた。半数が木刀を持っている。
(なんなのこの昭和レトロな人たちは!)
歩いてても警察に捕まりそうな連中だが、逆に警察も遠巻きに避けるような…
「なんで、私にそこまで拘って嫌がらせするかな…」
美桜さんは脱力している。
「こっちに」と声がかかると、後ろに引っ張られ美桜さんの下まで運ばれる。
(誰?)
目と目が合う。
「美桜の専属マネージャーの、春夏冬秋誇です」
(ちょっと待って!その苗字と名前ってどうなのよ!)
「先生やっちゃってください、アイドルである以上、暴力沙汰もご法度のはずです!」
「どうするの美桜さん」
「どうしましょう…」
「事務所の警備員には連絡しました!」
美桜さんの困り顔に、春夏冬さんが答える。
暴漢?で良いよね呼び方?はこちらに向かって迫ってくる。
春夏冬さんが前に動く、無手同士での接近。
相手の拳を取って逆に自分に引き込むと、拳を下方へと誘導して相手を転がす。
「「春夏冬さん凄い」」
「アメリカは自衛できないと危険なので留学中にちょっと…」
そう言って、次の相手に向き直る。
私と美桜さんには、木刀を持った二人が寄ってきた。
「失礼」
と、美桜さんは言うと、私の肩と膝に手を回し、暴漢から離れる。
(これって、お姫様抱っこ!)
ドキドキする、鼓動が跳ねてる!
距離を取って、私を下ろす。
(なんか重そうにしてるショック)
「まだ、警備員さん来ない?」
美桜さんの焦る声。
「早く来て…」
と願う私の視界に、再度暴漢が振りかぶり向かって来る姿が映る。
間に合わない!
その瞬間――
タン
タン
歩法の音
外界が静かになる
身体が勝手に動いた
昴?
(昴の記憶なの?)
踏み込んだ逆の足を滑らせ、相手の木刀が振り下ろされる前に懐に入り込む。
掌底が木刀の柄を弾き飛ばす。
左腕を奪って、脇に抱え込んで自身の身体を捻り込みつつ体重をかけて倒れ込んだ。
それを…
私と美桜さんはそれぞれの相手に
まったく同時に行っていた。
私と美桜さんはお互いを見つめる。
時間が止まったようだった。
「美桜さん大丈夫ですか!」
春夏冬さんと警備員が駆けてくるのが見える。
私と美桜さんは震えて歯がガチガチ鳴っていた。
***
この事件は、大事にはならなかったが、この連中は半グレ崩れで、下請け的に仕事をしていた連中だった。(半グレからさらに崩れるんだね)
大本の事務所は霞がかかっていたが。
美桜さんを起用した企業も手を貸してくれて、大本の事務所を突き止めて抗議して謝罪させた。
だけど、結構な数のバックダンサー、研究生が帰らぬ人となっていた。
(死んだわけじゃないよ、だけど一回抜けた人をまた使うわけにいかないでしょ)
なので、新たにと言ってももう時間がなかった。
残った娘たちが集められた。約半数に減ったため、一人二回の公演を受け持つことになったが、どうしても一人足りなかった。
ダンサーはずっと踊りっぱなしなので、一人一公演にしていたくらいだ。二回にしても過酷だ。それを三回行うのは今後に響く程の問題だった。
だけど
だからこそ
私は、手を挙げた
「彩陽ちゃん、まって君はまだ身体ができていない無理だよ」
月見里さんが駆け込んで私のところまで来てくれた。
(いい人だ)
「やらせて下さい」
(たぶん私にはその責任がある)
「でも」
「大丈夫ですよ、やり遂げられます」
(美桜さんに強いてしまった私の美桜の願いせい)
「そういうことじゃなくって…」
「月見里さん。心配して下さって嬉しいです」
私は微笑んでお辞儀する。
「でも、これは私がやらないといけないことなんです」
私はしっかりと、月見里さんを見つめる。
そして決して目を離さなかった。
月見里さんは一歩後ずさった…
そして
「若い君が何を思っていっているのかわからない。でも、わかった」
月見里さんは、このプロジェクトのリーダーである人に向き直った。
「須藤さん。この子に三回踊らせて下さい。責任は私が持ちます」
「美桜が呼ぶのか、今回の公演はバカばかりだ。わかった!任せる」
ダンサーのメンバーとスケジュール、立ちポジが組まれていく、これで決定だ。後戻りはできない。
美桜のため、そして前世の美桜のため、私のため、歯車は回る。
***
12月23日
午後09:00
明日に備えスタッフやキャストは、井の頭公園付近のホテルに泊まっている。
私は一人、井の頭公園を歩いていた。
ここは、美桜にとっても、また昴にとっても特別な場所。
いるだけで、涙が出てくる場所。
美桜が想いを遂げた場所。
井の頭池の畔をゆっくり一周する。
七井橋に、怪しい人がいるのを見かけた。
モコモコに着込んで帽子とマフラーで顔を隠した女性。
「こんばんわ」
私に振り向くと、慌てた様子で空を見上げた。
怪しい人は泣いていた。
(私と一緒だ)
「早く休まないと明日は早いですよ」
私は言葉を続ける。
「わかってるけど…」
美桜さんは私よりも上背がある。
けれど小さく見えた。
(モコモコだけど)
「三公演踊るって聞いたわよ」
「はい、頑張ります」
「キツイわよ大丈夫?」
「美桜さん程じゃないです」
目を合わせて何故か笑いあった。
「じゃあ、一緒に頑張りましょう」
「はい」
「貴方、暴漢に襲われたときなんで、私と同じ動きを?」
(あれは、昴の幼少期に習っていた剣道の記憶だろう…だから)
「秘密です」
(話すつもりはない)
「そう…」
(あ、ちょっと寂しそう)
「あ、あ、あ、いつか話すかも知れません
美桜さんは何でここに?」
「思い出の多い場所だから…」
「私も!2月14日に忘れられない思い出がここに有ります」
美桜さんはハッとした顔をする。
「……」
押し黙ったあとポツリと…
「私も決して忘れられない思い出が…」
そう言って。また涙を流し始めてしまった。
私の前世の美桜はここで美桜さんに別れを告げた…
――永遠の…
それを昴は何もできずに見送っていた…
私にはその映像が鮮明に見える…
私は、美桜さんの肩を抱いて顔を隠してあげるだけだった。
――美桜と昴、二人が私の中にいるように
美桜さんを守ろうとした昴の想いが
ありえない形で叶えられている…
昴は、美桜の想いを守るために頑張っている――
私は、そんな二人を助けたい…
その夜、私は美桜さんのホテルに泊まった…
(あ、勘違いしないでね、女子会よ。春夏冬さんもいたんだからね)
まあ、どうなってもいい気分ではあったけどね。
***
12月24日
午前08:00
開演一時間前
開場
人が臨時の座席に着いていく。
私は袖からそれを見ている。
ドキドキして、足が地についていない。
なんか意識が自分の一メートルくらい高い所にあってフワフワしている感じ。
(魂抜けてないよね?)
「うわっ」
(何、押された!)
振り向くと、月見里さんが両手で押したポーズで立っていた。
「な、な、何するんですか!」
「緊張してそうだったから」
「しれっとそんなこと言わないでください!」
「どう?」
「へ」
「僕に腹立ったら少しは落ち着いた?」
(ん?)
「むむむむむ」
「どうした」
「落ち着いたことに腹がたつ」
「それは重畳。頑張ってね」
そう言って月見里さんは緊張している研究生を脅かしにいってしまった。
――こういう人たちに囲まれて、私も美桜さんも幸せだ。
09:00 ―― 第一回公演開始
バックダンサーが左右袖で5人づつ控えて出番を待つ。
ダンサー同士で頷いた、最初の曲のイントロが流れ始めた。
迫から美桜さんが歌いながらステージに現れる。
一際高い声援が井の頭の森に響き渡った。
美桜さんの衣装は、白を基調とした、羽をモチーフにしたオーガンジーを重ねたドレス。
妖精のように綺麗だ…
私たちも白いドレス姿でステージへと躍り出る。
練習通り、息の合った一糸乱れぬダンスを披露する。
今日。私は一日、美桜さんと共に踊るんだ!
(きつい)
美桜さんの衣装替えの間も踊り続ける。
踊り続ける私、歌と踊り続ける美桜さん。
時たま視線が合い、お互いを励ます。
(がんばれ、私。がんばれ、美桜さん)
だけど…
一回目のインターバル。二時間もない休憩。
酸素とアイシングにテーピング。スタッフが全て行ってくれるが、呼吸を整えることも難しい。
遠目に美桜さんの同じような姿が見える。
まだ一回目だ。あと二回もあるんだ頑張れ私。
全通しの練習は一回しかできなかったけど、何とかなったんだ!
14:00 ―― 第二回公演開始
スタッフが一回目の衣装をドライヤーで乾かしてくれてはいるが、湿っているのがわかる、冬空の野外だ、体温が下がると体力も落ちていく。
練習では経験できなかったことが起こってくる、でも体力を温存して踊るなんてできない、他の人とリズムが狂ってしまうから。
二回目公演中に足の皮が剝けてしまった。
目の前で歌っている、美桜さんも笑顔を絶やさないが、苦しそうだ。
(頑張って、頑張って)
夜を迎え二回目公演が終わった。
三回出演の私は休息のため、美桜さんの控え室に入れて貰えた。
酸素を吸うだけでやっとの私と美桜さんだが笑顔だけで挨拶をする。
(大丈夫。まだやれる)
その時、控え室のドアがノックされ。控え室に美桜さんの友達が現れた。
私もよく知っている顔だった。
懐かしい、何年も会っていない美桜の無二の親友…真帆。
そして、もう一人、よく知っている青年。
「寿、さん……」青年は美桜さんのボロボロの姿を見て、言葉を失ってしまった。
「美桜。こんなになるまで……頑張りすぎだよ。なにやってんのよ」 真帆の瞳が潤んでいる。
「桐生くん、真帆。来てくれてありがとう。一生懸命歌うから最後まで見ていって」 と美桜さんは微笑む。
「コンサートが終わったら…また会いましょう」
美桜さんは辛そうに、面会を終わらせようとした。
「待って……。寿さん、本当に……君は寿さんなのか?」
最後に青年は美桜さんに言葉を投げかける、美桜さんと私は凍りついた。
「……私は、寿美桜。そして美桜の可能性。この場所で、その約束を果たします」
美桜さんは最後にそう言った。
私は、美桜さんの想いを聞いて涙が止まらなくなってしまった。
小さく嗚咽を漏らしながら目を閉じる。
19:00 ―― 第三回公演開始
夜空にレーザー光線とプロジェクションマッピングが映し出され、井の頭公園の木々や建物にまで光の演出が施される、幻想的で豪華なステージだった。
冬の夜、気温は5度まで下がっていた。
最後のダンスブロックを乗り切り袖に戻るとき、美桜さんは足をもつれさせ挫いてしまった。
大きく腫れているのが見える、私は口を押さえて見ている事しかできなかった。
でも、美桜さんは衣装を替えるとステージに戻っていった。
最終ブロック、動きは少ないが。立っているのも辛そうなのが後ろから見て取れる。
「あ!」
美桜さんの踏ん張る足の力が抜けるのがわかる…
(だめ)
私は飛び出した。
美桜さんの手を取り、ソシリアルダンスにみえるように腰を取り、優しく抱いて…
「すばる…」
私でない私が話し出す。
「すばるは私が、守るよ…」
でも、それは私の気持ちと同じ。
『一緒に…』
観客席から歓声が上がる。
美桜さんが、自分の足で踏ん張ったのを確認すると私は元の位置に戻った。
アンコールを含め、コンサート最後の曲が終わった…
私も、既にもう立つことが出来ない。
そんな、私の横を、美桜さんは足を引きずるようにステージに戻っていく。
「なにを?」
私を含め全てのスタッフが何が起こるのかわからなかった。
一人、マイクスタンドの前へ立った美桜さんが呟く。
「この曲は……私が、AI音楽生成ツールに、たった一つのキーワードを与えて作詞・作曲させたものです。そして、私が、私の……最も大切な人に贈る、最後のメッセージです」
ピアノの静かなイントロが流れる。
そのタイトルは「きみのことは何でも知っている」
立っているのもやっとなはずの美桜さんが歌い始めた。
『一つの物語のように 時を越えて続いてく
君と僕の心には 同じ星が灯ってた
小さな頃に出会ってた まだ名前も知らないまま
なぜ惹かれ合ったのかを 今でも思い出す
だけどそれは 悲しい孤独の始まり
運命が優しく微笑むたび 遠ざかる
きみのことは なんでもしっている
涙の意味も 笑い方も
離れても消えない声が 胸の奥で生きてる
また会えると信じているから
なぜ離れなければいけないのか 理由も分からぬまま
すれ違うたび 痛みがやさしくなる
君の笑顔を思い出すたび 空が滲んで
どんな夜でも 君を探してる
いつか違う形で もう一度めぐり逢える
その日まで祈るよ この想い抱いて
きみのことは なんでもしっている
夢の続きも 声の震えも
この運命を超えてでも もう一度会いに行く
微笑んだその日々を抱いて
星降る夜に そっと願う
君がどこかで 幸せでありますように
きみのことは なんでもしっている
たとえ時がすべてを変えても
ありがとう さよならのかわりに
この歌が届くまで――
夜明けの空に 君を想う
「ありがとう」 またいつか』
…
美桜さんが歌い上げると、夜の井の頭公園に何時までも拍手と歓声が続いた。
それは永遠のような一瞬の花火のような時間だと思った。
そう
また逢えると信じているから
私は、こんな素敵な人とまた会えた…
運命を超えて会いにきたんだよ…
お読みいただき有難う御座います。
評価・ブックマーク・感想・レビューなどアクション頂けると励みになります。
よろしくお願いします。
―― ※この物語は『きみのことは何でも知っている』のスピンオフです。
本編を未読でも楽しめますが、併せて読むとより深く味わえます。
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