第3話「落ちる魔球」
あのあと、レイスといった教会の使いはすぐに帰った。
正直、「魔法」の感動で何も頭に入ってこなくて、特に印象を抱くこともなかった。
その後、夜になり、俺はいつものように二階の個室で寝かしつけられた。
(それにしても魔法…)
寝っ転がりながら考える。
これまた、創作の中の話のものだと思っていた。
俺が生まれ落ちた「この世界」はおかしい…。
教会、剣と鎧、農家、服装、技術、魔法…、髪色、俺が生まれ変わったこと…
明らかに俺の知り得ない異常な光景たち。
なんらかの神の所業としか思えない。
(ここは異世界だ…!)
そう考えると、急に腑に落ちた。
やっべぇ、なんかテンション上がってきた。
いや待て待て待て待て、冷静になろう。
別の可能性がまだあ…る……か?
とりあえず考えてみよう。
例えば…
ここが地球とは全く異なる宇宙、次元の世界である可能性。これが俗に言う異世界というものだろう。
なんらかの創作物の世界である可能性。
これはあり得ないだろう。
いや、まぁ無くはないけど…。
ここは紛れもない地球であり、俺が死んで生まれ変わるまでの間で何らかの変化が起こった可能性。
これは今すぐ断定することができそうにない。
答えは定めることはできなかった。
が、結局俺から見たらどれも「異世界」であることには変わらないだろう。
やっぱり、ここは異世界だ。
そして魔法…!
繰り返し、心の中で単語を反芻する。
心の中で何かが湧き上がってくる。
ここで、もう一回生きてみたい。
そんな利己的な欲求が。
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やっと足腰がしっかりしてきて、歩けるようになった。歯も生えて、やっと意味のある言葉を発することができるようになった。
言葉はどれも幼稚だし、歩けるといってもちゃんと気張らないと転びそうになってしまう。
だが…0と0.1の差はデカい。
いろんなことができるようになった身体。
その中を、ある欲求が体を捩らせ続けていた。
どうしても魔法が使ってみたい。
そして、それがどういう仕組みなのかを知りたい。
収まらない知的欲求…。
そこで目をつけたのが「聖書」である。
聖書の「祈り」と魔法の「詠唱」も似通っていた。
世界を、なにより魔法を知るには「聖書」を読み解くのが手っ取り早いと思った。
この家には時計とかがないので正確な時間はわからない。が多分朝。
親の目を盗んで2階に行った。
父が早めの昼寝をしていて、母が仕事やらなんやらでどっかに出かける。とのことだったので今しかないと思った。
一段一段が絶壁のように感じられる、そんな幾重にも連なっている…木の隔たり。つまり階段だ。
それを苦労して登り、部屋に向かって行く。
廊下を日光が窓から差していて、少し暖かい。
扉が三つあり、迷わずその一つを開けた。
階段ほどは苦労しなかった。
静かな家の上の層は、午前の光だけをくれる場所だ。なんか、特別な気分になる。
椅子を物音立てないように慎重に戻した後、地面に本を置いた。
いざ、本を開く。
(読めないッ)
興奮混じりに本を開いたのはいいものの、
記されていたのは意味のわからない記号の文字列…。
本をペラペラとめくる途中…
たまに絵のような図式もあった。
本当に抽象的な絵。
多分…神?の絵だろう。
星──天冠─大地──空箱─砂──大地──海──火─風──大きな木─爆発─…
それらは分かる。
でも、文字が読めなければ意味がない。
言語の壁にぶち当たった。
本を夢中になって読んでいると、ある声が聞こえた。
「おーい、レイ!ここにも居ないのか…?」
俺を探す父の声が階段を登ってきている。
普通、生まれて一年程の赤子が頻繁に2階に登って、なおかつ本を読んでいる。そんなことがバレたらマズイに決まっている。
転生したとはバレたくない。
「転生者」と断定されなくても、それを客観的に見たら、忌み子だ!悪魔憑きだ!とか言われて燃やされるかもしれない!
異世界だし!
あと、本は聖書だ…!
聖書はとても高価であり母親が大切にしていているから、祈りの際にしか使わないのかもしれない!
そんな考えで俺の頭はいっぱいいっぱいだった。
父の声にびっくりして、慌てて本を戻そうとした。
本を広げたまま、椅子の元に行って運んで、本を持って…
一連の動作に乱れが生じていた。
椅子によじ登った未熟な手で持つ本を棚に戻そうとする。
しかし、届かない。
アレ、さっきは届いたはずなのに。
その距離はだんだんと離れていき、やがて視界が斜めになっていった。
(ヤベ…!)
それもそうだった。
俺は階段から足を踏み外していたんだ。
未熟な手が慌てて動くが、本棚に届かなかった手に何かに掴まることが出来るはずもない。
相変わらず映るのは天井。
やがて、重い後頭部から地面に落ちた。
ドタン!
大きな音だ。扉の奥から慌てた足音も聞こえる。
ライクにバレてしまう。そしたら火炙り確定…!?
鈍い痛みが広がると同時に扉が開いた。
「レイ!?!」
父が慌てて駆け寄ってきて、俺を抱き上げた。
頭を撫で、背中をさすってくる。
打ったところも触れられたので痛かった。
「どこ打った?大丈夫か、大丈夫か…!」
さすられて視界が揺れる。
しかし、途中で止まった。
「これ…ミリアの本か…」
地面に落ちた「聖書」が目に映ったらしい。
父は俺を抱えたまま階段を急ぐ。
慌てようが半端ない。
マッッジで魔女狩りコースかもしれない…!!!
リビングでは母ミリアが畑から戻ったところらしく、こちらが目に入るとすぐにライクの狼狽ぶりに目を丸くした。
「ライク!? レイがどうかしたの!?」
なんて勘が良いんだろう。
「レイが…頭を打ったみたいで…」
「えぇ!? 大丈夫だった!?」
「どうして…!?」
ライク、言葉に詰まる。
ミリア、それを見逃さない。
「 ど う し た の ? 」
怖い。
俺が悪いんです!
ライクは悪くないんです!
「いやぁ…それが……………俺が昼寝してて、レイが二階に登ってて…そしたらコレを…」
ライクが聖書を差し出すと、ミリアは一瞬固まった。俺は死を覚悟した。
「レイが自分で聖書を取ったの?」
怒鳴るどころか嬉しそうな声だった。
俺はそれの裏に何かがあるんじゃないかと思って怖くてたまらなかった。
ライクが口を開いた。
「ミリア、怒らないのか? 俺が昼寝してて、子供が二階でこんな…」
「それは、あとで怒ります」
「そ、そうか…」
ライクがシュンとする中、ミリアは聖書を手に俺の顔を覗き込む。
怒るどころか、目が煌めいている。
「聖書に興味を持つなんて…やっぱり、うちの子は天才だったんだわ!」
ミリアの手が俺の頬を両手で挟み、顔を近づけてくる。農作業で硬くなった指先が優しい。
恍惚の笑みで聖書を抱きしめ、俺と本を交互に見つめる。
「レイス様の魔法を見たからかしら? それとも神様の導き? 」
ライクが心なしか小さくなっている。
「ごめんよ、レイ…パパの昼寝のせいで…」
ミリアが言った。
「あなたには後でお話があります」
「了解です…」
ごめんよ…ライク…。
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その日はすぐに日が落ちた。
もう空には太陽なんて無く、母と父は俺を寝かしつけた後、隣の部屋にいった。
うっすらとこんな会話が聞こえた。
「ライク…今日のレイのことなんだけど…」
「俺が昼寝してたせいで頭打って、悪いことしたよ…」
ミリアの声が急に低くなる。
「その通りよ! あなた何やってんの!?
昼寝して、面倒見きれてなかったって…レイの命があってよかったわね!」
「す、すまんって! ちょっと疲れてただけで…」
「ちょっとじゃないわ! うちの子が天才だって分かった理由が、こんな失態だなんて!」
少し間があって、ミリアの声が柔らかくなる。
「…でもね、この子、あんまり泣かないでしょう? 心配だったの。普通ならもっと泣くって聞いていたし、いつもじっと見つめてくるだけで…」
「確かに手がかからないのは助かるけど…何か閉じこもってる感じがしてたな」
「今日のはきっと神様の導きよ。立派な子になるわ。」
やがて、ベットがギシギシする音が鳴り始めた。
目を固く閉じて、耳を塞いで早めに寝た。
死にたー。




