第2話「神のせい」
あれから一ヶ月ほど経ったと思う。
俺は生まれ変わって、現在は赤ん坊だということを自分に言い聞かせて、なんとか納得している。
そうしないと気が済まないのだ。
じゃないと、どうして俺には「前世」という記憶があるのか…とか、なぜ赤子の身体でちゃんと物事を考えられているのか…とかとか。
そんなことを考えてしまう。
全部、創作の世界の話だと思っていた。
しかし、それは実際に自分に起こっている話で…
思考が完結しない。
困ったので、全部「神」のせいということにした。
俺は生きていた。
生の実感と共にそれをひしひしと感じた。
俺はそれに素直に喜べなかった。
それもまた、「神」のせいにした。
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目を覚ましてはじめに目に入ったあの男女が両親であることは間違いないらしい。
あの中のもう一人の女性は多分、助産師的な何かだったのだろう。
生まれた日から数日後、さっぱり見なくなった。
この家に居るのは、その両親である男女と俺だけだった。
両親に度々抱き抱えられて、話しかけられたりする。他には生活として最低限なことしかしていない。
たまに、全然知らない人たちが大人数で来ることもあった。意味のわからない言葉で話しかけられて、頭が混乱するだけだった。
しばらくすると決まってみんなでどこかに行ってしまう。特に大した印象は抱かなかった。
どうしても暇だ。
その暇は不自由によるものだと思う。
でも。
首は座ってないけど周りを見渡すことができたり、音をちゃんと聞くことができたり…。
体はまだ思い通り動かないけど、じきに慣れるだろう。
やっと体がある実感を感じられて、胎内にいた頃よりはとても充実していると思う。
まぁ、一日の大半は寝て過ごしているが…。
この体はどうしてとても眠いんだ。
──ああ、ほらまた。
瞼が視界を黒く染めて、意識を塗りつぶしていった。
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「私は──風─・・───」
「───・・その──わかりました」
「─レイ─・──・・・──」
「私は──あなた─・─・・・・・生─」
「─・・──それは・・──」
「俺は───水─・・──」
「─ありがとう─・・─」
「─・─時─・・─してきます」
「空─・・・─」
「─火──・・・──・・───レイ──」
「それを─・─土──・─見る─・・・─死─」
「──・・─それ─・好ましい─・ない・・─」
(まったく意味のわからない言葉…)
というのも、俺は言語学習中である。
言葉というのは鋭利だけど、日常を読みとくための大事な要素だ。
だから、まず生まれ変わっての第一の課題を「言語」と定めた。理にかなっていると思う。
言語の序章の、序章の、リスニングだけ。
日常に飛び交う言葉同士を繋げて…。
共通点を見出して…
思い当たる言葉と結びつけて…
それを反射で理解できるように。
その感覚に勉強のような嫌な感じはしなくて、
Englishとかいうクソよりもはるかに楽しかった。
言語学習をしていて、すぐに分かったことは俺の名前が「レイ」であることだ。
「新しい名前」
犬とか、ペットとか、赤子でも
「自分を指す言葉」は分かっているものだし、自分の名前が理解できたのも最初の方だった。
「両親」の顔が浮かんだ。
言語学習と同時に、現状整理も行なっている。
ここには、家電製品とか、電子機器なんてものは存在しない。この家は木造であり、二階があるかどうかとかはまだわからない。
灯りはやはり、ランタン、カンテラみたいなものたちのみ。中にはロウソクっぽいものもあった。
服装は民族衣装っぽくて、色とか、そういうものは茶色っぽく、濁った白で、とても色鮮やかとは言えないものだった。
その見渡して得られる衣食住の情報から得られる印象。それは現代的とは言えなかった。
発展途上国(寄付が必要なところのイメージ)よりは上で、先進国よりは下…。
そんな感じ。
乳を吸う話はしたくない。
後ろめたさが全面に出てきて、最中とその後は死にたい気分になるから。
一刻も早く、乳離れをしなくてはならない。
くそが。
大便と小便の話もしたくない。
理由は同じようなものだ。自分の尊厳というものが破壊されていくのを肌で感じるからだ。
それも、直肌で。
気分は最低である。
そのせいか否か…次に覚えた言葉は「うんこ」だった。
……………。
あれもこれも全部、「神」のせいだ。
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七ヶ月ほど経った。
言語学習は順調で、日常会話ならある程度わかるようになった。単語だけ。
歯が生えそろってないから、ちゃんとした音は発音できない。口から出るのは「あ、うあー」とか。
一刻も早く歯が生えてほしい。
このくらいになると“手を下に突き出し、膝を地面につけて、交互に左右の膝と手を前に動かす”その巧みな身体の操作で移動することができるようになった。
要はハイハイだ。
それでも、体を思い通り動かせて移動できる。
そんな当たり前のことにこれほどの感動を抱いたことはない。
できるようになった日から、俺は家のあらゆるところを見て回っている。
リビング、キッチン、階段、個室、窓…
いろんなところに行きまくる赤ん坊。
それに対し、母の方は「元気──いい・─じゃない」と言っていた。
なので、遠慮なくあちこちを這いずり回っている。
動き始めた当初は、父によく「─また─・・こんなところ──・」と、よく連れ戻されたが…
現在はもう黙認されてしまった。
そして、今日もまた地面を這いずり回っている。
ハイハイスピードで。
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家は二階建てで、一階にリビングと一部屋。ここは農具などが置いてあった。
あと、畑につながる裏口があった。
二階には三部屋あって、扉を開けるのに苦労した。
一つは母と父の部屋。
でっけぇベットとランプ。
あと引き出し付きの棚とか。
二つ目はいくつかの本があって、それをしまう棚以外は何もない。書斎というには粗末な部屋。
三つ目は空き部屋。
とにかく、家は広かった。
この家は裕福なんだろうか…。
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色々、わかったことがある。
母は農家だった。名前はミリアというらしい。
たまに複数人で来るあの人たちは母の農業仲間だった。歪んだガラスの窓から見た景色と会話から、それが見てとれた。
父の方はというと…よくわかんないままだった。
名前はライクというらしい。
度々、剣とか鎧とかの整備…?みたいなことをしていた。それで、定期的に出かけて何かを買ってくる。
買ってくるものは食材、家具、小道具とか。
でも、剣と鎧って……。
初めて見た…。
いや、なんでそんな危ないもの持ってるんだ。
仕事に使うんだろうが…何をするんだろう。
俺の前で父が整備している時、あまりに見つめすぎてしまっていたからだろうか。
母が「子供─前─・─危ない─・見せる・ない─」
と言った次の日から、父は二階の個室でやるようになってしまった。もうちょっと見たかったな。
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母が度々、祈りのポーズをする。
二階にある本のうち、一つを持ち出して。
言語が読めないので何の本か分からなかった。
蝶のような紋様が表紙にあって、断片的な情報からそれは聖書のようなものだろうと考えた。
母はこれを持って…祈りを捧げる。
こう呟きながら──
「「空」よ、すべてを包む沈黙よ。
形なきあなたの中に、わたしの思いを解き放たせてください。
「時」よ、刻まれるいのちの調べよ。
嘆きも歓びも抱きしめ、わたしを“今”の恵みへと導いてください。
「生」よ、万物にして祝福よ。
恐れずに愛し、愛される者として息づかせてください。
そして「死」よ、帰るべき安らぎよ。
光のもとにすべてを委ね、静けさの中であなたに憩わせてください。
土よ、命の根を抱くやすらぎよ。
傷ついた足を受けとめ、倒れた者に再び立つ力をください。
水よ、流れゆく慈しみよ。
心を静め、怒りを洗い流し、新しい命を注いでください。
火よ、わたしの心を照らす光よ。
闇の中で道を見失うとき、あなたの温もりで恐れを焼き払ってください。
風よ、見えざる導きよ。
閉ざされた心に吹き入り、言葉にできぬ祈りを天へ運んでください。
──そして、神を創られた方よ、この一瞬を、感謝と共に生きる者とならせてください。」
長い…。
途中で眠ってしまいそうなくらい長い。
これを八日周期でやるものだから、耳に馴染んで、祈りの内容にある言葉の意味は覚えてしまった。
神様なんていない。
俺はそう信じているはずなのに…
神がいると思ってしまうような…そんな説得感がそこにあった。
ないものねだりのその先の何か。
そこに答えがあるんじゃないかとすら思えた。
俺が二度目の生をもらえた意味さえも。
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母は怪しげな宗教に入っていて、
父はおそらく危ない何かを生業にしている…。
字面だけ見たら最悪だ。
いや、まぁ。
少なくとも怪しげではない…のか?
それが普通である──というそんな感性は持ち得ていない。ここが日本でもないし、俺が知るどこかの国でもないし、判断のしようがない。
一体ここはどこなのか。
相変わらず、答えはない。
神も応えなかった。
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数ヶ月後のある日のことだ。
その頃には、俺は言語をマスターしていた。
でも、そんな達成感を両親は知るわけもなく、
「その日は客人が来る」とかで、朝から騒がしくて、おれは放置されたままだった。
父が言うには、その客人は「教会の使い」で、「恵みをもたらしてくれる」とのこと。
母が張り切って準備をしていた。
教会の使い
やはり、母は宗教に入っている。
それは一般的なもので普及していて…。
そして、それには福祉のような制度がある。
という仮説を考えついた。
(うーん……)
じきに、昼頃になっていた。
部屋のノックが鳴って、のちに声が聞こえた。
「すみませーん。誰かいらっしゃいますかー」
声は、優しそうな男性というイメージ。
「ハーイ」
母がその声に返事をして、扉に向かっていった。
俺は父に抱かれたまま、母の後ろをついていった。
扉が開き、銀髪の男が家に入ってきた。祭服の蝶紋が祈りの本と同じで、「杖」を持っていた。
父が俺を抱いたまま頭を下げ、母が丁寧に迎えた。
杖は小さな白い宝石が先端についていて、そこを木製ではない、なにか未知の素材の棒が連なっている。
その白い宝石と棒の部分の間には、接合しておらず、超次元な力が働いている。
杖と服装が相まって雰囲気が出ていた。
母が丁寧に頭を下げた。
「レイス様、いつもありがとうございます。畑の恵みが今年も…」
レイスは穏やかに杖を掲げ、蝶の紋章を光らせた。
「ミリア殿、ご無礼を。神の御心が汝らの土を豊かに。まずは祈りを捧げましょう。」
父も俺を抱いたまま膝をつき、三人で短く祈る。
いつもの「空よ、土よ」の呟き。
祈りが終わり、レイスが微笑んだ。
「前回同様、畑を恵みの力で整えましょう。レイ坊やも見学かい?」
母が笑う。
「元気いっぱいでね。これも神の祝福のおかげかな」
そんな会話ののち、家の裏口から畑に出た。
外の空気と見える景色は澄んでいた。
レイスが杖を地面に突き立て、「詠唱」を始めた。
「「土」よ、命の根を抱くやすらぎよ。傷ついた大地を受けとめ、再び立つ力を与え給え。」
地面が震え、乾いた土が柔らかく盛り上がり、耕されたような甘い土の匂いが広がる。
次にレイスは杖を天に向かって指し、続けた。
「「水」よ、流れゆく慈しみよ。空より恵みを降らせ、心を洗い流し給え。」
頭上から霧のような雨がぱらつき、土に染み込む。作物が震えるように葉を広げ、ザザァと葉が水を弾く音が聞こえ、俺の頰にも冷たい雫が付いた。
心の底がわぁっと光でいっぱいになった。
心臓の音が確かに聞こえていた。
心の中に何かが灯った。
心のゆらめきが止まない。
それは、魔法だった。
それは紛れもなく、魔法であった。
魔法は俺の心さえも色付けていった。
無駄の多い話でごめんなさい




