第0話『魂底』
これ将来、黒歴史になります。
というか現在進行形。
高一の春。
ふと、一人でどこかに行きたくなって自転車を漕いで、近所の海に行った。
片道30分。
毎度の如く足と耳が痛くなっている。
耳を手で温めながら、石垣に座る。
春の海は冷たく。
風が気持ちいい。
潮の匂いが鼻に張りつく。
やっぱり、あたまがスッキリする。
ここは思考の整理に最適だった。
なにか、想いに耽りたいときとか考え事をしたいときはここに来るのがお決まりだ。
高校生活が始まってしまった。
何も変わっていない自分と、変わっていく環境。
そのギャップをどうしてしまおうか。
考え事をしている、そんな中。
いつもより強い波のリズムがやけに遠く感じられて、世界は一つの単純な音に絞られていった。
美しい海は危険を孕む。
海に溺れている子が見えた。
なぜ、どうして。
周りには数名。
誰も行かなかった。
一人、電話らしきことをしている人が見えた。
心臓がもう一回動き始めたような感覚だった。
俺は海に飛び込んだ。
水泳などは習っていたし、溺れている人は周りを巻き込む可能性があると言ってもまだ、子供だ。
俺がしなければならないと思った、
ヒーローになりたいわけではなかった。
それら全て、慢心だった。
冷静になって考えればわかる話だ。
冷たい海が俺たちを呑みこんでくる。
溺れる子供を制御するのは困難で、無理やり押さえつけながら頑張って子供の顔を出す。海の浮力の恩恵を感じた。
子供が流れていた地点は思っているほど近かった。
力一杯、子供を引き上げて、傍観者どもに引き渡して、上げる。
そこで、全身の力を使い果たした。
全身が冷たくて動かない。
そこに、背後から強い波が俺を叩き、一瞬呼吸ができなくなった。
目の前が霞んで、大人たちの声が聞こえなくなり、瞬きをした。その瞬間、絶え間無く迫る波に、姿勢が崩れて…溺れた。
ああ、陸があんなにも離れている。
呼吸するのに必死だった。
冷静になるための冷静さすら、そこにはなかった。
肺の中が冷たい何かに溺れて行って、俺の体温を着実に下げて、海の底に体が入って行った。
俺は海に消えた。
頭の中が海の青に染まる。
俺の頭の中にいろんな情景が浮かび、自分の思考が巡る。実に恥の多い話である。
「世界については、何も考えない方が良い」
どうしてか?
それは正しさにおいて無駄な行為であり、それは考えること自体を退屈にしているから。
何も考えない方が社会でうまくいくものであるし、世界は滑稽でつまらない法則に満ち満ちている。
そんなことをわざわざ知る必要もない。
「ずっと、退屈だった」
世界はつまらない。
人間が築いた社会基盤に価値を見出せなかった。
俺は正しさを求めて、正しさに苦しんだ。
まぁ、「正しさ」を「正しさ」と決めつけるのも傲慢かもしれないな。
永遠に心のどこかに穴が空いているような、自分だけが周りと同じく生きていないような、疎外感のような、自分だけ満たされない感覚というか。
そんなものを抱えていたんだ。
「俺は人と関わるのが怖かった」
他人が自分に対してどんな感情を抱いているのかが不明瞭で、自分を曝け出すことが何よりも怖いことだった。
もし、自分のことを知ってくれた人が居たとして、もし、自分の存在価値を否定してきたら…?
そんなことが起きたらきっと俺は死ねる理由を得るだろう。
それが恐かった。
あと、「他人の顔を直視できなかった」
相手を見ることで何か、思われるのが怖かったからとか、後ろめたい気持ちが心の中にあったとか…
理由はいくらでも浮かぶが、生涯納得する理由を見つけることはできなかった。
人と話すときは決まって相手の後ろの奥の方とか、全く人がいないところとかを見つめて話してた。
相手を直接見て話さない方が相手にとって良くない印象を抱かれるはずなのに。
…やっぱり俺は結局、自分が大事なんだ。
自分が可愛くてしょうがない。
自分主体で物事を見て、自分が嫌いな奴らと同じ物差しを使っているんだ。
いつから、「人と関わるのが怖くなったのか」
多分、その要因は二つある。
小学六年生の時の転校と友達との拗れ。
俺はこう見えて、小学生の頃は優等生だった。
最低限の勉強をしていたらテストは満点。
小さい頃から覚えるのは得意だった。
世界をつなげる感覚が面白くてさ。
だから、勉強も得意になった。
まぁ、小学生のテストは簡単だったのもあると思うけどさ。
自学習も毎日欠かさず提出した。
他の奴らはいつもやってなくて、たまに提出するとすごい褒められてた。
俺は毎日出してるのに、褒められない。
その不条理が嫌だった。
心の底に、変な正義感があった。
友達も多かった。
…まぁ友達の定義が緩かったのかも知れないけど
毎夜に通話して複数人でゲームやったり、みんなで出かけたり、遊んだり。バカやったり、何をやっても楽しかった。
でも、転校した。
当時の状況をあまり、覚えてないけど
たしか、親の転勤だった。
ここから、車で七時間近くかかるほどの遠い距離の街。冬の寒さに耐えられなくて暖房に前にいたのをいまでも覚えている。
俺は嫌だった。
今の日々が楽しくて仕方がなかった。
でも、親に嫌だと言うことはなかった。
子供のくせに気を遣って、心に抱えた何かを晴らすことができずにあっという間に引っ越しの日は来た。
引っ越しの荷造りの時、ここにはもう戻ってくることもないんだろうな。とかそんなことが頭に浮かんで目が潤んだ。
七時間車に揺られて、新しい家を見て、道を覚えて、初めて学校に登校して、自己紹介で失敗して、所属するグループを間違えた。
あまりに早すぎる転落。
次第に、自分の心の正義感が失われていって、それに準じて自己肯定感というものが崩れ去っていった。
インターネットが発展しているから、引越してからも友達との関係は続いていた。主にネットゲームでだけだが。
でも、二年かけてその関係は次第に終わっていった。
なにか、きっかけがあったとかじゃない。ただ普通に風化した。
それが心にヒビとして残った。
新しい小学校でできた友達は三人居た。
一人は中学校へ行くときに、違う中学校に行った。
残りの二人は同じ中学校へ進学して、そのうち一人と同じクラスになった。
中学校。
新しい生活で、大人になる準備をする。
ワクワクで未来に希望が絶えなかった。
でも、入学から数日後。同じクラスの方の友達との関係が拗れて、その希望は泡となって消えた。
ある日の帰り道。いつもの友達二人と帰っているときだった。
新しい友達ができそうかどうかとかそんな話をしながら帰っていたと思う。
あんまり、話の内容は覚えてないけどたしか、同じクラスの方の友達を置いて、もう一人の友達と走って一旦置いていくみたいな。感じになった。
道は一本道で開けているし、迷子にしてやろうとか、悪意があってやったわけじゃなかった。
いじり。みたいな?
俺はこの中でだいぶぞんざいに扱われるタイプで、同じクラスの方の友達がちょっと嫌いだった。
でも、その部分が嫌いなだけで、友達としては好きだし、仲良くしたいと思っていた。
そして、二人で走った。
で、遠くなった友達を振り返って友達と話しながら歩いて友達の元に戻った。
何がしたかったんだろうか。
友達は俺たちではないどこかを向いていて、話しかけても何も言わず、その日の帰り道、何も話さなかった。
そのとき、俺はそいつの顔を直視できなかった。
帰った後、俺は友達に「明日の時間割ってなんだっけ?」と連絡を取った。
帰ってきたメールには二つの送信取り消しの跡そして、「^_^」と書いていた。
二つの送信取り消しの真意はわからなかった。
それから、死ぬまで連絡は取っていない。
次の日から、俺はそいつに無視された。
当時の俺は意味が分からなかった。
現在もわからないままだ。
何か悪いことをしてしまったのだろうか。
謝ればいいとか、そういう発想には全く至らなかった。だって、自分には全く悪い点が見つからなかった。
原因はあったんだろう。
あったんだろうが…
なんか…こう…
いいや、言葉がまとまらない。
その出来事で俺は何かを失った。
「自分の居場所が無いわけじゃない」
でも、ただ、単に…
ここではないと漠然と確信している。
「日に日に自分が嫌いになっていった」
自分の一番嫌なところは自分が一番よく知っている。自分は自分を許せなくて、無力感に焦がれて、何かを求めた。
でも、求める勇気もとうになかった。
やがて、人と話したくなくなった。
「黙っていればなんとかなると思うなよ」
もう沢山。沢山言われた言葉。
俺は、黙っていれば「なんとかなる」と思ったことはないし、それは勝手な決めつけだ。
ただ、出す言葉を選んでいるだけだ。
でも、時間は止まってくれなかった。
結局は他人の主観で物事は決まる。
人は皆、生き急いでいるのだ。
沈んでいく自分の感覚。
硬い感触が頭を打った。
寒い。冷たい。
やがて、小学三年生くらいの時に初めて溺れたことを思い出した。
思えば、溺れるのは二回目だ。
最悪なことに、もう二度と溺れることはなくなった訳だが。
町立のプールで習い事をしていた。
そのときに初めての大人用のプールに入った時のことだった。
足が地面につかなくて、口が空気の代わりに水を吸いこんで、口が沈んで、登っての繰り返し。
なんというか、死を感じたことによって発生した焦燥感ってあそこまで冷静な判断をできなくするものなんだなって思う。今がそうだったし。
要は、焦ると周りが見えなくなるってことを理解した。
だから、俺はずっと何かに焦って生きていたんだろうなと思う。
…そうだ。自分は焦っているんだ。
終わりゆく生命の感覚の中で、何かを残したいともがいて、焦っているんだ。
だから意味のないことを考えているんだ。
でも、だから何だ。
でも、結局はただの走馬灯だ。
自分語りが何になるってんだ。
思いつく言葉はどれも曖昧で、バラバラな思考だ。
真に理由などなかった。
なんで俺は今、こんなことを考えているんだろう。
意味を紡いでも、言葉は出ない。
俺は結局この人生を何をしたかったんだろう。
人生に価値を求めてはならない。
そして、何を今言いたいのだろう。
今を直視するのにも疲れてしまった。
次第に、意識は問いと共に海底に消えていった。
最期に浮かんだのは両親、兄弟、友達…いろんな人たちの顔だった。
死にたい理由ばかり目立つけど、生きていたい理由もあったんだ。
涙は落ちず、心は暮れた。
身体の痛みはフッと消え、その拍子に俺の自意識というものは何か温かいものに包まれ、完全に死んだ。
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高所から落ちる夢見たような感覚で俺は飛び起きた。
飛び起きたって言っても感覚だけ。
何も見えないし、何も聞こえない。
ただ、意識を直接殴られたようだった。
「目」を開いた。
俺は、真っ黒な空間目掛けて引き摺り込まれ、チカチカと白い光で視界が染まって、また闇に沈んだ。
何も見えない。
やがて、「箱」の中に押し込まれた。
「箱」は何かはわからない。
でも、俺はもともと「箱」の中にいて、違う「箱」に仕舞われた。
自分を縛り付けるような、そんな不快感は浮かばず、なにか、安らかな気持ちだった。
不思議と嫌ではなかった。
最中に声が聞こえた。
日本語でも英語でもない。
でも、何かを話している。
頭の中がグルグル回るがそれに終わりは見えない。
これは俺の子供じみた妄想なんだろうか。
でも、実際に起きている。
そう思わせる何かが。ある〈そこに〉。
死の先は天国でも、地獄でも、極楽浄土でも、無でもなかった。
「箱の中」という感触がなくなったことに気づいた。
でも、別の壁が生まれた。
音が籠っていて、依然として体という感覚はない。
俺は、また水の中にいる。
でも、俺が死んだ海なんかとは違う。
温い水だ。
何もかもわからない。
俺の身にいったい何が起こっているんだ。
また、話し声が聞こえる。
何を言っているのかがわからない音の羅列。
うるさい。
いい加減、眠らせてほしい。
俺の人生はあそこで終わったんだ。
やっと。あそこで。悔いを消せた。
思考が安らかに消え去り、
俺は疲れた「子」のように、心の「目」を綴じて眠った。
これが一度目の死だった。
無駄が多くてごめんなさい




