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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第九十八話 正義が折れる音は、遅れて響く


魔獣は、まだそこにいた。


地面に張り巡らされた綱の中、

巨体を横たえ、唸り声を上げている。


杭は折れ、土は抉れ、

大地そのものが戦いの痕跡を刻んでいた。


だが――

人は生きている。


見物人だった者たちは、距離を取ったまま、

誰も前に出てこない。


悠一は、膝に手をつき、荒い息を整えていた。


(……限界は近い)


糸の強度は上がっている。

だが、身体は一つ。

張力の反動が、骨と筋に溜まっている。


「……無茶、しすぎだ」


ミロが言った。


声は軽いが、目は笑っていない。


「派手すぎる」


ガルが頷く。


「でも、止まった」


ニィは、周囲を観察しながら言う。


「“次”が来る」


エルドが、即座に続けた。


「そして」


「今度は、逃げ場を用意しない」


悠一は、空を見上げた。


雲が流れている。

風は、戦場の匂いを散らしていく。


(……来る)


それは、確信だった。



最初に来たのは、音。


低く、一定の間隔。

重い。


馬蹄。


「……騎兵」


ニィが言った。


丘の向こうから、旗が見える。


正規軍。

装備は揃い、隊列は美しい。


その前に――

白い布を掲げた者たち。


「……避難誘導?」


ミロが眉をひそめる。


エルドが、淡々と答えた。


「違う」


「“保護”だ」


悠一の胸が、冷えた。


騎兵の前列が止まり、

白布の者たちが前に出る。


「この場は危険です!」


「糸の使い手が暴れています!」


「我々が、安全な場所へ案内します!」


声は、よく通る。

不安を煽り、同時に安心を与える。


人々が、ざわめく。


「……あの人が?」


「さっき、助けてくれたのに……」


「でも、魔獣が……」


噂が、形を変えて牙を剥く。


悠一は、拳を握った。


(……奪うな)


(縛るな)


(選ばせろ)


だが、時間がない。


ラグスは姿を見せない。

だが、これは彼女の手口だ。


直接出ない。

意味だけを投げる。


「……ミロ」


悠一が低く言う。


「三人で、人を守れ」


「俺は……」


「舞台を壊す」


不屈三牙は、即座に動いた。


ミロが前に出る。


「落ち着け!」


「走るな!」


ガルが人の流れを受け止め、

ニィが声を張る。


「白布の言葉を信じるな!」


「出口は、あっちじゃない!」


混乱の中で、三人は三人で一つの“壁”になる。


悠一は、糸を出した。


無色。

細い糸。


まずは――見せる。


糸を空中に張り、

白布の者たちの前に、一本の線を引く。


「……何だ?」


白布の男が足を止める。


悠一は、静かに言った。


「その先は、危険だ」


「案内するなら、別の道を示せ」


男は、一瞬言葉に詰まる。


「我々は、秩序に従って……」


「秩序は、人を守るためにある」


悠一の声は低い。


「なら、説明しろ」


「なぜ、俺を避ける道に誘導する」


周囲の視線が、白布の男に集まる。


騎兵隊の指揮官が、一歩前に出た。


「……話は後だ」


「糸の使い手、武器を捨てろ」


悠一は、首を振った。


「これは、武器じゃない」


「……危険だ」


「危険なのは、判断を奪うことだ」


一瞬の沈黙。


その瞬間――

魔獣が、再び動いた。


唸り声。

巨体が、綱を押し広げる。


(……来る)


悠一は、即座に判断した。


青――引き寄せ。


狙いは、魔獣ではない。

魔獣と、騎兵隊の“距離”。


距離を、半歩縮める。


騎兵の馬が、いななき、足を止める。


「何だ!?」


「馬が……!」


混乱。


その隙に、悠一は無色の糸を走らせた。


糸 → 縄 → 綱。


魔獣の進路を、再び限定する。


縛らない。

ただ、“行ける方向”を減らす。


魔獣が、吠える。


その声に、人々が怯える。


「……やっぱり危険だ!」


「逃げろ!」


白布の男が、叫ぶ。


「こちらへ!」


悠一は、歯を食いしばった。


(……このままじゃ)


判断が、半拍遅れた。


その瞬間。


きゅっ


手首が締まる。


ツムギ。


ミサンガがほどけ、一本の糸になる。


ツムギの糸が、白布の男の足元へ走る。


絡まない。

縛らない。


ただ――滑らせる。


男が転び、白布が地面に落ちる。


「っ!?」


騎兵の視線が、一斉に集まる。


その一瞬。


悠一は、声を張った。


「見ろ!」


「俺は、誰も操らない!」


「縛らない!」


「奪わない!」


「ただ、殺させない!」


その言葉に、

白布の男が呻きながら言う。


「……我々は……」


「命令で……」


「……“危険を遠ざけろ”と……」


騎兵隊の指揮官が、眉をひそめる。


「……命令書を出せ」


白布の男が、震える手で紙を差し出す。


そこには――

曖昧な文言。


“危険因子から市民を遠ざけよ”。


「……糸の使い手、とは書いていない」


指揮官が呟く。


悠一は、その瞬間を逃さなかった。


「なら、判断しろ」


「ここで、誰が危険だ」


「魔獣か」


「それとも、噂か」


沈黙。


魔獣が、再び吠える。


綱が、唸る。


限界が近い。


(……決めろ)


指揮官は、剣を下ろした。


「……騎兵、前に出るな」


「白布は下がれ」


「状況を再確認する」


ざわめき。


白布の男が、叫ぶ。


「そんな……!」


指揮官は、睨みつける。


「命令は“守れ”だ」


「燃やせ、とは書いていない」


その言葉で、流れが変わった。


見物人だった人々が、

一歩、二歩、下がる。


噂が、止まる。


完全ではない。

だが、燃え広がらない。


悠一は、綱を少しずつ解いた。


魔獣は、まだいる。

だが、囲まれている。


逃げ場はない。

暴れる理由もない。


ラグスの声が、どこからともなく響いた。


「……上手ね」


姿は見えない。


「人を殺さず」


「正義も殺さず」


「舞台だけ、壊した」


悠一は、空を見たまま答えた。


「壊してない」


「……?」


「縫い直しただけだ」


ラグスは、短く笑った。


「その言葉」


「いつまで、言えるかしら」


風が吹き、

声は消えた。


騎兵隊は、魔獣の処理に移る。

専門の鎮静具が運ばれる。


人々は、まだ距離を保っている。

だが、怯え一色ではない。


疑問が、芽生えている。


ミロが、息を吐いた。


「……派手だったな」


ガルが笑う。


「殴らずに、ここまでやるとは」


ニィが頷く。


「噂は、割れた」


エルドが、静かに締める。


「だが、完全には解けない」


悠一は、ミサンガを見た。


ツムギは、静かに戻っている。


助けたのは一瞬。

判断が遅れた、その時だけ。


(……これでいい)


派手に戦った。

派手に守った。

派手に意味を折った。


だが――

次は、もっと巧妙になる。


悠一は、歩き出した。


糸を巻きながら。


噂が一度、呼吸を止めた場所で終わる。

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