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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第九十七話 轟く綱、割れる大地、縫い止めない勝利


森の戦いから半日――悠一たちは、休めなかった。


休めば追いつかれる。

止まれば“噂”が先に走る。

そして、噂が先に走った場所では、人はもう選べない。


火事の町で見た目。

あれは偶然じゃない。

ラグスは、結果を見せて心を縫い止める。


「……おい、足跡」


ニィが地面を指した。


湿った土に、馬の蹄。

人の足。

そして、わざとらしいほど整った隊列の跡。


「後ろだけじゃねぇな」


ガルが唸る。


「先回りされてる」


ミロが吐き捨てる。


「道を選ばせる気だ」


エルドが淡々と言う。


「選択肢を増やしているように見せて、減らすやり方だ」


悠一は、手首のミサンガを確認した。


ツムギは静かだ。

助けは一度だけ。

判断が遅れた時だけ。


(……遅れるな)


悠一は歩調を上げた。


丘を越えた先、街道が分かれている。

一本は谷へ。

一本は平原へ。

もう一本は石橋を渡って町へ向かう。


そして、その分岐点に――“舞台”が用意されていた。


木杭。

縄の柵。

見張り台。


さらに、集められた人々。


旅人。

商人。

村人。


五十、いやもっと。


「……人質?」


ミロが低く言う。


「違う」


ニィが即座に否定する。


「“見物”だ」


ガルが歯を食いしばる。


「最悪だ……」


悠一は息を吐いた。


(……選ばせる)


人を集めて、見せつける。

正義の形を決める。


そして――いる。


ラグスが、台の上に立っていた。


黒い外套のまま、風に髪を揺らし、悠一を見る。


「来たわね」


声はよく通る。

見物人の視線が、悠一に集まる。


「あなたが“糸の使い手”」


ざわめき。


「噂の……」


「関わると……」


恐怖。期待。憎悪。

全部が混ざった目。


ラグスが続ける。


「安心して」


「今日は、あなたを殺さない」


「その代わり」


彼女は指を鳴らした。


周囲の林から、兵が出る。

正規兵ではない。

傭兵混じり。

装備は揃っているが、統制は薄い。


その中心に、鎖を引きずる巨体がいた。


鎧を着せられた――魔獣。


獣の皮膚には、焼けたような紋。

目は赤く、唾液が泡を立てる。


「……魔獣を、ここに?」


ニィが息を呑む。


ミロが叫ぶ。


「馬鹿か! 一般人がいるぞ!」


ラグスは微笑む。


「だからよ」


「選ぶの」


「守る?」


「それとも、逃げる?」


見物人たちが、息を止めた。


魔獣が吠えた。


――地が震える。


次の瞬間、鎖が引きちぎられた。


「放て!」


誰かが叫ぶ。


放ったのはラグスじゃない。

周囲の“秩序役”だ。


だが、ラグスは止めない。


魔獣が、突進する。

一直線に――人の群れへ。


「……っ」


悠一の胸が冷えた。


(選ばせる余地がない)


この瞬間、悠一は“選ばせる”側ではいられない。

守るか、死ぬか。


「ミロ! ガル! ニィ!」


悠一が叫ぶ。


「人を下げろ!」


「散らすな! 三人で導け!」


不屈三牙が即座に動く。


ミロが叫ぶ。


「道を作れ!」


ガルが体当たりで人を押し、

ニィが冷静に誘導する。


「右へ。走らないで。転ぶ」


「子どもは抱えろ」


「荷は捨てろ」


混乱が、抑えられていく。


それだけでも異常だった。


(……成長してる)


悠一は同時に糸を出した。


無色。

太さは――綱。


地面を這わせ、魔獣の突進の軌道に“線”を引く。


線は壁になる。


魔獣がぶつかる。


ドン――!


綱がしなる。

腕が裂けそうになる。


(重いっ!)


魔獣は止まらない。

力の桁が違う。


「……押し切る気かよ!」


ガルが叫ぶ。


悠一は歯を食いしばる。


(綱が切れたら終わる)


糸の太さを変える。


綱を、さらに――“太く”。


綱が太くなり、縄のような太さを超えて、

もはや柱に近い質感になる。


それでも、限界が近い。


魔獣が爪を振る。


綱が裂ける寸前。


(青……!)


悠一は青を走らせた。


引き寄せ。


狙いは魔獣そのものではない。

魔獣の“踏み込みの先”。


地面を半歩だけ引く。


踏み込みが空を踏み、

魔獣の体勢が崩れた。


「今だ!」


ミロが叫ぶ。


不屈三牙が一体のまま、魔獣の側面に回り込む。

ガルが巨体にぶつかり、角度を変える。

ニィが足元の癖を見抜く。


「左脚、沈む。そこだ」


ミロが石を蹴り、

魔獣の左脚の下に滑らせる。


転倒まではいかない。

だが、踏み込みが遅れる。


悠一は、その遅れに合わせて綱を走らせた。


無色。

綱が魔獣の脚の周囲を“囲む”。


縛るのではない。

進む方向だけを奪う。


魔獣が吠え、暴れる。


綱が唸る。


見物人が叫ぶ。


「すげぇ……!」


「止めた!」


「糸で、魔獣を!」


ラグスの目が細まる。


「……やるわね」


彼女は台から降り、ゆっくり歩く。

危険がないと分かっている歩き方だ。


「でも、それで終わり?」


「魔獣は止まった」


「けれど」


ラグスは指を鳴らした。


周囲の兵が、一斉に槍を構えた。


狙いは魔獣ではない。


――悠一。


「排除しろ」


ラグスの声は静かだった。


「今なら正義になる」


「魔獣を止めた“危険な糸使い”を排除する」


「英雄は、死ぬと神話になる」


「神話は、秩序に都合がいい」


悠一の背筋が凍る。


(……最悪だ)


救った瞬間に、殺される。

それが“正しさ”として成立する舞台。


矢が放たれる。


槍が突進する。


悠一は綱を張る。

だが魔獣を抑えた綱は、まだ使っている。


(両立できない)


判断が、遅れる。


その瞬間――


きゅっ


ツムギが締まった。


ミサンガがほどけ、一本の糸になる。


ツムギの糸が、悠一の背に回り、

綱の一部を“肩代わり”する。


魔獣を抑える綱が、ほんの一瞬だけ軽くなる。


(……今だけ)


悠一は、その一瞬を逃さない。


綱を、魔獣から“離す”のではなく、

地面に固定する。


綱の端を杭のように打ち込み、

魔獣を“そこに居させる”。


そして、自分の周囲に――新しい綱を張る。


無色。

綱の壁。


矢が当たり、弾け、落ちる。


槍がぶつかり、止まる。


だが数が多い。


「押せ!」


「正義だ!」


叫びが混ざる。


見物人の一部が、同調する。


「そうだ!」


「危険なんだろ!」


「今のうちだ!」


(……噂が燃えてる)


悠一は歯を食いしばる。


(ここで赤を乱用したら、ラグスの言う通り“神話”になる)


(だが、使わないと押し切られる)


赤は一度だけ。

必要な場所に。


悠一は、槍兵の最前列の男を見た。

目が曇っている。

恐怖を正義で塗っている目。


赤――縁を結ぶ。


男の“突き”と、“仲間を傷つける未来”を結ぶ。


男の突きが半拍遅れ、

槍の穂先が隣の盾に当たり、弾かれる。


列が乱れる。


その乱れに、青。


引き寄せ。


列の“間”を縮める。


盾同士がぶつかり、

槍が絡まり、

前に進めなくなる。


「何だ!?」


「動けねぇ!」


不屈三牙が、そこへ踏み込む。


ガルが盾を押し、

ミロが足元を払う。

ニィが次の動きを読む。


「右から来る。二人。避けて」


連携が冴える。


見物人が息を呑む。


「……あいつら、三人なのに一体みたいだ」


「糸だけじゃない……」


ラグスの表情が一瞬だけ険しくなる。


(彼女は……これを嫌がる)


悠一が誰かを“支配”して勝つなら、ラグスの秩序は勝てる。

だが、悠一が“他者の意思”を残したまま協力を生むと――

秩序は揺らぐ。


悠一は叫んだ。


「俺は、奪わない!」


「縛らない!」


「だが、殺させない!」


声が盆地に響く。


見物人の中に、迷いが生まれる。


その迷いを、ラグスが見逃すはずがない。


彼女は静かに言った。


「……では、次」


ラグスが手を上げる。


魔獣が、再び吠えた。


固定していた杭が、きしむ。


「まさか……まだ動くのか」


ニィが呟く。


ラグスは微笑む。


「魔獣は“秩序”を知らない」


「だから便利なの」


杭が折れた。


魔獣が、解放される。


今度の突進は――

悠一ではない。


見物人の群れへ。


「……っ!」


悠一の胸が裂ける。


(守れ、全部)


だが、全部は無理だ。


(選べ)


ラグスの声が、頭の奥で響く。


悠一は歯を食いしばる。


(……選ばない)


選ばないために、戦場を変える。


悠一は糸を解放した。


無色の綱を、地面に蜘蛛の巣のように張り巡らせる。


進路を全部奪う。

だが縛らない。

ただ、踏めない道を増やす。


魔獣の足が絡む。


転ぶ。


巨体が大地を叩き、土煙が舞う。


その瞬間、青。


魔獣の“頭”を引き寄せる。


頭だけではない。

進行方向を、ほんの少し――逸らす。


結果、魔獣の突進は空振りし、

見物人の直前で止まる。


轟音。


悲鳴が上がる。


だが、死者は出ない。


悠一の腕が、痺れる。


視界が揺れる。


(……限界)


糸の強度は上がっている。

だが、身体は人間だ。


その時、エルドが淡々と呟いた。


「終わらせろ」


「……何を」


「舞台を」


悠一は、理解した。


ここで終わらせるべきは、兵でも魔獣でもない。

“見物”という構造だ。


悠一は綱を引いた。


綱が地面を這い、

見物人と戦場の間に、一本の境界線を作る。


そして、糸の太さを落とす。


糸に戻す。


細い糸を、空中に張る。


見物人の前に、透明な“線”。


「ここから先に来るな」


悠一は静かに言った。


「来れば、巻き込まれる」


「俺は守るが、保証はしない」


人々が息を止める。


“選ばせる”言葉だ。


だが、今なら届く。


魔獣の眼前で、

自分の命を見た直後だから。


人々が、一歩下がった。


二歩。

三歩。


見物は、崩れた。


舞台が崩れた。


ラグスの目が細くなる。


「……やるわね」


「でも」


「あなたは、疲れる」


悠一は息を切らしながら答えた。


「疲れていい」


「世界を縫い止めるより、ましだ」


ラグスは、微笑んだまま踵を返す。


「次は、もっと上手に燃やす」


「あなたが、火元になるように」


彼女が去る。


兵が引く。


魔獣は、綱の中で唸りながら動けないまま残される。


残された人々は、悠一を見ている。


恐怖と感謝と、迷い。


悠一は、糸を巻き取った。


手首には、ツムギが戻っている。


助けたのは一瞬。

判断が遅れた、致命寸前だけ。


(……これでいい)


ミロが息を吐く。


「派手だったな……」


ガルが笑う。


「腕、まだいけるか?」


ニィが淡々と告げる。


「ここからが本番」


エルドが、いつもの調子で言った。


「噂は、今日で形を変える」


悠一は空を見上げた。


派手に戦った。

派手に守った。

派手に舞台を崩した。


だが――


ラグスはまだ笑っている。


綱の唸りと、崩れた見物の沈黙とともに終わる。


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