第九十六話 炎の後始末に、剣が来る
町を出るとき、誰も引き止めなかった。
それが、何よりも重かった。
感謝もあった。
罵声もあった。
だが最後に残ったのは――距離だった。
「……行くぞ」
悠一がそう言うと、三人は黙って頷いた。
不屈三牙は、もう軽口を叩かなかった。
ガルの腕はまだ痛む。
ミロは無言で歩く。
ニィは、ずっと後方を警戒している。
エルドだけが、いつも通りだった。
「火は連鎖する」
「消えたと思った時が、一番危ない」
悠一は、手首のミサンガを確かめる。
ツムギは、静かだ。
だが、沈黙は拒絶じゃない。
(……来る)
それは、確信だった。
そして――
来た。
⸻
最初の異変は、音だった。
剣が鞘から抜ける、金属音。
複数。
近い。
「伏せろ!」
ニィの声と同時に、矢が飛んだ。
木の幹に突き刺さる。
石に弾かれる。
一射、二射ではない。
森の中から、統率された動き。
「正規兵だ!」
ミロが叫ぶ。
盾が前に出る。
槍が構えられる。
魔術師が後方に控える。
だが――
それだけじゃない。
左右の林から、別の影。
「挟撃……!」
ガルが歯を食いしばる。
悠一は、一瞬で判断した。
(ここは……殺しに来てる)
拘束じゃない。
排除。
ラグスは、もう一段階進めてきた。
「散らない!」
悠一が叫ぶ。
「三人は固まれ!」
不屈三牙は即座に動いた。
三人で一つ。
その中心に、悠一が入る。
糸を出す。
無色。
綱。
地面を這わせ、即席の防壁を作る。
盾兵の突進。
「押せ!」
圧が来る。
綱がしなる。
木が軋む。
(……耐えろ)
悠一は、青を走らせた。
青――引き寄せ。
狙いは、盾の“踏み込み”。
半歩前に引く。
踏み込みすぎた盾兵が、重心を崩す。
「今だ!」
ガルが突っ込み、盾の縁に肩をぶつける。
倒さない。
だが、列を乱す。
ミロが続く。
「崩れたぞ!」
ニィが即座に指示する。
「左、弓!」
悠一は糸を跳ね上げる。
綱が空中で円を描き、矢を弾く。
だが――
魔術師が動いた。
「――束縛陣!」
地面に光が走る。
(……まずい)
青で逸らそうとするが、
今回は範囲が広い。
判断が、半拍遅れた。
その瞬間。
きゅっ
手首が締まる。
ツムギ。
ミサンガがほどけ、糸となり、
悠一の足元を“持ち上げる”。
拘束陣が、足元を空振る。
「……っ!」
悠一は着地と同時に動いた。
(助けられた……)
だが、それ以上の猶予はない。
「後ろ!」
ニィの叫び。
背後から、別隊。
黒装束。
(……民兵じゃない)
殺気が、違う。
「傭兵だ!」
ミロが叫ぶ。
「本気だぞ、こいつら!」
悠一の中で、何かが冷えた。
(……切るしかない)
殺す、ではない。
戦線を、切断する。
悠一は、糸を地面に走らせた。
無色。
太さを変える。
縄 → 綱。
森の中、
敵と敵の間に、一直線。
「進むな!」
誰かが叫ぶ。
だが遅い。
踏み込んだ瞬間、
足が取られる。
転倒。
重なる。
その瞬間、青。
引き寄せ。
転んだ者同士を、半歩だけ近づける。
絡まる。
起き上がれない。
「……動けねぇ!」
それでも、傭兵は違った。
「無理に行くな!」
「斬れ!」
刃が、綱に叩きつけられる。
火花。
(……強度が、試される)
悠一は歯を食いしばる。
(縁……まだ足りない)
その時。
ガルが、前に出た。
「俺が行く!」
「ガル!」
ミロの声を無視し、
ガルは盾役の兵へ突っ込む。
拳が、振るわれた。
初めての、明確な攻撃。
盾が凹む。
兵が吹き飛ぶ。
「……っ」
ガルが息を吐く。
「俺だって……」
「殴れる」
悠一は、その背中を見た。
(……縁が、増える)
関わった。
守ろうとした。
踏み出した。
糸が、確かに太くなる感覚。
その瞬間――
森の奥から、声。
「……そこまで」
空気が、凍る。
黒装束の動きが止まる。
正規兵も、剣を下げる。
木々の間から、女が現れた。
ラグス。
血も汚れもない。
戦場に似合わないほど、静か。
「十分でしょう」
彼女は悠一を見た。
「あなたが逃げないことは、分かった」
「仲間を切らないことも」
「…
ここで、殺し合う気はない」
悠一は、糸を解かない。
「……なら、何しに来た」
ラグスは微笑んだ。
「確認よ」
「あなたが、“折れるかどうか”」
「結果は……」
一瞬、目が細まる。
「まだ、ね」
彼女は踵を返す。
「次は」
「もっと、選ばせる」
「誰を守って、誰を諦めるか」
森が、静まり返る。
敵は、引いた。
だが――
地面には、倒れた兵。
傷ついた者。
怯える者。
ガルが、膝をついた。
「……チッ」
ミロが支える。
「無茶すんな」
ニィが、静かに言う。
「今のは……」
「完全に、試された」
エルドが、悠一の横に立った。
「値踏みだ」
「安くは、ない」
悠一は、深く息を吐いた。
手首を見る。
ツムギは、静かに戻っている。
助けたのは、一度。
致命寸前。
(……それでいい)
悠一は、糸を巻き直した。
無色。
だが、確実に重い。
「……行こう」
「止まるな」
「ここで止まったら」
悠一は、前を見る。
「全部、無駄になる」
炎の後始末に、剣が来た。
だが、剣を折る覚悟は――
もう、できている。
血と火薬の匂いを残し、
次の選択へと続く。




