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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第九十四話 正しさが、牙を折られる音


谷を抜けた先は、ひらけた盆地だった。


低い丘が連なり、中央に古い石橋が一本。

街道はそこを通るしかない。

つまり――塞げば、逃げ場はない。


「……地形が最悪だな」


ミロが低く言う。


「挟撃に、包囲、何でもござれだ」


ガルが血の滲んだ腕を押さえながら笑う。


「向こうも、分かってて選んでる」


ニィはすでに目を走らせていた。


「来る」


「数、前より多い」


エルドが、淡々と告げる。


「噂が、熟した」


悠一は、石橋の中央で足を止めた。


背後は谷。

前方は盆地。

左右に逃げ場はない。


空を裂く音。


――角笛。


一つ、二つ、三つ。


同時に、丘の向こうから人影が溢れ出した。


盾。

槍。

弓。

魔術師。


それだけじゃない。


農具を持った者。

革鎧すら着ていない民兵。

怯えと憎悪が混ざった目。


「……町の連合だ」


ミロが吐き捨てる。


「正規と、素人の混成」


「最悪だな」


ガルが歯を食いしばる。


「噂を信じた連中だ」


ニィが冷静に言う。


「秩序が“正義”として配られた」


悠一は、ゆっくり息を吐いた。


(……選ばせる余地は)


ない。


向こうはもう、“危険な存在を排除する”という結論を選んでいる。


中央に、見覚えのある女が立っていた。


ラグス。


黒い外套。

冷たい目。


悠一を見て、わずかに口角を上げる。


「――派手になったわね」


声は、風に乗ってはっきり届いた。


「あなたが望んだ結果よ」


「選ばせた」


「だから、彼らは“正義”を選んだ」


悠一は答えない。


答えれば、言葉の戦いになる。

今は――戦場だ。


ラグスが手を上げる。


「排除」


その一言で、全てが動いた。



矢が降る。


雨のように。


悠一は、糸を走らせた。


無色。

綱。


綱が空中で円を描き、即席の天幕になる。

矢が当たり、弾かれ、折れ、落ちる。


「……っ!」


綱が悲鳴を上げる。

張力が骨に食い込む。


(重い……)


だが、耐える。


同時に、青。


青――引き寄せ。


狙いは、矢ではない。

射手の“踏み込み”。


半歩、前へ。


射手たちの足が揃わず、矢の角度が乱れる。


「当たらねぇ!?」


「何だ、これ!」


その瞬間、ガルが突っ込んだ。


「今だぁっ!」


拳は振らない。

肩と体重で、民兵を弾き飛ばす。


ミロが続く。


「素人は下がれ!」


声が、盆地に響く。


ニィは、悠一の横で淡々と告げる。


「魔術師、右丘」


悠一は糸を走らせる。


無色。

太さは縄。


地面を這わせ、丘の斜面に張る。


魔術師が詠唱を始めた瞬間、

足元の縄がずれる。


「っ!?」


詠唱が途切れ、魔力が暴発しかける。


(……危ない)


悠一は即座に青を重ねる。


魔力の“流れ”を、半歩だけ引き寄せる。


暴発は、空へ逃げた。


光が弾け、丘の上がざわめく。


「魔術が効かない!?」


「糸だ、糸を狙え!」


ラグスが叫ぶ。


「怯まないで!」


「彼は、縛らない!」


「だから、数で押せる!」


正論だった。


悠一は縛らない。

殺さない。

だから、数は有効だ。


盾兵が前に出る。

民兵が後ろから押す。


「押せ!」


圧が来る。


綱が、しなる。

悲鳴を上げる。


(……まずい)


(このままじゃ、押し切られる)


ツムギが、締まらない。


(……まだ、俺だ)


悠一は、決断した。


赤を使う。


だが、一人だけ。


ラグスではない。


民兵の中心にいる、若い男。


恐怖で目を血走らせ、

農具を握りしめ、

前に押し出されている。


赤――縁を結ぶ。


男の“次の一歩”と、

“後悔する未来”を結ぶ。


赤い糸が、一瞬だけ見える。


男の足が止まった。


「……っ」


農具が、落ちる。


「俺……」


「俺、何やって……」


その瞬間、後ろの民兵がぶつかる。


「何止まってんだ!」


男が転び、列が乱れた。


秩序の“数”が、一瞬だけ崩れる。


(今だ)


悠一は、糸を縄から綱へ。


二重、三重。


地面と空間を縫い、

“通れない帯”を作る。


盾がぶつかる。

だが、抜けない。


「突破できない!?」


「押せ、押せぇっ!」


その瞬間――


ラグスが動いた。


地面に手をつき、魔法陣を展開する。


「――“統制”」


空気が、変わる。


民兵たちの動きが揃う。

恐怖が、命令に変わる。


「……っ」


悠一は歯を食いしばる。


(……これが、彼女の能力)


直接操らない。

だが、“正しさ”を揃える。


数が、再び牙を剥く。


「悠一!」


ミロの声。


左だ。


槍兵が、側面から回り込んでいる。


(間に合わ――)


その瞬間。


きゅっ


手首が締まった。


ツムギ。


ミサンガがほどけ、一本の糸になる。


糸は空中で弧を描き、

槍兵の突きと悠一の胸の間に“膜”を作る。


槍が突き刺さる。


だが、止まる。


「な……」


悠一は即座に動いた。


綱を走らせ、槍兵の足元を払う。


転倒。


殺さない。

だが、戦闘不能。


(……助けられた)


判断が、半拍遅れた。


ツムギは、それだけを補った。


ラグスが、静かに言う。


「いい連携ね」


「でも」


「長くはもたない」


悠一は、彼女を見据えた。


「……縫い止める気はない」


「ええ」


ラグスは微笑む。


「だから、折る」


「“正しさ”を」


彼女が、両手を上げる。


盆地全体に、魔力が走る。


「――秩序の名のもとに!」


民兵たちが、一斉に踏み出す。


その光景を見て、

悠一は――決めた。


戦場を、ほどく。


糸を、全て解放する。


無色。

青。

赤。


同時。


綱を地面に張り巡らせ、

青で地形を引き寄せ、

赤で“攻撃する未来”を重くする。


誰も縛らない。

誰も操らない。


ただ――


進めない。


盆地全体が、

“前に進むと転び、

攻撃しようとすると遅れ、

踏み込むほど混乱する”

場所に変わった。


「何だ……」


「足が……」


「動けない……!」


ラグスの目が、初めて細まる。


「……ここまで、やるのね」


悠一は、息を切らしながら答えた。


「奪わない」


「縛らない」


「でも」


「戦わせない」


沈黙。


そして――


一人、また一人と、武器が落ちる。


恐怖ではない。

混乱でもない。


戦えないと理解した結果だ。


ラグスは、ゆっくりと手を下ろした。


「……今日は、ここまで」


「覚えておきなさい」


「正しさを折った代償は、必ず返ってくる」


悠一は、赤を解いた。


糸が、無色に戻る。


「その時も」


悠一は言う。


「ほどく」


ラグスは、踵を返した。


秩序は、引いた。


盆地に残ったのは、

倒れた兵と、座り込む民兵と、

静まり返った空気。


ミロが、息を吐く。


「……勝ったな」


ガルが笑う。


「派手だった」


ニィが、冷静に言う。


「噂は、もっと派手になる」


エルドが、淡々と締めた。


「だが」


「“見た者”が多すぎた」


悠一は、手首を見る。


ツムギは、静かに巻かれている。


助けたのは、一瞬。

判断が遅れた時だけ。


(……これでいい)


派手な戦闘は、確かに起きた。

だが、誰も殺さず、誰も縛らず、

正しさの牙だけを折った。


問題は――

ここからだ。


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