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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第九十二話 正しさは、噂になる


撤退の背中というものは、勝利を実感させるにはあまりに静かだった。


盾が下がり、槍の穂先が地面を離れ、矢筒が背に戻る。

秩序維持隊は隊列を保ったまま、音を立てずに引いていく。


怒号もなければ、罵声もない。

敗北を認める声もない。


ただ、何も言わずに去る。


「……嫌な引き方だな」


ミロが呟いた。


「負けた顔してねぇ」


ガルも同意する。


「殴られてもいねぇし、謝ってもいねぇ」


「記録だけ持って帰るタイプだ」


ニィが静かに補足した。


「“事件”として整理される」


「善悪は、後で決められる」


悠一は、その言葉を噛みしめる。


(……そうだ)


戦闘には勝った。

拘束もされなかった。

村人も守れた。


だが――

物語は、向こうが握ったままだ。


エルドが、いつもの調子で言う。


「噂は速い」


「物流よりも」


「人の恐怖よりも」


悠一は息を吐いた。


「……来るな」


「来る」


エルドは即答した。


「しかも、形を変えて」



■噂は、静かに始まる


三人と一人――正確には三人と一人と一本の糸は、街道を離れ、小さな集落に立ち寄った。


昨日まで通れた道は、今日は使えない。

代わりに人の少ない山側の道を選ぶ。


そこで、すでに兆候は出ていた。


「……あの」


年配の男が、距離を保ったまま声をかけてくる。


「糸を使う人、ですよね」


悠一は、頷いた。


「……はい」


男は、安堵と警戒が混ざった表情で言う。


「危険だと、聞きました」


「判断を狂わせるとか……」


「近づいた人間が、変わるとか……」


ミロが思わず前に出る。


「変わるってなんだよ」


「別に洗脳とかしてねぇだろ!」


男は慌てて首を振る。


「い、いえ! そういう意味じゃ……」


「ただ……噂で……」


噂。


誰が流したのかは、考えるまでもない。


「“糸の使い手に関わると、自分で選べなくなる”」


ニィが低く言った。


「巧妙だ」


「事実を反転させている」


悠一は、胸の奥がひりつくのを感じた。


(……選ばせてきた)


(だから、責任が生まれた)


(それを……恐怖に変えられてる)


男は、遠慮がちに続けた。


「……でも」


「助けられた人も、いるって」


「村の外れで、矢を逸らしたって……」


悠一は顔を上げた。


「……見てた人が?」


「はい」


男は頷く。


「だから……危険かどうか、分からない」


「分からないものは……」


言葉は続かなかった。


だが、十分だった。


“分からない”は、“近づかない”になる。


それが秩序の作り方だ。


悠一は、深く頭を下げた。


「無理に、関わらなくていい」


「選んでください」


男は戸惑いながらも、頭を下げ返した。


「……ありがとうございます」


距離は、縮まらなかった。



■不屈三牙の違和感


集落を離れた後、ミロが足を止めた。


「……なぁ」


「さっきの、どう思う」


ガルが腕を組む。


「嫌な感じだ」


「俺ら、別に悪党扱いされるのは慣れてるが」


「“分からないから避ける”は……」


ニィが続ける。


「攻撃できない」


「否定すれば、“やっぱり危険”になる」


「肯定しても、“近づかない”」


ミロが苦く笑う。


「詰んでるな」


悠一は、拳を握った。


(……ラグス)


彼女は姿を見せていない。

だが、これは彼女のやり方だ。


直接潰さない。

理解不能な存在にする。


理解されなければ、排除は正当化される。


エルドが、ぽつりと言った。


「ここからは」


「剣でも、糸でもない」


「言葉と時間の戦いだ」



■ツムギの沈黙


夜。


焚き火の前で、悠一は手首を見つめていた。


ツムギは、ミサンガのまま、静かだ。

昼の間も、ほとんど動かなかった。


(……何も、感じてないわけじゃないよな)


悠一は、そっと指で撫でる。


(助ける条件は、判断が遅れた時だけ)


(……今日は、遅れてない)


(だから、動かない)


その沈黙が、少しだけ重かった。


だが――


それが、信頼なのだと分かっている。


助けられないからこそ、委ねられている。


(……一緒に紡ぐ)


その意味が、少しずつ変わってきている。



■動き出す「別の正義」


同じ夜。


別の場所。


書類が、机に積まれていた。


「……報告は以上です」


部下が一礼する。


椅子に座る女は、書類を閉じ、静かに言った。


「矢を逸らした」


「拘束を拒否した」


「しかし、殺していない」


「……厄介ね」


ラグスは、微笑んだ。


「暴力的じゃない」


「だから、排除しづらい」


「けれど」


彼女は、指で机を叩く。


「“正しさ”は、広がるほど脆い」


「噂を流せばいい」


「関わると、面倒になる存在にする」


部下が、躊躇いながら言う。


「……それでも、支持する者は」


「いるでしょう」


ラグスは頷いた。


「ええ」


「だから、次の段階に進む」


「“選んだ結果、困る人”を作るの」


部下の目が見開かれる。


「……犠牲を?」


「いいえ」


ラグスは首を振る。


「“選択の責任”を、重くするだけ」


「人はね」


「正しい選択ほど、怖くなるのよ」


書類の一枚を、指で弾く。


そこには、地名が書かれていた。


「次は、ここ」


「糸の使い手が、“選ばせた結果”を見せてあげる」


ラグスは、静かに立ち上がった。


「彼が、どこまで縫い直せるか」


「見ものね」



■そして、歪みは広がる


焚き火が、爆ぜる。


悠一は空を見上げた。


星は、変わらない。


だが、地上の糸は、確実に絡まり始めている。


「……派手な戦いじゃ、終わらないな」


ミロが呟く。


「でもよ」


ガルが笑う。


「逃げる気も、ねぇだろ?」


ニィが頷く。


「選ばせるなら」


「最後まで、付き合うしかない」


エルドが、背中を向けたまま言う。


「商売が、面倒になってきた」


悠一は、苦笑した。


「……ごめん」


エルドは肩をすくめる。


「謝るな」


「選んだ結果だ」


悠一は、ミサンガに目を落とす。


ツムギは、静かだ。


だが、その沈黙は、拒絶ではない。


次に来る歪みを、待っている。


派手な戦闘は、終わった。

だが、もっと厄介な戦いが始まった。


それは――

正しさそのものを、ほどく戦い。


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