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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第八十四話 結ばれたものは、残る


谷を抜けた後、風向きが変わった。


空気が軽くなったわけではない。

むしろ逆だ。

胸の奥に、薄く膜を張られたような違和感が残っている。


悠一は歩きながら、何度も指先を見た。

糸は出していない。

色も、太さも変わらない。


――それでも。


(……残ってる)


赤を使った。

ほんの一瞬。

相手の足と地面を“結んだ”だけ。


だが、その感触が消えない。


「……どうした」


ミロが、振り返って声をかける。


「顔、良くねぇぞ」


「……少し、引っかかってる」


ガルが首を傾げる。


「怪我か?」


「違う」


ニィが、即座に理解したように言う。


「赤の余韻だな」


悠一は、短く息を吐いた。


「使うつもりは、なかった」


「だが、使った」


ニィは冷静に続ける。


「使った以上、縁は残る」


「完全ではないにせよ」


エルドが、少し後ろから言った。


「縫い目は、ほどけにくい」


「……脅し文句か?」


「事実だ」


悠一は、歩みを止めた。


(……代償か)


戦闘に勝ったわけではない。

ラグスを退けたわけでもない。


それでも――

一線を越えた。



次の集落は、小さかった。


街道沿いに点在する、交易の中継点。

普段なら、旅人が一息つく程度の場所だ。


だが、今日は違った。


門番が、悠一たちを見るなり、視線を走らせる。


「……止まれ」


声が、硬い。


「用件は」


「宿を借りたい」


ミロが答える。


門番は、しばらく迷い――

やがて、首を横に振った。


「今日は、満室だ」


「……全員?」


「全員だ」


ガルが眉を吊り上げる。


「こんな時間にか?」


「そういう日もある」


嘘だ。

空気が、そう言っている。


悠一は、一歩前に出た。


「理由を聞いても?」


門番は、一瞬だけ目を伏せた。


「……指示だ」


その言葉で、全てが繋がった。


(……早い)


谷での出来事は、まだ半日も経っていない。

それなのに、もう“指示”が回っている。


「誰の」


悠一が問う。


門番は、答えない。


代わりに、別の声が後ろから飛んだ。


「――ここは、通せない」


振り返ると、見慣れた顔。

街道の関所で会った、あの男だ。


「また、あんたか」


ガルが低く唸る。


男は、悠一を見る。


「判断が下った」


「どんな」


「“接触を避ける”」


「……誰と」


「お前だ」


悠一は、静かに言った。


「俺は、何もしていない」


男は、即答する。


「それが、問題だ」


「……何?」


「何もせずに、結果を変えた」


「それは、“縫った”ということだ」


悠一の胸が、少しだけ重くなる。


(……見られている)


ラグス本人はいない。

だが、彼女の言葉が、他人の口から出ている。


「人の行動を、少しだけ変えた」


男は続ける。


「半歩、ずらした」


「それで、戦況が変わった」


「なら、それは“力”だ」


「危険だ」


ミロが、声を荒げる。


「だからって、締め出しかよ!」


男は、表情を変えない。


「秩序のためだ」


その言葉に、悠一は小さく笑った。


「……ラグスの言葉だな」


男の目が、揺れた。


「……何?」


「本人はいない」


「だが、同じ言葉を使っている」


「つまり」


悠一は、はっきりと言う。


「もう、縫われている」


男は、何も言い返せなかった。



結局、その集落には入れなかった。


少し離れた丘で、野営をすることになる。


焚き火の火は、小さい。

だが、沈黙は重い。


ガルが、地面を蹴った。


「……腹立つな」


「締め出されるのは、初めてじゃねぇが」


「理由が、気に入らねぇ」


ミロが、腕を組む。


「戦ってねぇのに、負けた気分だ」


ニィが、淡々と言う。


「負けではない」


「だが」


「影響は、出た」


悠一は、焚き火を見つめた。


「……赤は、縁を結ぶ」


「一瞬でも」


「使えば、“関係”が生まれる」


エルドが、低く言う。


「売れたな」


「……何が」


「影響力だ」


「欲しくなかった」


「だが」


エルドは続ける。


「相手は、それを“使う”」


悠一は、ゆっくり頷いた。


ラグスは、直接命令していない。

だが、正しい未来という名目で、判断を配っている。


人々は、それに従う。

自分で考えたつもりで。


(……厄介だ)


悠一は、糸を指に巻く。


無色。

太さは、糸のまま。


(青で引けば、こじ開けられる)


(赤で結べば、従わせられる)


(だが――)


それをやれば、

ラグスの言う「危険な存在」になる。


「……まだ、引き返せるか?」


ミロが、ぽつりと言った。


悠一は、首を横に振った。


「引き返したら」


「それは、“決められた”ことになる」


ニィが、静かに言う。


「つまり」


「進むしかない」


焚き火が、ぱちりと音を立てた。


悠一は、空を見上げる。


星は、変わらずそこにある。


だが、道は変わった。


赤を使った代償は、

傷でも、疲労でもない。


世界からの距離だ。


ラグスは、まだ姿を見せない。

だが、彼女の秩序は、すでに悠一の旅路を縫い始めている。


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