第八十話 評価は、餌になる
町を出る準備は、静かに進んでいた。
昨日までのざわめきが嘘のように、朝の空気は落ち着いている。
だが、悠一は分かっていた。
(……静かすぎる)
判断が終わった町は、こうなる。
問題は、判断を“聞いた者”がどう動くかだ。
糸は出していない。
だが、張りは薄く、遠くまで伸びている。
「出立か」
エルドが、荷を担ぎながら言った。
「予定通り」
悠一は頷く。
ミロが首を回す。
「町、静かすぎねぇか」
ガルが鼻を鳴らす。
「嵐の前だな」
ニィが即座に言う。
「観測された後の空白だ」
その言葉通り、
来た。
門の方から、拍手の音。
「いやあ、噂通りだ」
軽い声。
場違いなほど、軽い。
振り向くと、二人組の男が立っていた。
装備は整っているが、統一感はない。
だが、目が合った瞬間に分かる。
(……交渉屋だ)
「失礼」
先に話した男が、一礼する。
「旅の途中でな」
「噂を聞いた」
「糸の使い手が、この町にいると」
悠一は、答えない。
エルドが、低く言う。
「名乗らない客は、信用できない」
男は笑った。
「名は、売り物じゃない」
「だが」
「情報は、金になる」
ガルが一歩前に出る。
「回りくどい」
ニィが抑える。
「……続けろ」
男は、懐から紙を取り出した。
「仕事だ」
「簡単だよ」
「君は、ここに“滞在”する」
「俺たちは、それを売る」
ミロが、思わず声を上げる。
「は?」
男は続ける。
「国が動いた」
「町が選んだ」
「つまり」
「君は“話題”だ」
「話題は、金になる」
悠一は、ゆっくり息を吐いた。
「断る」
即答。
男は、肩をすくめた。
「そう急ぐな」
「条件は良い」
「安全」
「金」
「情報」
「……管理も、俺たちが引き受ける」
その瞬間、
糸の張りが、一段、強くなる。
「管理?」
悠一の声が低くなる。
「君が矢面に立たなくて済む」
「噂は、俺たちが処理する」
「君は、使われない」
「違う」
悠一は、言葉を切った。
「使う側だ」
男の笑みが、わずかに歪む。
「……賢いな」
「だが、分かっているか」
「評価は、もう始まっている」
「止められない」
悠一は、糸を地面に落とした。
張らない。
結ばない。
ただ、置く。
「止める気はない」
「売るな」
男は、眉を上げた。
「……何を」
「俺を」
一瞬、沈黙。
もう一人の男が、初めて口を開く。
「強気だな」
「だが、単独だ」
「町を出れば、守るものはない」
ミロが、歯を食いしばる。
「俺たちがいる」
ガルが頷く。
「三人でな」
ニィが静かに言う。
「そして、彼は判断を間違えない」
エルドが、淡々と付け足す。
「商売が下手だ」
「……何?」
「扱いにくすぎる」
男は、ため息をついた。
「……分かった」
「今回は、引く」
「だが、忠告はする」
「“売らない”姿勢は、珍しい」
「珍しいものは、狙われる」
悠一は、迷わず答えた。
「慣れてる」
男たちは、踵を返す。
去り際、軽い声が残る。
「次は、もっと上手い奴が来るぞ」
門の外に消える。
空気が、戻る。
ミロが、息を吐く。
「……利用されかけたな」
ガルが肩を回す。
「国より、こういうのが厄介だ」
ニィが頷く。
「目的が、純粋に金だ」
エルドが、悠一を見る。
「売らなかったな」
「……売れない」
「価値が高すぎるか」
「違う」
悠一は、糸を指に巻く。
「値段が付く時点で、負けだ」
エルドは、ほんの一瞬だけ口角を上げた。
「いい判断だ」
悠一は、門の外を見る。
町は、もう背後だ。
評価は、餌になった。
そして――
餌を嗅ぎつける者は、必ず増える。
糸は切れない。
赤も、青も、使っていない。
だが、張りは確実に――
次の衝突を告げている。




