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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第七十七話 歪みは、選択の影に立つ


朝の町は、昨日よりも明るかった。


露店の布は張られ、パンの焼ける匂いが通りを満たす。

人の足取りも軽い。

昨日の緊張が、嘘のようにほどけている。


――だからこそ、違和感が際立った。


悠一は宿の窓から通りを見下ろし、ゆっくり息を吐いた。


(……早すぎる)


決断の翌日に訪れる安堵は、こんなに軽くない。

本来なら、疑いが残る。

噂は完全に消えない。

なのに、この町は――晴れすぎている。


糸は出していない。

だが、張りはある。


薄く、細く、しかし広い。


「……表が明るい分、裏が動く」


背後で、ニィの声。


ミロが腕を組む。


「決めた後の町ってのは、だいたいこうだ」


ガルが鼻を鳴らす。


「決めたから安心して、油断する」


悠一は頷いた。


「油断した場所から、歪みは出る」


階段を降り、一階の酒場へ。

店主は昨日より饒舌だ。


「いやあ、良い判断でしたよ」


「客足も戻ってきました」


「噂も落ち着いて……」


「“落ち着いた”?」


悠一が聞き返す。


店主は、少し言葉に詰まる。


「……ええ、まあ」


エルドが、カウンターに銅貨を置いた。


「落ち着いた噂は、裏で動く」


店主が、ぎくりと肩を揺らす。


「……何か、聞いているか」


悠一が問いかける。


店主は周囲を見回し、声を落とした。


「……表では、何も」


「だが」


「倉庫の方で、人が減った」


「減った?」


「急に、姿を見なくなった」


悠一の胸が、少しだけ締まる。


「消えた?」


「……消えた、というより」


店主は唇を噛んだ。


「“移された”ような」


その言葉に、エルドが目を細める。


「誰が」


「分からない」


「ただ、夜に人が集められて」


「朝には、いない」


不屈三牙が、同時に動いた。


ミロ「……強制か」


ガル「殴られる前に連れて行かれてる」


ニィ「表の判断と、裏の処理が分かれた」


悠一は、糸を指に巻く。


(……町は、守ろうとした)


(だが、守り方を間違えた)



倉庫街は、町の端にある。


昼でも薄暗く、音が吸われる場所だ。

荷車が並び、人の気配が少ない。


悠一は、歩幅を落とした。


糸の張りが、一点に集まる。


(……ここだ)


「待て」


声をかけたのは、倉庫の影から現れた男だった。


昨日、広場にいた顔。

町のまとめ役の一人。


「ここは、立ち入り禁止だ」


「理由は」


「町の判断だ」


「……誰の判断だ」


男は一瞬、視線を逸らした。


「全体の」


エルドが、静かに言う。


「“全体”は便利だ」


男が苛立つ。


「町を守るためだ!」


「噂を消すためだ!」


「混乱を防ぐためだ!」


悠一は、静かに問い返す。


「誰を、ここに集めた」


男は答えない。


「……答えろ」


悠一の声は低い。


糸は出ていない。

だが、張りは綱に近い。


男の喉が鳴る。


「……噂を広げた者」


「夜に動いた者」


「町を割りかねない者だ」


ミロが、歯を食いしばる。


「……処理、か」


ニィが淡々と言う。


「選択の影だ」


ガルが拳を握る。


「殴って止めるか」


悠一は首を横に振った。


「殴れば、“正当化”される」


「だが」


一歩、前へ。


「これは、町の判断じゃない」


「誰かが、判断を肩代わりしている」


男が叫ぶ。


「必要だった!」


「町は、選んだ!」


「選んだ結果が、これだ!」


悠一は、糸を地面に落とした。


張らない。

結ばない。


ただ、置く。


「選んだのは、“受け入れる”だ」


「排する、じゃない」


「その二つを、勝手に混ぜるな」


沈黙。


倉庫の扉の奥から、かすかな物音。


人がいる。


エルドが、男を見る。


「計算が合っていない」


「……何の」


「混乱を消すために、混乱を増やしている」


「長く持たない」


男の肩が、落ちた。


「……だが、止められなかった」


「恐れが、勝った」


悠一は、静かに言う。


「恐れは、誰にでもある」


「だが」


「恐れで人を縛るな」


糸を、縄ほどの太さに変える。


色は無色。


「開けろ」


男は、ゆっくりと扉を開いた。


中には、数人。


若者、商人、旅人。

縛られてはいない。

だが、閉じ込められている。


悠一は、中に入らない。


扉の外から言う。


「出ろ」


人々が、戸惑いながら出てくる。


「……いいのか」


「町が……」


悠一は答える。


「町は、受け入れた」


「お前たちを、じゃない」


「俺をだ」


「だから、俺が言う」


「出ていい」


人々は、ゆっくりと倉庫を出た。


男は、その場に崩れ落ちる。


「……これで、町は」


「割れない」


悠一は言った。


「割れるとしたら」


「それは、今日じゃない」


エルドが、低く付け足す。


「今日割れる町は、昨日から割れている」


男は、何も言えなかった。



夕方。


噂は、もう一度、町を巡った。


だが、形が違う。


「閉じ込められていた」


「解放された」


「糸の使い手が、止めた」


「殴らずに?」


「殴らずに」


悠一は、その声を聞きながら歩く。


(……歪みは、表に出た)


だが、まだ終わらない。


歪みは、必ず次を呼ぶ。


エルドが、悠一の横で言う。


「選択は、まだ続いている」


「……いつまで」


「歪みが、学ぶまでだ」


不屈三牙が並ぶ。


ミロ「俺たちも、見たな」


ガル「正しい選択でも、間違える」


ニィ「だから、修正が必要だ」


悠一は頷いた。


糸は切れていない。

赤も、青も、使っていない。


だが、張りは、確かに強くなった。


町は、学び始めた。


そして――

学び始めた町ほど、次の衝突は大きい。


次に来るのは、

“誰が責任を取るか”という問いだ。

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