第七十六話 昼は、選択を要求する
昼の光は、逃げ場がない。
朝靄が消え、石畳がはっきりと姿を現す。
露店はいつも通り並び、人の流れも戻ってきた。
だが、昨日までと決定的に違うものがある。
――視線の質だ。
悠一が通りに出た瞬間、空気が一段階、静かになった。
ざわめきはある。
だが、声が抑えられている。
(……判断の前だ)
糸は出していない。
だが、張りははっきりと感じる。
不屈三牙は、自然と悠一の左右と背後についた。
三人で一つの塊。
見せつけるでも、隠れるでもない。
ミロが小声で言う。
「……昨日の夜、効いたな」
ガルが唇を歪める。
「殴らなかったのに、怖がられてる」
ニィが首を振る。
「怖がっているのは、“分からない”からだ」
悠一は頷いた。
「分からないまま、放置できなくなった」
だから――
昼に出る。
広場には、人が集まっていた。
商人、職人、宿屋の主。
町を回している顔ぶれだ。
「……来たぞ」
誰かが囁く。
悠一は、広場の端で立ち止まった。
中央に行かない。
呼ばれるまで動かない。
それが、姿勢だ。
やがて、まとめ役の一人が前に出た。
年配の男。
町で決定権を持つ者だ。
「……話がしたい」
悠一は答える。
「聞く」
短い言葉。
だが、拒否でも迎合でもない。
男は続けた。
「昨夜、町が動いた」
「夜に動くのは、正しいとは言えない」
「だが、恐れがあったのも事実だ」
悠一は、黙って聞く。
「噂が広がり」
「糸の力が誇張され」
「町が割れるのではないかと、皆が思った」
「……それで」
男は一拍置いた。
「町として、決める必要がある」
ミロが、低く呟く。
「来たな」
男が言う。
「糸の使い手を――」
一瞬、広場が静まり返る。
「排するか」
「受け入れるか」
二択。
悠一は、息を吐いた。
(……選ばせるか)
糸を使えば、
赤で結べば、
青で引けば、
この場は一瞬で片付く。
だが、それは町の選択じゃない。
「条件がある」
悠一は、先に言った。
男が眉をひそめる。
「条件?」
「俺は、町を守らない」
「代わりに、壊しもしない」
ざわめき。
ガルが小さく言う。
「真ん中、だな」
ニィが補足する。
「責任を引き受けない、という宣言だ」
男が問う。
「……それで、何を望む」
「判断を、町に返す」
悠一は答えた。
「俺を理由に、決めるな」
「町の仕組みで、決めろ」
「俺は、その結果を受け入れる」
広場が、騒がしくなる。
「危険だ」
「だが、使わないと言っている」
「信用できるのか」
「信用じゃない」
エルドが、一歩前に出た。
「計算だ」
全員の視線が集まる。
「使えば、もう使っている」
「昨夜の夜だ」
「だが、使っていない」
「それが事実だ」
男がエルドを見る。
「……あんたは」
「商人だ」
「町の外の者だ」
「だが、事実は売れる」
エルドは淡々と言った。
「そして、嘘は高くつく」
静寂。
悠一は、糸を縄ほどの太さに変えた。
色は無色。
ただ、見せる。
「これが、使わない力だ」
「近づかなければ、何も起きない」
「近づけば、危険だ」
「――それだけだ」
威圧ではない。
説明だ。
男は、深く息を吐いた。
「……町で、話し合う」
「時間をくれ」
悠一は頷いた。
「待つ」
「今日中だ」
「十分だ」
不屈三牙が、同時に息を吐く。
ミロが言う。
「昼の勝負だな」
ガルが肩を回す。
「殴らない勝負、嫌いじゃねぇ」
ニィが冷静に言う。
「勝負ではない」
「選択だ」
その通りだ。
⸻
夕刻。
鐘が鳴る。
再び、広場。
人は、昼より多い。
だが、ざわめきは少ない。
男が前に出る。
「町として、決めた」
悠一は、動かない。
「糸の使い手を――」
一拍。
「受け入れる」
ざわり。
男は続ける。
「条件付きだ」
「町の中で、力を振るわない」
「噂を煽らない」
「町の決定に、介入しない」
悠一は答える。
「最初から、そのつもりだ」
男は頷いた。
「ならば」
「ここにいる間、客人として扱う」
「だが――」
視線が、鋭くなる。
「町が割れる兆しが出た場合」
「その時は、去ってもらう」
悠一は、迷わず言った。
「受け入れる」
その瞬間、糸の張りが、わずかに緩んだ。
(……選んだな)
正解かどうかは、まだ分からない。
だが、自分たちで選んだ。
それが、重要だ。
エルドが、悠一の横で言う。
「安くはなかったな」
「……何が」
「時間だ」
「売ったのか」
「買わせた」
悠一は、少しだけ笑った。
⸻
夜。
町の灯りが、いつもより穏やかに見える。
不屈三牙は、宿の前で立ち止まった。
ミロが言う。
「……あんた、背負わなかったな」
「背負えば、終わらない」
悠一は答える。
ガルが頷く。
「俺たちも、少し分かった」
ニィが静かに言う。
「選ばせる強さだ」
糸は、まだ張られている。
だが、切れていない。
結ばれてもいない。
町は、選択を終えた。
次に来るのは――
選択の結果だ。
昼は、答えを出した。
夜は、まだ黙っている。
だが必ず――
結果は、歩いてくる。




