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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第七十二話 噂は形を持ち、形は刃になる


町は、音から始まった。


石畳を叩く荷車の軋み。

呼び込みの声。

金属が擦れる音。

笑い声と、言い争いの声。


街道から一歩入った瞬間、空気が変わる。


「……賑やかだな」


ミロが率直に言った。


ガルは肩を回す。


「人が多い。殴る相手も多い」


ニィが即座に否定する。


「殴る前提で数えるな」


悠一は、町門をくぐりながら周囲を見渡した。


(……視線が多い)


敵意ではない。

好奇心。

期待。

そして――誤解。


糸は出していない。

だが、皮膚の内側がひりつくような感覚がある。


噂は、すでに先に着いている。


「見ろ、あれだ」


「糸の――」


「聞いたぞ、相手の動きを縛るらしい」


「違う、未来を変えるって」


「いや、指一本で人を殺せるとか」


(……三つ目から急に跳ねたな)


悠一は内心でため息をついた。


エルドは、少し離れた位置で歩いている。

視線は前。

だが、耳は拾っている。


「売れすぎだな」


低く、ぼそりと。


「良くないのか」


悠一が聞く。


「噂が先行しすぎると、値が暴れる」


「……俺は商品じゃない」


エルドは言葉を選ばない。


「今は、そう見られている」


それが、いちばん刺さる。



宿を取る。


一階は酒場、二階が宿という、どこにでもある建物。

だが、空気が違う。


店主が、妙に丁寧だ。


「部屋は……三つ、必要で?」


「四つ」


悠一が答えると、店主は一瞬だけ目を見開いた。


「……お一人では」


「一人じゃない」


悠一は不屈三牙を指で示す。


「三人だ」


ミロが軽く手を上げる。


「不屈三牙だ」


ガルが誇らしげに言う。


「噂になる前に名乗っておく」


ニィが静かに補足する。


「噂は勝手に歪む」


店主は、困ったように笑った。


「……では、四部屋」


エルドが、淡々と銅貨を置く。


「一晩」


「食事は」


「要らない」


「……要らない?」


「外で食う」


「宿で?」


「宿は寝る場所だ」


正論が、ここでも通る。



荷を置き、町を歩く。


市場は人で溢れ、露店が並ぶ。

食べ物、布、刃物、怪しげな道具。


そして――視線。


「糸だ」


「どこだ」


「……あれじゃないか」


悠一は、帽子も被っていない。

隠す気もない。


隠せば、余計に目立つ。


「ねえ、兄さん」


声をかけてきたのは、若い女だった。


「糸、見せて」


(来た)


悠一は立ち止まる。


「何のために」


女は笑う。


「安心したいの」


「……何に」


「本物かどうか」


安心の理由が、歪んでいる。


「見せない」


悠一は言った。


女は、少しだけ表情を曇らせる。


「噂と違う」


「噂は、だいたい違う」


女は肩をすくめ、去っていった。


その背中を、何人かが見ている。


エルドが、悠一の横に並ぶ。


「最初の値踏みだ」


「次は?」


「試す」


「どうやって」


エルドは答えない。


だが、答えはすぐに来た。



路地裏。


人気のない場所。

だが、完全に無人ではない。


「……止まれ」


三人。

さっきの街道の連中より、少し慣れている。


「噂の糸使いだな」


悠一は、足を止める。


不屈三牙が、左右に自然と散る――が、離れない。


ミロが前に出る。


「用件を言え」


男が笑う。


「試すだけだ」


「何を」


「噂を」


ガルが一歩踏み出す。


「噂は殴れない」


ニィが言う。


「だが、殴ろうとする人間は殴れる」


悠一は、糸を出さない。


赤も、青も、無色も。


「帰れ」


男は肩をすくめる。


「そうはいかない」


その瞬間、後ろから気配。


もう二人。


(……囲い)


エルドが、低く言った。


「五人だ」


「分かってる」


悠一は、糸を縄ほどの太さにする。


色は無色。

ただ、張る。


「近づくな」


空気が、ぴたりと止まる。


だが――一人が踏み込んだ。


その瞬間。


悠一は青を使った。


引き寄せ。


相手の動きが、わずかに“前にズレる”。


ほんの一歩。


それだけで、間合いが崩れた。


ガルが、即座に掴み、投げる。


「軽い!」


ニィが、もう一人の足を払う。


ミロが叫ぶ。


「退け!」


相手は、想定より早く引いた。


「……噂通りだ」


「いや、噂以上か」


悠一は、赤を使わない。


結ばない。

引いただけ。


それで、十分だった。


男たちは逃げた。


路地裏に、静寂が戻る。



「……使ったな」


ミロが言う。


「青だけだ」


悠一は答えた。


「結んでない」


「結ばなくても、強い」


ニィが分析する。


「だが、噂はまた歪む」


エルドが言った。


「今度は“見た者”が加わる」


「……良くないか」


「良くない」


エルドは即答した。


「見た者は、語る」


「語られた話は、刃になる」


悠一は、息を吐いた。


「……町、選び間違えたか」


「違う」


エルドは言う。


「正しい町だ」


「なぜ」


「噂がここまで膨らむなら」


「売る側が、動く」


「……誰が」


エルドは、空を見上げる。


「噂を“買う”連中だ」


その瞬間。


悠一は、背中に冷たい視線を感じた。


(……見られている)


糸が、微かに震える。


赤でも、青でもない。


観測。


振り返っても、誰もいない。


だが、確信があった。


(……届いたな)


遠くで、糸が絡む感触。


ラグスは、まだ姿を見せない。


だが――

噂は、確実に彼女の手に渡った。



夜。


宿の二階。


悠一は窓辺に立ち、町の灯りを見る。


「次は、どうする」


ミロが聞く。


「まだ、ここにいる」


悠一は答えた。


「噂が、どう変わるかを見る」


ガルが不満そうに言う。


「危険だ」


「だからだ」


ニィが頷く。


「噂は、放置すると暴走する」


エルドが、部屋の隅で荷を整理しながら言った。


「朝までだ」


「朝?」


「朝までに動かなければ」


「この町は、売れすぎる」


悠一は、苦笑した。


「……商人基準だな」


「正しい基準だ」


エルドは淡々と言った。


糸は、張られている。


噂は、形を持った。


そして形は、

いつか必ず――刃になる。


次は、

刃を持った噂が、正面から来る。


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