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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第六十九話 背負わずに、渡す


夜明け前の空は、まだ色を決めかねていた。


青でも赤でもない、薄い灰。

町の屋根は静かで、煙突の先だけがかすかに揺れている。

眠っているようで、眠りきれていない町だ。


悠一は集会所の前に立っていた。


板張りの床がきしむ音。

昨日、善意が縛りに変わり、赤い糸を“ほんの一瞬”使った場所。

あの一言を、胸の奥がまだ覚えている。


(……ここで終わらせる)


終わらせる、というのは解決するという意味ではない。

正すという意味でもない。


渡す。


町が町として回るために必要なものを、町へ戻す。

そのために、ここに立っている。


扉が開き、まとめ役の男が出てきた。

目の下に濃い隈。

一晩中、決め事の文言を整えていた顔だ。


「……早いな」


「少しだけ」


悠一は短く答えた。


まとめ役は、吐く息を白くしながら言う。


「今日も順番は守られる」


「掲示板の刻みも、三つにする」


「掲示の管理役は二人、立ち会いで貼り替え」


「確認役も二人、読み上げの後に刻みを入れる」


悠一は、頷いた。


「続けられるか」


「続ける」


まとめ役は迷いなく言った。


「守れない日が来たら、また集まる」


「殴り合いに戻るより、集まる方が面倒だ」


「だから、面倒を選ぶ」


その言葉に、悠一は小さく息を吐いた。


「それでいい」


まとめ役は、ふと視線を落とす。


「……お前は、ここに残らないのか」


「残らない」


即答だった。


「なぜだ」


悠一は、集会所の壁に手を置いた。


冷たい木の感触。


「俺がいると、判断が俺に寄る」


「寄れば、仕組みが育たない」


「仕組みが育たなければ、俺がいなくなった途端に崩れる」


まとめ役は、しばらく黙っていたが、やがて苦く笑った。


「……分かる」


「分かってしまうのが、腹立たしい」


悠一は何も言わない。


腹立たしいのは、生き物として正しい。

だが、腹立たしいから残ると、壊れる。


悠一はそれを、何度も見てきた。


足音が近づく。


不屈三牙だった。


三人は並んで歩いてくる。

ミロが真ん中、ガルが右、ニィが左。

いつもの並び。

それだけで、胸の奥が少し楽になる。


「……もう出るのか」


ミロが言った。


「出る」


悠一は答える。


ガルが欠伸を噛み殺しながら言う。


「地味だったな、この町」


「地味でいい」


悠一は言った。


「派手な町は、血が出る」


ニィが、静かに視線を井戸の方へ向ける。


「……噂は残る」


「残す」


悠一は言う。


「消そうとすると燃える」


「扱う」


ニィがわずかに頷いた。


「扱う、か」


ミロが、まとめ役に向かって軽く頭を下げる。


「俺たちが口を出して、邪魔にならなかったか」


まとめ役は首を振った。


「邪魔じゃない」


「むしろ、必要だった」


ガルが少し驚いた顔をする。


「……必要?」


「お前らがいたから、殴り合いが“殴り合いのまま”で終わらなかった」


まとめ役は、視線を悠一へ向けた。


「こいつがいたから、殴り合いを“集まり”に変えられた」


悠一は、少しだけ目を伏せた。


褒められる話ではない。

これは、町が選んだ面倒だ。


ミロが、悠一へ向き直る。


「……俺たちは、次も三人だ」


言葉は短い。

だが、宣言だった。


ガルが笑う。


「当たり前だろ」


「バラけたら、俺が迷子になる」


ニィが小さくため息をつく。


「……迷子はガルだけじゃない」


ミロが続ける。


「俺たちは、あんたを追う」


「倒すためじゃない」


「追いつくためでもない」


「同じ線に立つためだ」


悠一は、喉の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


「……勝手にしろ」


そう言うのが、悠一らしい返事だった。


ガルが腕を組む。


「勝手にする」


ニィが淡々と言う。


「勝手に学ぶ」


ミロが頷く。


「勝手に失敗して、勝手に直す」


悠一はそれ以上、言わなかった。


それでいい。


この三人は、三人で勝手に進む。

それができるようになったのが、町の成果でもある。


足音がもう一つ近づく。


エルドだ。


荷袋を肩に担ぎ、視線は悠一を正面から見ない。

いつもの距離感。


「……終わったようだな」


「ああ」


「町は?」


「裂けてはいない」


エルドは、短く息を吐いた。


「それなら良い」


「商いは?」


「回る」


「回るなら、しばらくは平気だ」


エルドは荷袋を軽く叩き、まとめ役に目を向ける。


「物資が入る道は、東だ」


「東?」


まとめ役が反応する。


「そうだ。川沿いはまだ不安定だ」


エルドは余計な説明をしない。

だが、町の状況を見て、最も現実的な助言だけを落とす。


悠一は、その横顔を見て思う。


(……この男も、渡す人間だ)


背負わない。

だが、必要なものだけを置いていく。


エルドは悠一へ向けて言った。


「次に行く」


「同じ道か」


「違う」


「……また会うか」


「会う」


それだけ。


名は呼ばれない。

だが、言葉は十分だった。


ツムギが肩口で小さく揺れた。

今日は介入しない。

ただ、出発の合図のように揺れる。


悠一は、まとめ役へ最後に言った。


「刻みは三つ」


「朝昼夕」


「夜は入れない」


まとめ役が眉をひそめた。


「なぜ」


「夜は噂が増える」


「刻みが増えると、混乱の種になる」


「三つで足りる」


まとめ役は、しばらく考えた後、頷いた。


「分かった」


「守れなければ?」


「集まる」


「殴らない」


「面倒でも、集まる」


悠一は小さく頷いた。


「それでいい」


話は終わった。


悠一は集会所を背にする。


その瞬間、背中に冷たい気配が触れた。


ラグス。


姿はない。

声もない。

だが、確かに“置かれている”。


(……観測終了)


そういう気配だった。


評価でも承認でもない。

ただ、次へ進めという合図。


悠一は振り返らない。


今、振り返れば、また絡む。

この町に残るべきものはもう置いた。


井戸の方を見る。


列ができている。

短いが、ある。


掲示板には今日の紙が一枚。

その横に、朝の刻みが一つ。


(……回り始めた)


まだ弱い。

まだ不安定。

だが、回る。


不屈三牙が隣に並ぶ。


ミロが言う。


「……行くか」


ガルがうなずく。


「行く」


ニィが淡々と付け足す。


「次の結び目へ」


悠一は、糸を握り直した。


無色。

青。

赤。


赤は、使える。

だが、使うほど痛む。


昨日の痛みは、まだ消えていない。


それでも、歩く。


切らずにほどくために。

背負わずに渡すために。


そして、三人が隣にいることが――

この先の旅を、少しだけ軽くする。


町の灯りが後ろに遠ざかる。


この町の話は終わった。


次に待つのは、噂でも善意でもない。

もっと頑固で、もっと強い。


信念が信念を否定する場所。


ラグスはそこに糸を置いている。


悠一は足を止めない。


不屈三牙も止まらない。


エルドもまた、別の道で歩き続けている。


縁は切れない。

だから紡ぐ。


歩くたびに、糸は強くなる。


それが、悠一の“生きている証”だ。


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