表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/31

第七話 糸で、生きる術を増やす


朝は、思っていたよりも静かに始まった。


倉庫の隙間から差し込む光が、藁の色を少しだけ明るくする。鳥の声が遠くで鳴き、村の中では、誰かが水桶を置く音がした。生活の音だ。危険の気配は、ない。


悠一はゆっくり起き上がり、身体の具合を確かめた。

痛みはない。違和感もない。新しい体は、相変わらず素直だ。


糸を指に巻く。

ほどけない。増えすぎてもいない。


「……ちょうどいい」


それだけで、今日一日を始める理由になる。


倉庫を出ると、朝の作業が始まっていた。畑に向かう者、家畜に餌をやる者、井戸へ向かう者。誰もが忙しそうだが、慌ただしさはない。


悠一は、まず井戸へ行き、水を汲んだ。顔を洗い、喉を潤す。冷たさが、頭をはっきりさせる。


「おはよう」


昨日、倉庫の扉を直した年配の女が声をかけてきた。


「おはようございます」


挨拶を返す。それ以上の言葉は、必要ない。


「今日は、何か手伝えること、ありますか」


悠一はそう言って、周囲を見渡した。

“仕事を探している”という姿勢を、見せる。


女は少し考え、畑の方を指した。


「柵がな。夜のうちに、獣に押されたらしくてね。応急でもいいから、立て直したい」


「分かりました」


即答する。

修繕は、得意分野だ。



畑の端にある木柵は、確かに歪んでいた。一本が外れ、全体が不安定になっている。木材は古く、釘も錆びている。


普通に直せば、また壊れる。


悠一は、柵の前でしゃがみ込み、指で木をなぞった。

負荷がかかる場所。力が逃げる方向。


「……支えが、足りない」


新しい木材はない。釘も限りがある。

だが――糸はある。


悠一は、袖の中から糸を引き出した。

周囲に人はいない。見られても構わないが、必要以上に目立つ気はない。


木と木の間に、糸を通す。

結び目は作らない。八の字に回し、摩擦で止める。


引っ張らない。

支えるだけ。


柵は、ぐらつきが減った。


「……これで、しばらくは持つ」


完全な修理ではない。

だが、“今”を越えるには十分だ。


作業を見ていた男が、感心したように頷く。


「器用だな。商人か?」


「いえ……その手の仕事を、少し」


嘘ではない。

正確でもないが。


男はそれ以上踏み込まなかった。

この村では、理由を詮索しすぎないのが礼儀らしい。



昼前、畑仕事が一段落すると、女が声をかけてきた。


「昼まで少し時間がある。腹は空いてないかい?」


「……少し」


正直に答える。


女は頷き、倉庫の裏へ案内した。

そこには、小さな池があった。澄んだ水が溜まり、影の中で何かが動いている。


「魚だよ。小さいが、食える」


悠一は池を覗き込み、思わず息を呑んだ。

魚がいる。だが、網も竿もない。


「……釣るんですか?」


「網が破れてね。直す時間もない」


女は困ったように肩をすくめた。


悠一は、少し考えた。


糸と、針。

針はない。だが、代わりはある。


地面に落ちていた、細い金属片。古い釘の先だ。

それを拾い、石で軽く叩く。


形は歪だが、先は尖っている。


「……これで」


女は不思議そうに見ていたが、止めなかった。


悠一は糸を結び、即席の釣り糸を作る。

餌は、パンの欠片。


池の縁にしゃがみ、糸を垂らす。


糸は、水の中でも見えにくい。

軽く揺らし、魚の動きを待つ。


「……焦らない」


釣りも、縫い物と同じだ。

待つ時間が、半分以上。


しばらくして、糸がわずかに震えた。


悠一は、強く引かない。

魚が餌を咥え、向きを変えるのを待つ。


そして、そっと――導く。


糸が、水面を切った。

小さな魚が、跳ねる。


「……取れた」


歓声は、上げない。

静かに、水から引き上げる。


女は、目を丸くした。


「そんなやり方が……」


「たまたまです」


そう答えたが、内心では分かっていた。


糸は、戦うためだけのものじゃない。

生きるための、道具だ。



昼食は、簡素だったが、十分だった。


焼いた魚。

薄いスープ。

昨日より、少しだけ豊かだ。


悠一は黙々と食べた。

糸を使ったことは、誰も口にしない。


それでいい。


食後、村人たちはそれぞれの仕事に戻る。

悠一も、特に用事はなかった。


村の外れに出て、草の上に腰を下ろす。

糸を指に巻き、今日の使い方を思い返す。


支える。

釣る。

結ぶ。


どれも、戦ってはいない。


「……これが、俺のやり方か」


自嘲はない。

誇りもない。


ただ、納得があった。


糸は、また少し増えている。

量ではない。感覚だ。


「関わった分だけ、か」


結論は出さない。

だが、仮説は立てる。


人と、場所と、時間。

無理をせず、切らずに結んだものが、糸を太くしている。


悠一は立ち上がる。


この村に、長く留まるつもりはない。

だが、ここで得た“術”は、確実に増えた。


戦わなくても、生きられる。

糸があれば、工夫できる。


それが分かっただけで、この一日は十分だった。


悠一は糸を指に巻き、村の外れを歩く。


次の場所へ向かう準備を、静かに整えながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ