表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/101

第六十八話 正しさは、あとから痛む


町に、よそ者が来た。


それ自体は珍しくない。

この町は水が少なく、仕事も少ないが、街道からは外れていない。

通り過ぎる旅人はいる。


問題は、その“よそ者”の振る舞いだった。


「――助けに来ました」


男はそう言った。


声は穏やかで、身なりも整っている。

剣は腰に下げているが、抜く気配はない。

代わりに、背中には袋。

中身は、干し肉と簡単な薬草。


「水が足りないと聞いた」


「代表会議の仕組みも、見させてもらった」


「素晴らしいと思う」


その言葉に、町の人々の顔が緩む。


称賛は、疑いを鈍らせる。


不屈三牙は距離を取って様子を見ていた。

ミロは眉をひそめ、ニィは男の視線の動きを追い、ガルは腕を組んでいる。


悠一は、少し遅れて気づいた。


(……この男)


(“裂く”側じゃない)


(“縛る”側だ)


ラグスとは違う。

だが、同じ匂いがする。


善意で近づき、

人の選択肢を“減らす”タイプ。


「順番を守るのは大事だ」


男は言う。


「だが、守れない者が出る」


「だから、私が代わりに水を配ろう」


どよめきが起きる。


「代わりに?」


「そう」


男は頷く。


「私が管理する」


「順番を無視するわけじゃない」


「弱い者から、先に配る」


その言葉は、正しい。


子ども。

病人。

年寄り。


誰も反対しにくい“正しさ”。


古参側の女代表が、慎重に言う。


「……それは、代表会議で――」


「承知している」


男は被せる。


「だから“提案”だ」


「今日だけでもいい」


「混乱が出るなら、やめる」


言い方がうまい。


逃げ道を用意している。


最近側の男代表が、唇を噛んだ。


(……まずい)


悠一は感じていた。


この男が配り始めれば、

町は一時的に“楽”になる。


だが――

確認役の仕組みは、形骸化する。


「順番を守らなくても、あの人が配ってくれる」


そうなった瞬間、

仕組みは死ぬ。


(……赤を使えば)


この男の未来の行動を変えられる。

「配らない」という選択肢に、縁を結べる。


できる。

一瞬で。


しかも、町のためだ。

誰も傷つかない。


(……だが)


悠一は、あの時を思い出す。


赤を使った時の感触。

相手の“次の一歩”が、

自分の指先で変わった感覚。


救った。

確かに。


だが同時に、

相手から“選ぶ権利”を奪った。


(……今回は)


(奪う相手は、善意の人間だ)


胸の奥が、嫌な音を立てる。


男が袋を下ろした。


「まずは、子どもから――」


その瞬間だった。


確認役の二人が、同時に動いた。


「待ってください」


声が重なる。


古参側の女と、最近側の男。


二人は、互いを見てから、男を見る。


「順番は、掲示板にあります」


「今日の分は、すでに決まっています」


男は驚いた顔をする。


「……ああ、そうか」


「では、順番の後で配ろう」


柔軟。

だが、それでもズレている。


「順番の後、ではありません」


最近側の男が言った。


「配るなら、代表会議を通してください」


男は少し困ったように笑う。


「厳しいな」


「町を思ってのことだが」


古参側の女が、静かに返す。


「町を思うなら、仕組みを通して」


その言葉に、周囲がざわつく。


支持と、不安が混じる。


(……ここだ)


悠一の直感が告げる。


この男は、引かない。


善意を否定されると、

次に来るのは――“正義の主張”。


「分かった」


男は、ゆっくり頷いた。


「では、代表会議で話そう」


「だが」


一拍置く。


「それまで、水を飲めない子がいたら?」


空気が凍る。


正論。

逃げ場のない正論。


代表会議を待つ時間。

その間に困る者が出る。


(……選択肢が削られていく)


これが、善意の縛りだ。


ミロが一歩出かけ、止まる。

ガルが歯を食いしばる。

ニィは、男の目を見る。


(……こいつ)


(本気で善意だ)


(だから厄介だ)


悠一は、決めた。


赤を使う。


だが――

最小限で。


男の未来全部を変えない。

次の行動“一つ”だけ。


男が、次に言う言葉。

それだけを、縁で結ぶ。


赤い糸が、指先から走る。


一瞬。

誰にも見えない速さ。


男の視線が、わずかに揺れる。


そして――


「……すまない」


男は、そう言った。


「私が急ぎすぎた」


「代表会議を待つ」


「それまで、水は配らない」


沈黙。


町の空気が、ゆっくり戻る。


最悪は避けられた。


確認役の二人が、息を吐く。

不屈三牙も、力を抜く。


男は袋を持ち直し、代表会議の方向へ歩き出す。


誰も気づかない。


悠一だけが、分かっている。


(……奪った)


男の“選びたかった善意”を。


たった一言。

たった一歩。


だが、それは確かに――

結んで縛った。


その場は、うまく収まった。


代表会議はその後開かれ、

男の提案は「仕組みを壊す」として退けられた。


町は守られた。


不屈三牙は成長した。

仕組みは一段、強くなった。


だが、夜。


町外れで、悠一は一人座っていた。


ツムギが、静かに揺れる。


介入はない。

責めることも、慰めることもない。


ただ、そこにいる。


(……正しかったか)


答えは出ない。


男は悪人ではなかった。

むしろ、良い人間だった。


その未来を、

自分は一瞬、奪った。


(……使うべきじゃなかったか)


(……使わなければ、町が壊れたか)


分からない。


赤い糸は、万能だ。

だが、万能だからこそ――

使った後に、必ず痛む。


悠一は、糸を巻き直す。


赤。

青。

無色。


全部、持っている。


だからこそ、

どれを使うかを選び続けなければならない。


「……次は」


悠一は、誰に言うでもなく呟いた。


「次は、もっと上手くやる」


それが、贖いかどうかは分からない。


だが、歩き続ける理由にはなる。


町の灯りが、遠くで揺れている。


この町の話は、もうすぐ終わる。


次に待つのは――

**善意より、もっと厄介な“信念”**だ。


ラグスは、それを用意している。


悠一は立ち上がり、

夜の中へ歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ