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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第六十七話 噂は、刃より早い


朝は、静かすぎた。


昨日の偽掲示の騒動が嘘のように、井戸の周りは整っている。

順番の紙は一枚。

掲示板の前には、管理役の二人が立っている。


仕組みは、機能しているように見えた。


――見えただけだ。


人は学ぶ。

だが、裂く側も学ぶ。


悠一は、井戸から少し離れた場所で、町の空気を読んでいた。

不屈三牙は分かれて配置につく。

ミロは市場側、ガルは倉庫前、ニィは井戸近く。


ツムギは肩口で静かだ。

触れてこない。

つまり、まだ“判断が間に合っている”。


(……音が少ない)


昨日まであった、視線のざらつきが薄い。

人は話しているが、声を落としている。


それが一番、嫌な兆候だった。


「……なあ」


背後から、低い声。


振り返ると、町の若者二人が、桶を抱えながらひそひそ話している。


「昨日の確認役さ……」


「古参の女、ちょっと怪しくね?」


「最近側の男もだろ」


「言ってること、食い違ってたじゃん」


悠一の胸が、わずかに沈む。


(……来た)


掲示板を裂くのではない。

確認役を裂く。


仕組みの“人”の部分を狙う。


噂は、証拠がいらない。

正義の顔をしながら、疑いだけを運ぶ。


悠一は何も言わず、歩いた。


市場へ向かう。



市場は、昨日より人が多い。

だが、売り声は弱い。


品物は並んでいる。

だが、目が合わない。


「……あの人、知ってる?」


「昨日の確認役だ」


「どっち?」


「……両方」


その言葉が、軽く投げられる。


疑いは、方向を選ばない。


古参か、最近か。

どちらが悪いか。


そんな問いは、もう古い。


「誰も信用できない」


それが、次の段階だ。


(……厄介だな)


悠一は思う。


殴り合いなら止められる。

掲示なら剥がせる。


だが、噂は剥がせない。


噂は、人の頭の中に貼られる。


(……赤を使えば)


未来を変えられる。

噂を言い出す前の一歩を、縁で縛れる。


だが、それは“考えを縛る”に近い。


(……使えない)


使えば楽だ。

だが、使えば町は“悠一の正しさ”に依存する。


それは、ラグスの望む形だ。


“糸を使えば何とかなる”世界。


(……ダメだ)


(仕組みで受け止めさせる)


悠一は、昨日決めた「掲示板管理役」を思い出す。


紙は一枚。

貼り替えは立ち会い制。


だが――

噂は、管理されていない。


(……なら)


(噂を“場”に出す)


噂は、陰で強くなる。

表に出せば、検証される。


悠一は、ミロのいる市場の中央へ向かった。



「おい」


悠一が声を張る。


市場の喧騒が、一瞬だけ弱まる。


「昨日の確認役について、噂が回ってる」


人々が、びくりとする。


誰かが叫ぶ。


「噂なんて……!」


「噂だ」


悠一は認めた。


「だから、ここで話そう」


「隠れて言うより、ここで言え」


空気が張りつめる。


ミロが一歩前へ出る。


「今なら殴らない」


ガルは少し離れた場所で腕を組み、動かない。

殴らない構えだ。


ニィは、周囲の人の顔を見ている。

誰が口を開きそうか。


沈黙。


人は、表に出るのが怖い。

噂は、匿名であるほど強い。


「……俺が言う」


昨日、桶を落とした若い男が、手を挙げた。


「確認役の二人……」


「言ってることが、少し違った」


「それだけだ」


古参側の女の顔が、こわばる。


最近側の男も、眉をひそめる。


悠一は頷いた。


「どこが違った」


若い男は言葉を探す。


「……順番の読み上げ」


「東の四軒の後」


「どっちかが、川沿いって言った」


「どっちかが、先に倉庫側って言った」


ざわめき。


小さな違い。

だが、噂にするには十分だ。


古参側の女が声を出した。


「訂正した」


「すぐに」


最近側の男も言う。


「俺も訂正した」


「聞こえなかった奴が、いただけだ」


若い男が反論する。


「でも、違ったのは事実だろ」


正義が、またぶつかる。


(……ここで殴り合えば終わる)


悠一は、深く息を吸った。


「違ったのは事実だ」


認める。


それが、最初の一手。


「だから、昨日決めた」


「言葉が違ったら、会議を開く」


「今日は?」


「……開いてない」


まとめ役がいない。

代表も揃っていない。


(……時間を使う)


ラグスは、時間を奪うのが上手い。


悠一は、声を落とさずに続けた。


「なら、今ここで“確認”しよう」


「会議じゃない」


「確認だ」


古参側の女が、眉を寄せる。


「ここで?」


「ここで」


悠一は言った。


「違ったのは、どこか」


「順番か、言い回しか」


「それを、二人で同時に言う」


「違ったら、会議を開く」


「同じなら、噂は終わりだ」


場が静まる。


仕組みだ。


裁かない。

殴らない。


ただ、確認する。


最近側の男が、ゆっくり頷いた。


「……いい」


古参側の女も、息を吐いた。


「やるわ」


二人は、掲示板の前に立つ。


紙を見ずに、言う。


「一番は?」


二人が同時に口を開いた。


「東の四軒」


一致。


「次は?」


「川沿いの二軒」


一致。


「その次は?」


「倉庫側三軒」


一致。


ざわめきが、沈む。


若い男が、戸惑った顔をする。


「……でも、昨日は」


「昨日は、言い回しが違った」


古参側の女が言った。


「だが、順番は同じだった」


最近側の男が続ける。


「言葉が違うのと、内容が違うのは別だ」


「昨日の失敗は、説明不足だ」


「それは、俺たちの責任だ」


その言葉に、空気が変わる。


責任を認めた。

だが、罪を認めたわけじゃない。


噂は、責任を嫌う。

責任を引き受ける人間が現れると、弱くなる。


(……効いてる)


悠一は確信した。


ここで赤を使わなくてよかった。


噂は、“反論”では止まらない。

“構造”でしか止まらない。


ガルが、ぼそっと言う。


「……思ったより、殴らなくて済んだな」


ミロが小さく笑う。


「お前が殴らなかったからな」


ニィは、まだ油断していない。


「……終わってない」


その通りだった。


人混みの奥で、誰かが小さく言う。


「でもさ」


「二人とも、言い訳が上手いだけじゃない?」


噂は、形を変える。


「嘘だ」→「誤解だ」→「言い訳だ」


(……第二段階)


悠一は、その声の方向を見る。


昨日の“若者”とは違う。

年配の男。

古参側の顔。


(……今度は、古参から来たか)


噂は、立場を渡る。

そうしないと、広がらない。


悠一は、一歩前へ出る。


「言い訳に見えるなら、記録を残す」


人々が、顔を上げる。


「今日から」


「確認役は、順番を読み上げた後」


「板の横に、印を残す」


「文字じゃない」


「刻みだ」


まとめ役がいない今、勝手に決めるのは危険だ。

だが、これは提案だ。


「印?」


ニィが、すぐ理解した。


「……時間だ」


悠一は頷く。


「朝、昼、夕」


「確認役二人で、同じ刻みを入れる」


「違ったら、誰が見ても分かる」


噂は、言葉を食う。

だが、刻みは食えない。


古参側の女が、考え込む。


最近側の男が言う。


「……できる」


「木に刻むだけだ」


年配の男が、黙った。


噂は、次の燃料を失う。


(……これで、第二波は止まる)


だが――


悠一の背中に、冷たい気配が走る。


“見られている”。


ラグスだ。


今度は、はっきりと。


(……評価してる)


「面白い」


声は聞こえない。

だが、感触だけが伝わる。


「仕組みを重ねる」


「人に渡す」


「糸を使わない」


――“合格”に近い。


だが、油断はできない。


ラグスは、成功を嫌う。

だから、次はもっと深いところを裂く。


“人”ではなく、“関係”を。


悠一は、糸を握る。


赤も青もある。

だが、今日も使わない。


ツムギは、静かだ。

判断は、まだ間に合っている。


人々が、ゆっくり散り始める。


市場に、少しだけ声が戻る。


完璧じゃない。

だが、崩れていない。


不屈三牙が集まる。


ミロが言う。


「……今日も、勝ちじゃないな」


悠一は首を振る。


「今日は、“負けなかった”」


ニィが頷く。


「それが続けば、勝ちになる」


ガルが、鼻を鳴らす。


「地味だな」


「地味でいい」


悠一は答えた。


「派手なのは、裂く側の仕事だ」


悠一は町を見渡す。


この町は、まだ危うい。

だが、今日一日は、殴られなかった。


それで十分だ。


そして、悠一は分かっている。


次に来るのは――

噂でも、紙でもない。


“善意”を装った介入だ。


ラグスは、そこまで見ている。


糸を切らず、

仕組みを渡し、

人が歩く。


その選択が、どこまで通じるか。


悠一は、静かに歩き出した。


次の結び目へ。


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