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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第六十五話 正しい者同士は、ほどきにくい


第六十五話 正しい者同士は、ほどきにくい


朝の空気は冷たかった。


町の井戸の周りには昨夜より人が多い。

殴り合いは止まった。

だが、止まっただけで、何も解決していない。


水は増えない。

仕事は増えない。

不満だけが、整列した形で残っている。


代表が集められる場所は、広場の端にある古い集会所だった。

板張りの床は軋み、椅子は足が揃っていない。

だが、この町にとっては「決めるための場所」だ。


不屈三牙は壁際に立ち、悠一は入口近くで様子を見ていた。

ツムギは肩口で静かに揺れ、今日はまだ“触れてこない”。


(……ここは戦場だ)


剣も魔法もない。

だが、言葉が刃になる。


代表は六人。

古くから住む家の者が三。

最近流れ着いた者が二。

そして、水汲みを担ってきた共同体のまとめ役が一。


男も女もいる。

顔つきは硬い。


「では、今日からの水の順番を――」


まとめ役の男が口を開いた、その瞬間だった。


「待て」


古参の代表が手を上げる。


「順番を変える前に、確認がある」


「……確認?」


「この町の水が足りなくなったのは、いつからだ」


空気が固まる。


質問の形をしているが、答えは決まっている。


「よそ者が増えてからだ」


言葉にしなくても、全員がそう理解している。


最近流れ着いた代表の女が、唇を噛んだ。


「……それは」


「事実だろう」


古参の男が続ける。


「順番を変える? 代表を立てる? 結構だ」


「だが、その前に“負担”を決めろ」


「誰がどれだけ汲む」


「誰がどれだけ使う」


「……誰がどれだけ“いる”」


最後の言葉が、針のように刺さった。


(……来た)


悠一の背筋が冷える。


これは水の議論ではない。

居場所の議論だ。


追い出すか。

残すか。


正義の名を借りた排除は、最もほどきにくい。


まとめ役が慌てて声を上げる。


「待て、今は水の順番を――」


「水の順番のためだ」


古参の男は言い切った。


「順番を変えても、元が足りなければ同じだ」


「なら元を戻すしかない」


「……元に?」


最近流れ着いた男の代表が、声を震わせた。


「俺たちが来る前に戻せって言うのか」


「違うと言えるのか?」


古参の男が睨む。


「町の井戸は昔からこの量だ」


「昔は足りていた」


「今は足りない」


「原因は何だ?」


沈黙。


原因は一つじゃない。

雨が少なかった年もある。

上流の森が荒れた可能性もある。

汲む桶の数が増えたこともある。


だが、人は簡単な原因を求める。


“目に見える原因”を。


(……絡ませてる)


悠一は、集会所の隅に“何もない”を感じた。


糸の感触。

置かれた気配。


ラグスは姿を見せない。

だが、ここにいる。


“この言葉”を引き出すために、昨日から線を引いていた。


不屈三牙が、壁際で息を呑む。


ミロが前へ出そうとするのを、ニィが止めた。

ガルの拳が、膝の横で震える。


(……ここは、俺が出たら)


(逆効果だ)


よそ者が仲裁に入れば、古参の正義は硬くなる。

「外から口を出すな」で終わる。


(……じゃあどうする)


まとめ役の男が、机を叩いた。


「順番の話だ!」


「追い出す追い出さないは決めない!」


「……決めない?」


古参の女代表が冷笑した。


「決めないまま順番を変えるの?」


「また明日殴り合うだけだわ」


「順番を変えるなら、根も変えなさい」


“根”。


言葉が上手い。

正しいことを言っているように聞こえる。


だが、その根は、人だ。


最近流れ着いた女代表が、耐えきれず立ち上がった。


「私たちは、好きで来たんじゃない」


「元の村は魔物に焼かれた」


「家も畑も、全部なくなった」


「……それは気の毒だ」


古参の男が言った。


「だが、気の毒で水は増えない」


正論。


正論が、正論を殴る。


まとめ役が、声を絞り出す。


「……なら、どうする」


古参側が言う。


「水を汲む時間を家ごとに制限する」


「使う量も制限する」


最近側が言う。


「制限するなら、仕事も分けろ」


「仕事がなければ、汲みに行く時間が増えるだけだ」


古参側が返す。


「仕事がないのは、お前らが奪ったからだ」


最近側が返す。


「奪ってない、空いてないだけだ!」


机が揺れる。


椅子が倒れかける。


――次の瞬間。


集会所の外、広場から怒声が上がった。


「出ていけ!」


「水を返せ!」


人が集まっている。


外が先に燃えている。


(……仕掛けが外にも)


悠一は、息を止めた。


これがラグスの“絡ませる”。

会議の中だけでなく、外圧を同時に作る。


選択肢が増える。

時間が減る。

正義が硬くなる。


ミロが小さく言った。


「……外がやばい」


ニィが即答する。


「代表会議が崩れたら、終わる」


ガルが歯を食いしばる。


「じゃあ外を止めるか? 中を止めるか?」


(……選択肢)


悠一の頭に、第59話の感触が蘇る。


全員は無理。

切れば楽。


だが切らない。


(……ほどくには)


(糸じゃなく、構造だ)


悠一は、まとめ役の男に視線を合わせた。


そして、小さく首を振る。


“外に出ろ”ではない。

“中を守れ”。


まとめ役の男は、意味を理解したように唾を飲んだ。


「……代表諸君」


男が声を張る。


「外が荒れている」


「ここが崩れたら、この町は戻らない」


「今日、ここで決めるのは一つだけにする」


古参側が噛みつく。


「一つ? 何を先にする」


まとめ役は言った。


「順番だ」


「そして、順番を守らせる仕組みだ」


最近側が言う。


「追い出しの話は?」


「今日はしない」


まとめ役は言い切る。


「だが、“しない”と決める」


「明日また燃やさないために」


古参の男が笑った。


「逃げだ」


まとめ役は顔を上げる。


「逃げでいい」


「逃げてでも、今日死なせない」


その言葉が、空気を止めた。


ミロの言葉と同じ線。

最低ライン。


正義の衝突を、完全にはほどけない。

だが、裂ける前に縛り直す。


(……やるじゃないか)


悠一は胸の奥で思った。


まとめ役は続ける。


「順番は代表六人で決める」


「ただし、見える場所に貼る」


「そして“監視”ではなく“確認役”を作る」


古参の女が眉をひそめる。


「確認役?」


「井戸に立ち、順番を読み上げる役だ」


「争いが起きたら、止める役ではない」


「誰がどの順番だったかを、言葉で残す役だ」


(……記録係)


悠一は、少しだけ息を吐いた。


武力ではない。

だが、効果がある。


人は「誰が悪いか」を欲しがる。

なら、「誰がどの順番だったか」を先に固定する。


(責任の行き先を、血ではなく言葉にする)


外の怒声が近づく。


扉が叩かれた。


「おい! いつまで中で話してる!」


「水は今いるんだ!」


まとめ役が、扉へ向かおうとする。


その瞬間。


古参の男が立ち上がり、低く言った。


「確認役は、よそ者にはさせるな」


空気が凍る。


最近側の代表が反発する。


「それこそ差別だ!」


古参の男が返す。


「信用がない」


正義が、またぶつかる。


(……ここが結び目だ)


悠一は思った。


ここを切れば楽だ。


赤で縁を結び、

古参の男の“次の言葉”を変えればいい。


青で引き寄せ、

口を塞げばいい。


できる。

真化はある。


だが、それは支配に近い。


(……使える。だが、使ったら壊れる)


悠一は糸を握りしめ、しかし出さない。


代わりに――

不屈三牙の方を見る。


ニィが、すっと前に出た。


(……おい)


ミロが止めようとしたが、ニィは首を振った。


ニィは代表たちの前に立つ。

よそ者。

だが、女で、武器を見せない立ち方。


「……信用がないなら」


ニィが言う。


「信用を作る形にすればいい」


全員が、ニィを見る。


ニィは続ける。


「確認役を、二人にする」


「古参から一人」


「最近から一人」


「二人で読み上げる」


「二人の言葉が違ったら、代表会議がもう一度集まる」


古参の男が眉をひそめる。


「二人にしたら揉めるだけだ」


「揉める」


ニィは認めた。


「だが、殴り合いには戻りにくい」


「言葉の違いは、言葉で直せる」


「拳の違いは、血になる」


静寂。


正しい。


正しすぎる。


古参の女代表が、ゆっくり頷いた。


「……それなら」


最近側の女代表も、息を吐いた。


「……受ける」


古参の男が最後まで抵抗しようとしたが、まとめ役が机を叩いた。


「決めるぞ」


「二人体制だ」


「今日の確認役は、ここにいる六人で持ち回りにする」


「明日以降、町全体で候補を出す」


外の扉がまた叩かれる。


まとめ役が扉を開け、外へ出た。


広場には人が集まり、顔は怒りで赤い。


だが――

まとめ役の男の背後に、六人が並んで立つ。


その中に、最近側の代表もいる。


その光景が、外の怒りを一瞬だけ止めた。


「……決めた!」


まとめ役が叫ぶ。


「順番を貼る!」


「確認役を立てる!」


「今日からだ!」


誰かが叫ぶ。


「よそ者はどうする!」


古参の男が口を開きかける。


その瞬間――


最近側の男代表が、一歩前へ出た。


「俺は、確認役をやる」


「逃げない」


「順番を守る」


「守らせるんじゃない、守る」


言葉が、広場に落ちる。


人々がざわめく。


古参側の女代表も続いた。


「私もやる」


「順番を守る」


「守れない日が来たら、また集まる」


怒りが、完全には消えない。


だが、矛先が少しだけ変わる。


殴る先がなくなる。


(……ほどけた、わけじゃない)


(だが、切れなかった)


悠一は、ゆっくり息を吐いた。


不屈三牙が戻ってくる。


ミロが小声で言う。


「……俺たち、また余計なことしたか?」


悠一は首を振る。


「必要なことだ」


ニィは、広場の人波を見て呟いた。


「……ラグスの糸は、見えない」


悠一は答えた。


「見えないから厄介だ」


「でも」


悠一は肩口のツムギを感じる。

ツムギは揺れない。

介入はない。


(……間に合った)


悠一は続けた。


「見えない糸は、言葉でほどける」


完全ではない。

だが、今日の最悪は避けた。


その時、悠一の背中に冷たい気配が触れた。


“置かれた糸”の感触。


ラグスは姿を見せない。

だが、確かにそこにいる。


(……観測してる)


悠一は振り返らない。


ラグスに言葉を投げれば、また絡む。

今は、町の言葉を優先する。


広場の片隅で、古参の男がまだ不満そうに唇を歪めている。

最近側の男代表も、震える拳を握っている。


正義と正義は、簡単には混ざらない。


(……次はここを刺される)


悠一は確信した。


ラグスは“成功”を嫌う。

成功の形を見せれば、人は真似をする。


今日の“二人体制”の成功を、明日、悪用してくる。


――互いの言葉を「嘘だ」と言わせる形で。


悠一は糸を軽く握り直した。


赤も青も使える。

だが、ここで使えば壊れる。


(……切らない)


(ほどく)


そして今度は、自分だけではない。


ほどく手が増えた。

だからこそ、絡ませる者はもっと巧妙になる。


悠一は静かに、次の結び目を見据えた。


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