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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第六十三話 置かれた糸は、誰の意思か


森を抜けた頃には、日が傾いていた。


夕暮れの光は、すべてを平等に染める。

血も、泥も、汗も、同じ色に。


それがかえって、現実をぼやかす。


悠一は森を出てすぐ、足を止めた。

不屈三牙と、人質だった女――今はもう“助かった村人”を先に行かせる。


「村は、あっちだ」


ミロが言う。


「俺たちが送る」


「……頼む」


悠一は短く答えた。


ニィが、すれ違いざまに一言だけ残す。


「……逃げた二人」


「追うなとは言われた」


「だが、覚えておく」


悠一は頷いた。


「それでいい」


ガルが、少しだけ笑った。


「次は、もう少し役に立つ」


「もう十分だ」


悠一はそう返し、彼らを見送った。


森の出口に立ち尽くし、

一人になった瞬間――


どっと疲れが押し寄せる。


膝に手をつき、深く息を吐く。


(……絡まってる)


糸だけじゃない。

状況も、人も、考えも。


切れば楽だ。

だが切らないと決めた以上、

ほどくには“理解”が必要だ。


悠一は、森の奥を振り返った。


逃げた盗賊が消えた方向。


(……あいつらは、駒だ)


ただの盗賊じゃない。

だが、黒幕でもない。


――使われている側。


「……出てきてもいい」


悠一は、声を出した。


答えはない。


だが、

**気配だけが“置かれたまま”**だ。


ラグスか?

それとも、別の影か?


悠一は糸を一本、地面に落とした。


無色の糸。


引き寄せもしない。

縁も結ばない。


ただ、置く。


すると――

空気が、わずかに揺れた。


誰かが、そこに“立った”気配。


「……やはり、分かるのね」


女の声。


悠一は振り向いた。


ラグスだった。


いつもの外套。

いつもの距離。


だが、今日は少しだけ近い。


「……置いていったな」


悠一は言う。


「盗賊の背後に、糸を」


ラグスは否定しない。


「置いたわ」


「導いた?」


「選択肢を増やした」


悠一は、眉をひそめた。


「……あいつらに、罠の張り方を教えたのか」


「教えてはいない」


ラグスは静かに言う。


「“うまくいった時の形”を、見せただけ」


「……それを教えるって言うんだ」


「違う」


ラグスは首を振る。


「人は、答えを与えられるより」


「成功体験を見せられた方が、真似をする」


悠一は、言葉を失った。


(……厄介すぎる)


「……つまり」


悠一は整理する。


「昨日の撤収」


「今日の罠」


「人質」


「全部、あいつらが“自分で考えた”と思わせている」


「そう」


ラグスは即答した。


「私は、彼らの選択を奪っていない」


「彼らは、自分で選んだ」


悠一の胸に、重いものが落ちる。


「……それは、言い逃れだ」


「そうかしら」


ラグスは、少しだけ首を傾けた。


「あなたは、赤を使えば相手の未来を変えられる」


「だが使わなかった」


「なぜ?」


「……奪うからだ」


悠一は答える。


「選択を」


「同じよ」


ラグスは言う。


「私は、選択を奪っていない」


「可能性を並べただけ」


「……それで人が死ぬ」


「死ななかった」


ラグスの声は、冷静だ。


「今日、誰も死んでいない」


「……次は分からない」


「次も、分からない」


ラグスは言う。


「世界は常に、分からない」


「だから私は、選ばせ続ける」


悠一は、拳を握った。


「……選ばせるって言葉を、都合よく使うな」


「都合?」


ラグスは一歩、近づいた。


「あなたも選ばせている」


「町で」


「森で」


「火事で」


「全員を救えない状況で」


「あなたは、優先順位を作った」


「それは、選ばせているのと同じ」


悠一は、反論できなかった。


(……確かに)


「違いは一つだけ」


ラグスが続ける。


「あなたは、選んだ“結果”を背負う」


「私は、背負わない」


「……そこが、一番の違いだ」


「そう」


ラグスは頷く。


「私は、観測者に近い」


「だが、完全な観測者ではない」


「……介入してる」


「ええ」


ラグスは認めた。


「あなたが現れたから」


その言葉に、悠一は目を見開いた。


「……俺?」


「あなたは、例外」


ラグスは言う。


「縁を結び、強くし、なお切らない」


「普通なら、赤に酔う」


「青で支配する」


「だが、あなたは使わない」


「……使えるのに」


「……怖いからだ」


悠一は呟いた。


「間違えるのが」


ラグスは、微かに笑った。


「間違え続けているのは、世界よ」


「あなた一人じゃない」


「……だからって、煽るな」


「煽っているわけじゃない」


ラグスは、森を振り返る。


「私は、“糸がどう絡むか”を見ているだけ」


「あなたが、ほどこうとするか」


「切るか」


「それとも、絡まって沈むか」


悠一は、静かに問う。


「……俺が沈んだら?」


ラグスは、即答しなかった。


ほんの一瞬、

迷いが見えた。


「……次の糸を探す」


その答えに、悠一は息を吐いた。


「……冷たいな」


「そう?」


ラグスは首を傾ける。


「あなたは、私を冷たいと思う?」


「……思う」


「でも」


悠一は続ける。


「理解はできる」


ラグスの目が、僅かに揺れた。


「……それは、予想外」


「俺もだ」


悠一は苦笑した。


「だが、理解できるからって、同意はしない」


「知っている」


ラグスは言う。


「あなたは、私の側には来ない」


「……誘ってたのか」


「確認していただけ」


悠一は、糸を一本取り出した。


無色。


「……置かれた糸」


「今日の盗賊」


「不屈三牙」


「全部、あんたの実験台か」


「実験?」


ラグスは少し考える。


「……観測、と言ってほしい」


「同じだ」


「違う」


ラグスは否定した。


「実験は、結果を欲しがる」


「私は、変化の過程を見る」


その言葉に、悠一は苦く笑った。


「……プロセス重視か」


「ええ」


「それ、俺と似てるな」


ラグスは、少しだけ黙った。


似ている。

それが一番、彼女にとって厄介なのだろう。


「……次は?」


悠一が問う。


ラグスは、背を向けた。


「次は」


「もっと絡ませる」


「人と人を」


「正義と正義を」


「あなたが、どこまで切らずにいられるか」


「……やめない」


悠一は言う。


「俺は、ほどく」


「知っている」


ラグスは振り返らない。


「だから、面白い」


その言葉を残し、

彼女は森の影に溶けた。


気配が消える。


音が戻る。


鳥の声、風の音。


世界は何事もなかったように動き出す。


悠一は、しばらく立ち尽くしていた。


(……置かれた糸)


(……使われた盗賊)


(……それでも、自分で選んだ)


選ばせる。

選ぶ。


その境界は、想像以上に曖昧だ。


悠一は糸を巻き直す。


無色の糸。

細い糸。


だが、確実に強くなっている。


(……俺は)


(切らない)


(だが、放ってもおかない)


ほどくためには、

もっと人を知る必要がある。


もっと関わる必要がある。


それは、危険だ。


絡まる。


それでも――


悠一は、歩き出した。


森を背に。


次に待つのは、

人が人を縛る場所。


そしてそこには、

不屈三牙も、エルドも、

そして――ラグスの“次の糸”もある。


結び目は、さらに増える。


だが、

ほどく意思は、まだ折れていない。


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