表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/101

第五十七話 残ったものの重さ


橋を渡りきったあとも、

町の空気はすぐには戻らなかった。


人々は歩いている。

荷は運ばれ、商いは続く。


だが、声が低い。

視線が多い。


「……あの橋、通るのやめようか」


「いや、もう大丈夫らしい」


「糸の人がいたんだろ?」


名前は、まだない。

だが、存在だけが、先に広がっていた。


悠一は、町外れの宿で水を飲んでいた。

喉は渇いているのに、味が薄い。


(……残ったな)


体ではない。

心でもない。


空気だ。


ツムギは、肩口で静かだ。

揺れもしない。


(……余計なことは、していない)


そう言い聞かせる。


だが、

何も残らないはずがないとも分かっている。



昼過ぎ。


宿の主人が、声を潜めて話しかけてきた。


「……あんた、橋にいた人だろ」


否定も肯定もしない。

悠一は、黙って頷いた。


「怪我人が出なかったのは、助かった」


「だが……」


主人は、言葉を探す。


「次も、あんたが来るとは限らない」


その通りだった。


「……だから」


「町で、話し合いが始まった」


悠一は、顔を上げる。


「橋の警備をどうするか」


「人が多い時間帯はどうするか」


「……今まで、考えてなかったことだ」


(……考えさせてしまった)


それは、良いことか。

悪いことか。


「……あんたが、正しいとは言わない」


主人は続ける。


「だが、何も起きなかった」


「それは、事実だ」


悠一は、頭を下げた。


それ以上の言葉は、出なかった。



町を出る前。


橋のたもとで、足を止める。


事件の痕跡は、もうない。

剣の跡も、糸の名残も。


(……消えるのは、早い)


だが、

人の記憶は、そう簡単には消えない。


母親と子どもが、橋を渡ってくる。


子どもは、足取りが遅い。

怖がっている。


母親が、悠一に気づいた。


一瞬、迷い――

そして、深く頭を下げた。


「……ありがとうございました」


声は、小さい。

だが、確かだ。


悠一は、何も言えなかった。


返せる言葉が、見つからない。


子どもが、ちらりとこちらを見る。


怯えは、もうない。


(……それで、いい)


それだけを思う。



町外れ。


街道に出ると、風が変わった。


人の匂いが薄れ、

空が広くなる。


悠一は、歩きながら糸を確かめる。


無色。

細い。


太さも、色も変わらない。


(……強くなった、か?)


答えは、出ない。


だが――

迷い方は、変わった。


ツムギが、ほんのわずかに揺れた。


介入ではない。

同意でもない。


ただ、

記録。


(……これも、縁か)


悠一は、歩く。


町は、少しだけ変わった。

人も、少しだけ考えるようになった。


それが、良いか悪いかは、分からない。


だが――

起きてしまった以上、引き受けるしかない。


遠くで、鐘が鳴る。


日常が、戻っていく音だ。


悠一は、振り返らない。


次に待つのは、

もっと狭い選択肢かもしれない。


それでも――

歩くことだけは、やめなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ