第五十三話 見せてしまった背中
夕方の街道は、静かだった。
昼の喧騒が嘘のように、人の往来が途切れている。
日が傾き、影が長く伸びる。
悠一は、歩きながら空を見上げた。
(……今日は、何も起きないといいな)
そう思った瞬間ほど、
物事は裏切ってくる。
「――動くな!」
怒鳴り声。
悠一は、即座に足を止めた。
声の方向。
古い倉庫の裏手。
(……嫌な予感しかしない)
ツムギは、揺れない。
感知はしているが、警告ではない。
(……様子を見る)
悠一は、物陰からそっと覗いた。
⸻
そこには、三人いた。
――不屈三牙。
ミロが前に出ている。
ガルは半歩後ろ。
ニィは、少し離れた位置で周囲を見ている。
(……あいつらか)
相手は、男が一人。
刃物を持ち、背後には荷袋。
盗賊。
だが、動きが雑だ。
追い詰められている。
「来るな!」
男が叫ぶ。
刃は、誰にも向いていない。
だが、震えている。
(……人質はいない)
(……だが、状況は近い)
悠一は、すぐに理解した。
これは――
第52話の“練習の続き”だ。
⸻
「ミロ、待て!」
ニィの声。
「……今だ!」
ミロは、止まらなかった。
前に出る。
速い。
だが、僅かに焦っている。
ガルが、反射的に動く。
「俺が――」
「動くな!」
ニィが叫ぶ。
だが――
遅い。
三人の動きが、噛み合わない。
盗賊が、一歩引く。
「来るなって言ってんだ!」
刃が、無駄に振られる。
(……まずい)
悠一は、判断した。
(……このまま行けば、怪我人が出る)
糸に、指を掛ける。
色は変えない。
太さも、変えない。
(……出るか、出ないか)
一瞬の迷い。
その迷いを――
不屈三牙が、埋めた。
⸻
「……止まれ!」
ミロが、声を張った。
自分でも驚いたような声。
ガルが、止まる。
ニィも、動かない。
盗賊が、戸惑う。
その一瞬の“止まり”。
悠一は、そこを使った。
糸が、伸びる。
細いまま。
無色のまま。
盗賊の足元、
一瞬だけ、絡める。
引かない。
倒さない。
ただ、踏み込みを奪う。
「――っ!?」
盗賊が、体勢を崩す。
その瞬間。
ガルが、刃を叩き落とした。
ミロが、距離を詰める。
ニィが、後方を制圧する。
一連の動きは、
誰が指示したわけでもない。
だが――
結果として、噛み合った。
⸻
静寂。
盗賊は、地面に座り込んでいる。
刃は、遠くに転がっている。
「……終わった?」
ガルが、息を切らしながら言う。
「……終わったな」
ミロが、肩を落とした。
ニィは、周囲を確認してから、ようやく息を吐く。
「……今の」
「俺、止まれって言ったな」
ミロが、呟く。
「言ったな」
ガルが頷く。
「判断、間に合った」
ニィが、短く言う。
その時――
ミロが、気づいた。
「……おい」
「後ろ」
三人が、同時に振り返る。
そこに――
悠一が立っていた。
⸻
「……見てたのか」
ミロの声が、少し硬い。
「偶然だ」
悠一は、そう答えた。
嘘ではない。
「……助けたよな?」
ガルが、直球で聞く。
悠一は、少し考えてから答えた。
「……助けたのは、一瞬だ」
「ほとんどは、君たちだ」
ニィが、目を細める。
「……糸」
「見えた」
「一瞬だけ」
悠一は、否定しない。
「……使った」
「だが、主役じゃない」
ミロが、苦笑した。
「……あんたらしいな」
「教えない」
「でも、見せる」
悠一は、肩をすくめる。
「……偶然だ」
その言葉に、三人は笑った。
「偶然にしては、出来すぎだろ」
ガルが言う。
⸻
しばらくして。
盗賊は、縛られ、町へ引き渡された。
悠一は、先に歩き出す。
ツムギは、静かだ。
介入はない。
(……俺は、何も教えてない)
(……だが)
背後で、声がした。
「……なあ」
ミロだ。
「次も」
「また、見せてくれ」
悠一は、振り返らない。
「……約束はしない」
「俺は、旅人だ」
「それでいい」
ミロは、そう言った。
「俺たちは、追いかけるだけだ」
悠一は、歩き出す。
糸は、無色のまま。
太くも、細くもない。
だが――
確かに、一本の縁が、結ばれた。
それは、縛るためじゃない。
追いかけるための、
細くて、強い糸だった。




