表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/31

第五話 勝たないという選択


道は、緩やかに下っていた。


森を抜けた先に続くそれは、踏み固められた土と、ところどころに残る轍の跡が混じったものだった。人が定期的に使っているのは間違いない。荷車か、家畜か、あるいはその両方だろう。


悠一は歩きながら、周囲に視線を配った。

第四話で遭遇した盗賊たちの姿は、もう見えない。


――逃げた、か。


彼らが撤退した理由は、はっきりしている。

“分からなかった”からだ。


見えない罠。正体不明の干渉。

剣を振るう相手がいない状況で、人は恐怖より先に不安を覚える。


悠一はそれを、狙った。


「……うまくいった、けど」


胸の奥に、わずかな違和感が残る。


勝ったわけではない。

追い払っただけだ。


それでいいのか、と自問する。

だが、すぐに別の問いが浮かぶ。


――勝つって、何だ。


倒すことか。

屈服させることか。

逃げさせることか。


悠一は答えを出さない。

結論を急がない癖は、こんな時にも顔を出す。


「生き延びたなら……それで、いいか」


独り言は、風に溶けた。



道の先に、さらに人の痕跡が増えてきた。


踏み跡は深くなり、草が押し分けられ、道の脇には折れた枝や、捨てられた布切れのようなものが落ちている。旅人のものか、盗賊のものかは分からない。


悠一は足を止め、糸を伸ばした。


地面をなぞるように、糸を這わせる。

踏まれた跡の端、わずかに盛り上がった土、草の影。


「……ここも、通るな」


罠というほどではない。

だが、動線は見える。


人は、無意識に“歩きやすいところ”を選ぶ。

それは、どの世界でも変わらない。


悠一は、道の両脇に糸を張った。

足首の高さ。見えない線。


逃げ道は一つだけ残す。

第四話と同じ配置だ。


「……来るなら、こっちだ」


そう思った瞬間だった。


草を踏む音。

今度は、はっきりと複数。


悠一はすぐに道を外れ、低い岩の影に身を伏せた。

呼吸を整え、糸の感触に集中する。


現れたのは、やはり三人。


先ほどの盗賊と、同じ連中だろう。

装備も、話し方も変わらない。


「さっきの場所、やっぱ変だ」

「罠師か?」

「いや……誰も見えなかったぞ」


彼らは、周囲を警戒しながら歩いてくる。

先ほどより慎重だ。学習している。


「……成長、早いな」


悠一は心の中で呟いた。

同時に、背筋が引き締まる。


相手が学ぶなら、自分も考えなければならない。


盗賊の一人が、足を踏み出す。

糸に触れる。


「……っ!」


反応は早い。

すぐに足を引き、周囲を睨む。


「やっぱり罠だ!」

「どこだ、見えねぇぞ!」


悠一は、糸を引かない。

今回は、ほどかない。


代わりに、もう一本を重ねる。

同じ場所ではない。半歩ずらした位置。


盗賊が慎重に動く。

一歩、避ける。だが――次の一歩で、別の糸に触れる。


「クソッ!」


混乱が、少しずつ広がる。


だが、今回は違った。


「……囲め」


低い声がした。


三人のうちの一人が、指示を出す。

声に、焦りは少ない。


二人が左右に広がり、茂みに目を向ける。


――まずい。


悠一は即座に判断した。


このままでは、位置を特定される。

糸の数も、無限ではない。


「……撤退だ」


糸を一気にほどく。

線が消え、盗賊たちの足元が軽くなる。


同時に、悠一は森側へ走った。


草を蹴り、枝を避け、糸で進路を誘導する。

後ろから怒号が聞こえるが、追撃はない。


「……深追いは、しないか」


盗賊たちは、道に戻っていく。

彼らもまた、“勝ち”を取りに来ていない。


悠一は、息を切らしながら立ち止まった。



静かな場所で、ようやく腰を下ろす。


「……二度目は、通じにくいな」


同じ手は、二度は使えない。

だが、それでいい。


この世界は、静止していない。

敵も、学ぶ。


なら、自分も――


悠一は糸を見つめる。

指に絡め、結び目を確かめる。


糸は、わずかに増えていた。

ほんの、ほんの少し。


「……勝たなかったのに」


不思議と、納得できた。


倒さなくてもいい。

屈服させなくてもいい。


“関わった”ことそのものが、何かを結んでいる。


「……これでいい」


自分に言い聞かせるように呟く。


勝たないという選択。

逃げるという判断。

それを、恥だとは思わなかった。


生き延びるために、考え続ける。

糸を切らず、結びながら。


悠一は立ち上がり、再び歩き出す。


この先には、人の集まる場所があるはずだ。

町か、村か、それは分からない。


だが――

糸はまだ、手の中にある。


それだけで、進む理由には十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ