第四十八話 細いままでは、足りなかった
町に入った瞬間、空気が変わった。
人の数が多い。
声も、視線も、動線も多い。
(……判断が遅れる場所だ)
悠一は、歩きながら即座に理解した。
露店が並ぶ通り。
荷車がすれ違い、子どもが走る。
静かな戦場。
ツムギは、揺れない。
感知はしているが、
警告ではない。
(……まだだ)
⸻
騒ぎは、唐突に起きた。
「おい! 止まれ!」
怒声。
人の悲鳴。
通りの奥で、男が一人、袋を抱えて走っていた。
「盗賊だ!」
「捕まえろ!」
人が散る。
道が乱れる。
(……人混み)
悠一は、即座に動いた。
走らない。
追わない。
糸に触れる。
無色。
細い。
(……細いままだと、切れる)
判断は、早かった。
悠一は糸を“引かなかった”。
太さを、変える。
一瞬、感覚がずれる。
糸が――
縄ほどの太さになる。
色は、変わらない。
無色のまま。
「……っ」
盗賊が、角を曲がる。
悠一は、糸を投げない。
置く。
足元の路地と路地の間に、
縄の糸を低く張る。
(……高さ、膝)
(……これ以上は、危険)
次の瞬間――
盗賊が、引っかかった。
転ばない。
だが、体勢が崩れる。
「なっ――」
悠一は、もう一本。
今度は、細い糸。
手首に絡める。
縛らない。
締めない。
ただ、動線を奪う。
盗賊は、その場に膝をついた。
⸻
一瞬の静寂。
「……終わった?」
「え、今の何?」
「魔法……じゃない?」
ざわめきが広がる。
悠一は、すでに糸を解いていた。
縄は、細い糸に戻る。
何事もなかったかのように。
盗賊は、抵抗しない。
(……折れてるな)
悠一は、糸を張らない。
結ばない。
「……捕まえろ」
周囲の大人たちが動く。
悠一は、一歩引いた。
⸻
路地の陰。
悠一は、息を整える。
(……できた)
想定していたことが、
現象として起きた。
「……細い糸じゃ、足りない時がある」
ツムギが、わずかに揺れた。
肯定でも、驚きでもない。
ただ、
記録するような揺れ。
「……でも」
悠一は、糸を見る。
無色。
細い。
「太くすればいい、って話でもない」
縄は、便利だ。
だが、人混みでは危険になる。
綱なら――
論外だ。
(……選ぶのは、俺)
太さは、力じゃない。
判断だ。
⸻
町を出る頃、噂がすでに走り始めていた。
「糸が、太くなった」
「縄みたいだった」
「縛らずに、止めたらしい」
悠一は、聞こえないふりをして歩く。
ツムギは、静かだ。
介入はない。
(……遅れていない)
判断は、間に合った。
「……次は、もっと難しいだろうな」
糸に触れる。
まだ、真化ではない。
だが――
糸は、もう“細いだけの存在”ではなくなった。
悠一は、歩き続ける。
世界は、確実に変わり始めている。




