第四十七話 遅れを、縫い直す
朝は、少し遅れて始まった。
焚き火はすでに消え、灰も冷えている。
悠一は座ったまま、しばらく動かなかった。
(……昨日の、あれ)
思い返す。
判断が半拍遅れた。
結果、ツムギが動いた。
助かった。
だが――
「……それは、俺の仕事だ」
誰に言うでもなく、呟く。
ツムギは肩口で揺れない。
反省も、同意も、ない。
それが逆に、重かった。
⸻
歩き出してからも、悠一は考え続けていた。
「判断が遅れた理由は何だ?」
力が足りなかったわけじゃない。
糸の操作も、感知も、できていた。
(……選ぼうとした)
最適を。
より良い結び方を。
「それで、遅れた」
糸を使う時、
悠一は常に“結果”を考えてしまう。
結んだ先で、どうなるか。
逃げ道はあるか。
相手は立ち直れるか。
(……戦場では、贅沢だ)
歩きながら、糸を一本取り出す。
細い。
いつもの、無色の糸。
「……太さを変えられるなら」
まだ真化前だが、
想定はできる。
糸を指に絡め、
もし“縄”だったら、と考える。
(……縛れる)
(……だが、縛らない)
次に、“綱”だったら。
(……止められる)
(……止めるだけで、いい)
「……選択肢を、先に用意する」
その瞬間になって考えるから、遅れる。
なら――
事前に、決めておく。
⸻
昼前、小さな空き地に出た。
人はいない。
見られてもいない。
悠一は、立ち止まる。
「……少し付き合え」
ツムギに言う。
返事はないが、
糸が、ほんのわずかに張った。
「想定だ」
悠一は、地面に石を三つ置いた。
一つ目。
正面。
二つ目。
側面。
三つ目。
背後。
「……来るとしたら、どれだ」
ツムギは、揺れない。
悠一は苦笑した。
「だよな。決めるのは俺だ」
糸を指で走らせる。
赤くしない。
青くもしない。
無色のまま、
距離と角度だけを測る。
(……正面は、引き寄せ)
(……側面は、間合いを潰す)
(……背後は、結ばない。逃げる)
「……よし」
声に出す。
それだけで、少し楽になった。
⸻
歩きながら、ふと思う。
「……あいつは」
ラグス。
彼女は、迷わない。
結ばない。
選ばせる。
(……強いな)
だが――
同時に、脆いとも思った。
(……一人で決めすぎだ)
悠一は、ツムギを見る。
「……俺は、一人じゃない」
ツムギが、ほんの少し揺れた。
肯定ではない。
だが、否定でもない。
「……判断は俺がする」
「だが、遅れたら……その時は」
最後までは言わなかった。
言わなくても、
線引きはできた。
⸻
夕方。
街道の先に、遠く町が見える。
(……次は、人が多い)
(……迷ってる暇はない)
悠一は、深く息を吸った。
糸に触れる。
色は変わらない。
太さも変わらない。
だが――
意識だけが、変わった。
(……次は、遅れない)
選ぶのは、俺だ。
助けられる前に、
結ぶ。
ツムギが、静かに揺れた。
それは、同意でも忠告でもない。
ただ、
準備が整ったという合図だった。
悠一は、歩き出す。
次に来る時は、
もう“測られる側”ではない。




