第四十五話 同じ場所、違う結び方
街道から外れた先に、小さな集落があった。
規模は小さい。
畑と家屋が寄り添うだけの、通り道にもならない場所だ。
それでも人はいる。
暮らしがある。
「……嫌な空気だな」
悠一は、集落の入り口で足を止めた。
騒ぎはない。
叫び声もない。
だが、
妙に静かすぎる。
ツムギが、肩口でわずかに揺れた。
介入ではない。
警告でもない。
(……もう起きてる、か)
悠一は、糸に指を掛けたまま歩き出す。
⸻
集落の中央。
井戸のそばで、数人の村人が固まっていた。
顔色が悪い。
声を潜めている。
「……どうした?」
悠一が声を掛けると、
一人の男が、びくりと肩を跳ねさせた。
「あ、あんた……旅の人か」
「通りがかっただけだ」
「……それなら、関わらない方がいい」
そう言いながらも、
男の視線は、助けを求めていた。
「昨日からだ」
別の村人が言う。
「夜になると、誰かが家に入ってくる」
「物は取られない」
「金も、食い物も無事だ」
「……だが」
声が、震える。
「必ず、何かが結ばれている」
悠一は、眉をひそめた。
「結ばれている?」
案内された家の中。
扉の内側。
棚の脚。
寝台の柱。
――細い糸。
無色。
だが、確かに“意思”を持って張られている。
(……俺のじゃない)
(……縛るための糸でもない)
ツムギが、ぴくりと反応する。
(……似ているが、違う)
「脅し、か?」
「分からない」
村人は首を振る。
「何も取らない」
「何も壊さない」
「ただ……見られている気がする」
悠一は、糸を一本、指で弾いた。
音はしない。
だが、
不快な張りが残る。
(……縁を、結んでる)
(……だが、固定しない)
その瞬間、悠一は理解した。
(……俺とは逆だ)
⸻
夜。
悠一は、あえて野営せず、
村の外れに腰を下ろした。
隠れない。
張り巡らせない。
見られる前提で、待つ。
ツムギは、膝の上で静かだ。
「……来るなら、来い」
小さく呟く。
しばらくして――
空気が、変わった。
音が消える。
風が、止まる。
闇の中、
誰かが立っている。
姿は、はっきり見えない。
だが――
糸の感触が、違う。
「……村人を縛るつもりはない」
女の声。
低く、冷たい。
「ただ、気づかせているだけ」
(……女)
(……あいつだな)
悠一は、立ち上がらない。
「気づかせる、って?」
「選ばせる」
闇の向こうの声が言う。
「守られるか」
「壊れるか」
「自分で、決めさせる」
悠一は、糸に触れた。
無色。
だが、張らない。
「……それで、村は壊れるかもしれない」
「壊れないかもしれない」
即答だった。
「だから、選択だ」
ツムギが、わずかに揺れる。
(……思想が違う)
悠一は、はっきりと感じた。
「俺は、縁を結ぶ」
「逃げ道も、残す」
闇の向こうで、微かに笑う気配。
「優しいのね」
「甘いとも言う」
「……嫌いじゃないわ」
次の瞬間、
気配が、消えた。
糸の感触も、同時に消える。
村に張られていた糸は、
いつの間にか、すべて解けていた。
⸻
翌朝。
村人たちは、何も知らない。
ただ、
「よく眠れた」
それだけを口にした。
悠一は、集落を離れる。
(……交わらないが、近い)
(……次は、正面だな)
ツムギが、静かに揺れた。
介入は、ない。
だが――
世界が、別の結び方を提示してきた。
悠一は、歩き続ける。
同じ世界。
同じ糸。
だが――
結び方は、一つじゃない。




