第三十七話 結ばなかった縁
街道を離れ、低い丘を越えた先に、小さな村があった。
柵はあるが、簡素だ。
見張りもいない。
(……守る力が足りてない)
悠一は、そう判断した。
だが、村は静かだった。
悲鳴も、争う気配もない。
「旅の人か?」
声をかけてきたのは、年配の男だった。
農具を肩に担ぎ、こちらを警戒している。
「通りすがりです」
悠一は、正直に答えた。
男は少し迷った後、村の中へ案内した。
⸻
村の中央。
数人が集まっている。
空気が、張っていた。
「……昨夜も、だ」
若い男が言う。
「盗賊だよ。姿は見せないが、畑を荒らしていく」
「追えば逃げる。だが、必ず戻ってくる」
悠一は、話を聞きながら周囲を見る。
恐怖。
怒り。
疲労。
(……縁が、見える)
真化してから、分かるようになった。
人と人の間に、
薄く、無数の糸がある。
絡まり、解けかけ、
切れそうなものもある。
(……赤を使えば)
盗賊の“次の動き”を、
縁として結び直せる。
逃げる未来を、
来ない未来に変えることができる。
(……できる)
それは、確信だった。
だが――
悠一は、動かなかった。
「……俺が見回ります」
そう言った。
村人たちは、驚いた顔をする。
「一人でか?」
「危ないぞ」
「分かってます」
悠一は、糸を指で軽く弾いた。
「でも、追い払うくらいなら、できます」
嘘ではない。
だが、全力でもない。
⸻
夜。
畑の端で、悠一は息を潜めていた。
月は、雲に隠れている。
(……来る)
気配が、二つ。
盗賊だ。
慎重だが、慣れている。
(……今なら)
赤を使えば、
彼らは必ず、こちらへ来る。
逃げる未来を、結び直せる。
(……簡単だ)
だが、その「簡単さ」が、
胸に引っかかった。
(……それは、選ばせないってことだ)
相手の未来を、
こちらの都合で縛る。
それは――
戦いじゃない。
悠一は、青を使った。
糸が淡く青く染まり、
一人の盗賊が、想定より前に出る。
「……?」
距離が、ずれた。
悠一は姿を見せ、
糸を地面に張る。
「ここまでだ」
盗賊は舌打ちし、退く。
もう一人も、すぐに後退する。
逃げる。
想定通りだ。
(……結ばなかった)
胸の奥が、少し痛んだ。
(……これで、いい)
盗賊たちは去った。
だが、
完全な解決ではない。
⸻
翌朝。
村人たちは礼を言った。
「助かった」
「しばらくは来ないだろう」
悠一は、頷くだけだった。
(……“しばらく”だ)
赤を使えば、
“二度と”にできた。
それでも――
使わなかった。
丘を越え、村を離れる。
ツムギは、肩口にある。
揺れない。
「……なあ」
悠一は、歩きながら呟く。
「俺、間違ってないよな」
答えはない。
だが、
介入もない。
それが、答えだった。
(……結ばなかった縁も、縁だ)
選ばなかったこと。
縛らなかったこと。
それもまた、
紡いだ結果なのだと――
そう、思えた。
悠一は、前を見る。
赤い糸は、まだ使わない。
使う日が来るとしたら――
それは、
相手が選ぶ未来を、守るためだ。




