表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/52

第三十四話 それでも、手が届かなかった


街道は、森に飲み込まれ始めていた。


道幅が狭くなり、木々の影が地面に縞を描く。

視界はある。だが、逃げ道は減る。


(……ここからが、本番だな)


悠一は歩幅を落とし、呼吸を整えた。


昨日の戦いが、頭に残っている。

遅れてはいない。

それでも、勝てなかった。


(……足りない)


それを自覚したまま進むのは、正直、怖い。


だが――

引き返す理由にはならない。


糸は肩口。

静かだ。


(……今日は、来る)


根拠はない。

だが、確信に近い感覚があった。



違和感は、音より先に来た。


空気が、張る。


「……」


悠一は止まらない。

止まる前に、糸を張る。


無色。

糸のまま。


一本。

さらに一本。


地面と、腰の高さ。


視界の端で、影が動く。


今度は、二体。


獣だ。

昨日より、さらに体格がいい。


(……連携は、ない)


だが、挟まれる位置だ。


(……判断、早く)


悠一は、左へ踏み出す。


糸を一本切り、進路を変える。


右の獣が動く。


速い。


(……っ)


悠一は、間に合う。


糸を張り直し、踏み込みを逸らす。


左の獣が、同時に動いた。


「……!」


二体同時。

想定していた。

だが――


距離が、想定より近い。


(……狭い)


森の中。

逃げ場が、少ない。


悠一は、下がらない。


前に出る。


糸を地面に集中させ、

片方の動きを封じに行く。


――間に合った。


だが、その瞬間。


もう一体が、踏み込む。


(……くそ)


悠一は、横に跳ぶ。


だが、地面の根に足を取られた。


体勢が、崩れる。


(……遅れてない)


判断は、間に合っている。


だが――

手が、足りない。


糸は一本。

張れる数に、限界がある。


獣の牙が、迫る。


悠一は、歯を食いしばる。


(……まだだ)


糸を見る。


動かない。


――当然だ。


遅れていない。


だから、介入はない。


(……わかってる)


だが、

それでも――


届かない。


悠一は、体を捻り、転がる。


肩を、地面に打つ。


痛みが走る。


獣は、止まらない。


(……ここまで、か)


その瞬間、

悠一の頭に浮かんだのは――恐怖ではなかった。


(……足りない)


ただ、それだけだった。


「……っ」


声が、零れた。


誰に向けたものでもない。


だが――

確かに、呼びかけだった。


「……一緒に、考えてくれ」


言葉が、先に出た。


名前は、まだない。


だが、

それは“独り言”じゃなかった。


獣が、踏み込む。


悠一は、最後の糸を張る。


避けるためではない。

時間を、稼ぐため。


獣の動きが、わずかに鈍る。


――それで、十分だった。


悠一は、地面を蹴り、

森の奥へ転がり込む。


枝が、肌を裂く。


息が、乱れる。


獣の追撃は、なかった。


縄張りの境界。

それ以上は来ない。



しばらく、動けなかった。


息を整え、

痛みを確認する。


致命傷は、ない。


だが――

完全な勝利でも、ない。


「……はは」


乾いた笑いが漏れる。


「……遅れてないのに、これか」


糸を見る。


静かだ。


動かなかった。

それでいい。


それでも――


「……それでも、足りないんだ」


言葉にすると、重い。


だが、逃げない。


「……だから」


悠一は、糸を指でつまむ。


「……頼む」


それは、命令じゃない。


依存でもない。


「……一緒に、紡ごう」


その言葉が、

胸の奥に、確かに落ちた。


糸が、わずかに揺れた。


――返事ではない。


だが、

拒絶でもなかった。



夜が、近い。


悠一は、体を起こす。


歩き出す。


足取りは、重い。


だが、

視線は、下を向いていない。


(……次だ)


遅れなかった。

それでも足りなかった。


その先に、

答えがある。


まだ、名前は呼ばない。


だが、

呼ぶ準備は、整った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ