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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第二十八話 見てしまったもの


昼の町は、音でできている。


呼び込みの声、硬貨の触れ合う音、荷車の軋み。

人の気配が幾重にも重なり、多少の異変はすぐに飲み込まれる。


だからこそ――

それを見てしまったことが、異常だった。


「……待て」


ミロの声は低く、短かった。


ガルは二歩進んでから振り返る。


「なんだよ、急に」


「今の」


ミロは、言葉を続けなかった。


理由は単純だ。

言語化する前に、確かめる必要があった。


ニィは、すでに足を止めている。


「……見た」


「見たって、何を――」


ガルが言い終える前に、三人の視線が揃った。


露店の端。

布が、風に煽られて大きくめくれ上がった、その瞬間。


糸が、動いた。


それは、速さで言えば一瞬だ。

だが、雑ではない。


・布が持ち上がる

・支点になる場所を選ぶ

・結ぶ

・張力を残す


無駄がない。


誰かが手を出したわけじゃない。

魔法陣も、詠唱もない。


「……糸だな」


ガルが、ぽつりと言った。


「見間違いじゃねぇよな」


ミロは答えない。


代わりに、視線を少しだけ動かす。


その糸の先――

悠一がいた。


距離はある。

数歩では届かない。


悠一は、露店の店主と何か話している。

表情は、いつも通りだ。


困ったようで、

少し申し訳なさそうで、

決して誇ってはいない。


「……あいつ、見てねぇぞ」


ガルが言う。


「糸が動いた瞬間、気づいてない」


ニィが、静かに頷いた。


「視線も、意識も、露店にある」


「つまり――」


ミロは、続きを言わなかった。


言わなくても、二人は理解している。


あれは、悠一の“操作”じゃない。



三人は、自然に歩き出した。


近づきすぎない。

だが、離れもしない。


観察する距離。


糸は、再び動いた。


今度は、子供の足元。


ほどけかけた靴紐を、

結び直す。


子供は転ばない。

母親が気づき、礼を言う。


「ありがとうね」


悠一は、慌てて首を振る。


「いえ、俺じゃ……」


言いかけて、言葉を止める。


糸は、もう動いていない。


「……自覚、ねぇ」


ガルが低く呟く。


「完全に、ねぇ」


「それが、一番おかしい」


ニィの声は、冷静だった。


「糸は、判断してる」


「しかも――」


少し間を置く。


「悠一より、早い」


ミロは、露店の配置、人の流れ、糸の位置を一つずつ記憶する。


(結び方が、軽い)


(締めすぎない)


(ほどける余地を残してる)


(だが、機能は十分)


「……考えられてる」


独り言のように呟く。


「でも、その考えは」


ガルが続ける。


「あいつのじゃない」


三人の間に、沈黙が落ちた。


否定したい。

だが、否定する材料がない。


「……道具じゃねぇな」


ガルが、ようやく言った。


「道具は、こんなことしねぇ」


「命令がないと動かない」


「それに――」


ニィが、視線を細める。


「命令されるのを、避けている」


ミロは、はっとした。


「……確かに」


悠一が糸を使おうとした場面では、

糸は大人しかった。


だが、

使われない時にだけ動く。


「……守ってる、のか?」


ガルの言葉は、確信に近づきかけていた。


「違う」


ニィが、即座に否定する。


「守護じゃない」


「じゃあ何だよ」


「……同行」


その言葉に、ミロが息を詰めた。


「一緒に判断している」


「並んで、選んでいる」


「上下じゃない」


それは、

武器でも、使い魔でもない。


「……厄介だな」


ミロが、率直に言った。


「世界が、扱えない」


ガルは、腕を組んだ。


「だから、あいつは切らねぇ」


「切れねぇ、じゃない」


「切らねぇ、だ」


ニィが、最後に言った。


「選んでる」


「一番、危ない選択を」



悠一は、こちらを見ない。


糸も、もう動かない。


何事もなかったかのように、

町の喧騒がすべてを包み込む。


「……追うか?」


ガルの問い。


ミロは、首を横に振った。


「今は、いい」


「理由は?」


「見たからだ」


ミロは、はっきり言った。


「あれは、もう隠せない」


ニィが、小さく頷く。


「次に会う時」


「同じだと思うな」


不屈三牙は、踵を返す。


結論は出ていない。


だが――

見てしまった事実だけは、消えない。


糸は、確かに動いた。


悠一の意志とは、別の場所で。


そしてそれを、

この町で最初に“理解した”のは、


敵だった者たちだった。


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