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強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


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第二十五話 影は、糸を見る


その場所は、地図には載らない。


街道から外れ、獣道をさらに逸れた先。

石と土がむき出しになった小高い丘の上に、簡素な天幕が張られていた。


夜明け前。


まだ空が青みを帯びる頃、女は一人、焚き火の前に座っていた。


ラグス。


長い髪を無造作に束ね、外套を肩に掛けている。

体つきは細いが、姿勢に無駄がない。

眠っていない目だった。


「……また、結ばれたか」


低く、独り言のように呟く。


彼女の前には、数枚の紙が並んでいる。

どれも町や街道で拾い集めた情報だ。


――倉庫街、被害最小

――糸による拘束

――犯人不明

――“糸の人”の噂


ラグスは、指先で紙を一枚ずつ押さえた。


「偶然じゃない」


それは断定だった。


「人がやったなら、もっと歪む」


結び方。

残し方。

逃がし方。


どれもが、中途半端だ。


「……優しすぎる」


吐き捨てるように言う。


人がやるなら、

恐怖を残す。

見せつける。

支配する。


だが、これは違う。


「止めて、終わり」


ラグスは、焚き火に小枝を放り込んだ。


ぱちり、と火が弾く。


「判断が、軽い」


だが同時に、


「……判断が、早い」


そこに、苛立ちが混じった。



「ラグス」


背後から声。


振り返ると、影の中から男が一人姿を現す。

彼女の部下だ。


「調べは?」


「街の連中は、半信半疑です」


「当然ね」


ラグスは立ち上がり、空を見上げた。


朝焼けが、わずかに差し始めている。


「自警団でもない。

 冒険者でもない。

 盗賊でもない」


「……異端ですか?」


「違う」


ラグスは、即座に否定した。


「異端は、もっと自己主張する」


「これは――」


一拍、間を置く。


「意思が、前に出ていない」


部下は、眉をひそめる。


「……意味が分かりません」


「分からなくていい」


ラグスは、紙束をまとめた。


「分からない者が大半であることが、問題なの」



彼女は、別の紙を取り出す。


そこには、簡単な人物像が書かれていた。


――名:ユウイチ

――単独行動

――糸を使う

――争いを避ける傾向


「……争いを避ける、か」


ラグスは、口元を歪めた。


「それができるのは、余裕がある者だけ」


「余裕がない者は、選べない」


だからこそ。


「選ばない者は、歪む」


彼女は、紙を火にくべた。


文字が、黒く焼けて消える。


「糸を使う男が、問題なんじゃない」


「問題なのは――」


焚き火を見つめながら、続ける。


「糸が、判断している可能性があること」


部下が息を呑んだ。


「……道具が、判断を?」


「可能性の話よ」


「でもね」


ラグスは、静かに笑った。


「私は、可能性を潰す側」



しばらく、沈黙。


風が吹き、外套が揺れる。


「追いますか」


部下の問い。


ラグスは、すぐには答えなかった。


「……まだ」


「直接見るには、早い」


「彼は、自分が見られていることを知らない」


「その方が、いい」


部下は、頷いた。


「では、観測を?」


「ええ」


ラグスは、夜が明けきる空を見上げた。


「彼が何を選び」


「何を使わず」


「何を守ろうとするのか」


「それを、見る」



彼女は、ふと呟いた。


「……制御できないものを、切らない選択」


それは、理解できない。


だが。


「嫌いじゃない」


小さく、そう言った。


すぐに、表情を消す。


「だからこそ」


声に、冷たさが戻る。


「放っておけない」



焚き火を踏み消し、ラグスは歩き出した。


影が、彼女に続く。


街道の先。

糸の男がいる方向へ。


まだ、交わらない。


だが、もう――

見られている。


そのことを、悠一は知らない。


知らないまま、

今日も糸を手に取り、

選択を続けている。


ラグスは、その背を思い描きながら、静かに告げた。


「……糸が判断する世界は」


「長くは、続かない」


その言葉は、

誰に向けたものでもなく。


ただ、

これから始まる対立を、

静かに告げていた。


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