第二十三話 増えたもの
夕暮れの風は、町外れを冷やしていた。
人の気配はある。
だが、目的を持って歩く者は少ない。
不屈三牙は、倉庫街の端に立っていた。
「……ここだな」
ミロが、地面に視線を落とす。
特別な痕跡はない。
血もない。
壊れた物もない。
「被害、最小限」
ガルが、腕を組む。
「荒らされかけた割に、綺麗すぎる」
「荒らす気がなかった」
ニィが、淡々と言った。
「目的は“止める”」
三人は、倉庫の入口を見上げる。
そこには――
すでに解かれた、糸の痕跡。
「……軽い結びだ」
ミロが言う。
「引けば外れる」
「だが、慌ててたら気づかない」
ガルが鼻で笑う。
「らしくねぇな」
「誰が?」
「糸の人だよ」
ミロは、すぐに否定しなかった。
「……確かに、少し違う」
ニィが、しゃがみ込む。
指で、石壁をなぞる。
「判断が、早すぎる」
「早すぎる?」
ガルが首を傾げる。
「悠一なら、もっと迷う」
「止める前に、見る」
「逃げ道を残す前に、考える」
ミロは、黙って頷いた。
「だが、今回は」
「迷いがない」
「……それ、悪いことか?」
ガルの問いに、ニィは即答しない。
「悪くない」
「でも――」
少し間を置いて。
「“らしくない”」
風が吹く。
糸の切れ端が、かすかに揺れた。
「……数は、増えてない」
ミロが言う。
「糸自体は、いつも通りだ」
「じゃあ、何だ」
ガルが苛立ちを隠さずに言う。
ニィは、立ち上がった。
「考える場所が、増えた」
「……場所?」
「糸の“外”」
二人は、黙る。
ニィは続ける。
「悠一の糸は、判断を誘導する」
「でも今回は」
「判断が、先に来てる」
「……本人の判断じゃない?」
ミロが、静かに問い返す。
ニィは、首を横に振った。
「分からない」
「でも――」
一歩、間を置いて。
「“一人分じゃない”」
ガルが、目を細める。
「誰か、いるってことか?」
「いるかもしれない」
「いないかもしれない」
ニィの答えは、曖昧だった。
「確かなのは」
「糸の扱いが、変わったこと」
ミロは、倉庫街を見渡す。
人の気配は、もうない。
「……追うか?」
「今は、追わない」
ニィが即答した。
「正体が分からない」
「下手に触ると、ズレる」
ガルは、舌打ちした。
「分からねぇままかよ」
「分からないまま、覚える」
ミロが言った。
「それが、今の俺たちだ」
三人は、しばらく黙っていた。
やがて、ミロが背を向ける。
「次に会う時」
「俺たちは、同じ相手を見ない」
「……だな」
ガルが頷く。
ニィは、最後にもう一度だけ、糸の痕跡を見た。
「……増えた」
「力じゃない」
「判断が」
それだけ言って、踵を返す。
不屈三牙は、倉庫街を後にした。
結論は、出ていない。
だが、確かに――
世界に、余白が生まれた。
誰も、それを正確には掴めない。
ただ、勘のいい者だけが知っている。
糸の人は、
もう一人で考えてはいない。




