表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強くならない俺が、糸で異世界を生きている。  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/35

第二十一話 役に立たない糸と、よく喋る商人


朝の町は、相変わらず忙しかった。


露店の準備音、荷車の軋む音、呼び込みの声。昨日までと何も変わらない――はずなのに、悠一の視線は、どうしても一箇所に落ち着いてしまう。


道具袋の中。


(……いるよな)


確認しなくても分かる。

今朝からずっと、視線の外で何かが落ち着いている。


「……出てくるなよ」


誰に言っているのか分からない忠告を呟き、悠一は通りを歩いた。



市場の一角で、見覚えのある背中を見つける。


「……エルドさん」


振り向いた商人は、にやりと笑った。


「よう、糸の人」


「やめてください」


即座に返す。


「冗談だ。

 だが、町じゃもう通じるぞ?」


「通じなくていいです」


エルドは荷を下ろし、悠一をじっと見た。


「顔色、悪くないな」


「普通です」


「だが、何か増えた」


「……何がですか」


「雰囲気だ」


エルドは即答した。


「背負ってるもんが、一つ増えた顔だ」


(鋭いな……)


悠一は、言葉を濁す。


「……気のせいですよ」


「そういう時は、大体気のせいじゃない」


エルドは笑いながら、露店の布を整えた。



エルドの手伝いをしながら、悠一は荷を運ぶ。


箱を持ち上げる。

置く。

整える。


(……糸、出てこないな)


昨日の夜の異変が、嘘のように静かだ。


(役に立たないなら、役に立たないでいいんだけど)


そう思った瞬間――


箱の端が、崩れた。


「っ」


反射的に、悠一は糸を出しかけて――止めた。


(……待て)


次の瞬間。


糸が、勝手に出てきた。


だが。


箱を支えない。

結ばない。

絡まない。


ただ、ひらひらと宙に漂った。


「……?」


箱は、普通に崩れた。


「おっと!」


エルドが慌てて押さえる。


「大丈夫ですか!?」


「問題ない」


エルドは箱を戻し、悠一を見る。


「今の……何だ?」


「……分かりません」


糸は、悠一の指に戻ってくる。


何事もなかったかのように。


「……助けてくれるんじゃないんですか」


小声で呟く。


糸は、反応しない。


(……役に立たないな)



昼。


露店の影で休憩する。


エルドが水袋を投げて寄こす。


「飲め」


「ありがとうございます」


一口飲んだ、その時。


糸が、水袋にちょこんと触れた。


「……何してる」


水袋は、普通だ。


冷たい。

漏れてない。


「……飲み物を冷やす機能とか、ないよな?」


期待してみる。


ない。


糸は、満足そうに――

いや、何も考えてなさそうに戻ってくる。


「……本当に、何もできないな」


エルドが、眉を上げる。


「独り言が増えたな」


「……そうですか?」


「増えた」


断言された。



午後。


客が増え、少し忙しくなる。


エルドが値段交渉をしている横で、悠一は布を畳む。


「……」


布の端が、ずれる。


(……来るか?)


来ない。


糸は、出てこない。


(さっきは出たのに)


「……気まぐれか?」


問いかけても、返事はない。


その時、エルドが言った。


「お前、最近“使わない選択”が増えたな」


「……分かります?」


「商人はな、

 使わない選択をする奴の方が信用できる」


「そういうものですか」


「そういうものだ」


エルドは、布を畳みながら続ける。


「使える時に使わない。

 売れる時に売らない」


「……損しません?」


「短期ではな」


「長期では?」


「信用が残る」


悠一は、糸を見る。


「……信用、ですか」


糸は、相変わらず静かだ。



夕方。


片付けを終え、露店を閉じる。


「助かった」


エルドが言う。


「また頼む」


「こちらこそ」


別れ際、エルドがふと立ち止まる。


「そうだ」


「はい?」


「その糸」


悠一は、息を止める。


「……何ですか」


「道具じゃないな」


エルドは、断言した。


「少なくとも、今は」


悠一は、何も言えなかった。


エルドは、笑った。


「困ったもんを背負ったな」


「……役に立たないんです」


「それでいい」


エルドは肩をすくめる。


「役に立つ奴は、すぐ消費される」


「役に立たない奴は、

 長く一緒にいられる」


(……商人の価値観だな)


「じゃあな、糸の人」


「だから、やめてください」


エルドは笑いながら、去っていった。



夜。


宿の部屋。


悠一は、糸を膝に乗せた。


「……今日は、何もしなかったな」


糸は、動かない。


「助けもしない」


「答えもしない」


「……役に立たない」


そう言った瞬間。


糸が、ほんの少しだけ、指に絡んだ。


きつくない。

引き留めるだけ。


「……」


悠一は、少しだけ笑った。


「まあ、いいか」


役に立たなくても。

理由が分からなくても。


「……一緒にいるだけなら」


糸は、静かだ。


だが、離れない。


「……明日も、様子見だな」


灯りを消す。


部屋は暗くなる。


だが――

その糸は、今日もそこにいた。


役に立たないまま。

だが、だが、確かに。


隣に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ