第十七話 負けた後の正しい間違い方
夜。
町から少し離れた、風を遮る岩陰。
焚き火は小さく、必要最低限。
不屈三牙は、円を描くように座っていた。
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……負けたな」
最初に言ったのは、ミロだった。
淡々とした声。
だが、認めるまでに少し時間がかかったのが分かる。
「完全に、だ」
「完全、ではない」
ニィが即座に訂正する。
「逃げ道は残ってた」
「使えなかっただろ」
ガルが腕を組み、低く唸る。
「使う前に、終わった」
再び沈黙。
焚き火が、小さく弾けた。
ミロは地面に小枝を取り、線を引き始める。
「状況を整理する」
「まず、俺たちが想定していた前提が間違っていた」
「前提?」
ガルが首を傾げる。
「糸は“捕まえるための道具”だと思ってた」
「違った」
ニィが言う。
「止めるため」
「ズラすため」
「選ばせるため」
ガルは、しばらく黙り込み――
「……分からん」
正直だった。
「絡まれたら動けねぇ。
それだけじゃねぇのか?」
ニィは、焚き火の火を見つめたまま答える。
「絡まれた“後”を考えてない」
「糸は、結果じゃない」
「過程」
ガルは、さらに分からない顔をした。
「……それ、今必要な話か?」
「必要」
ミロが即答した。
「俺たちは、力で突破しようとした」
「それを、全部読まれてた」
「速さも、力も、無意味じゃない」
「でも――」
ミロは、地面の線を指でなぞる。
「“使う順番”を、制された」
ガルは、しばらく考え込み――
「……じゃあ、もっと速くすればいいんじゃねぇか?」
ニィが、すっと視線を上げる。
「それは、次の段階」
「今じゃない」
「今やると、また止められる」
ガルは、うっと言葉に詰まった。
「……くそ、考えるの向いてねぇな」
「向いてる」
ミロが言う。
「向いてないのは、整理だ」
「整理?」
「頭の中が、全部“殴る”で埋まってる」
「悪かったな!」
ガルが声を荒げるが、怒ってはいない。
ニィが、小さく息を吐く。
「……殴るのは悪くない」
「でも、殴る前に踏まされてる」
「踏まされる?」
「糸」
「踏んだ瞬間、もう遅い」
ミロは、地面に円を描いた。
「ここが、あいつの間合いだ」
「俺たちは、入った瞬間に負けてる」
ガルは、円の外を指差す。
「じゃあ、外から行けばいい」
「それも、違う」
ニィが言う。
「外にいる限り、選ばされる」
「……選ばされるって、さっきから何だよ」
ガルが頭を掻く。
「全部、あいつが“選ばせてた”」
「動く方向」
「踏み込む瞬間」
「逃げ道」
ミロは、ゆっくり頷いた。
「俺たちは、戦ってたつもりで――」
「誘導されてた」
焚き火が、また弾ける。
ガルは、しばらく黙り込み――
「……じゃあ、どうすりゃいい」
ミロは、即答しなかった。
ニィが、ぽつりと呟く。
「……見る」
「見る?」
「もっと」
「ちゃんと」
ミロは、考え込み――やがて言った。
「次は、踏み込まない」
「踏み込まない?」
「踏み込む“前”に、動かす」
ガルは目を見開く。
「それ、どうやる」
「考える」
「……そればっかだな」
「今回は、それが足りなかった」
ミロは、きっぱり言った。
「力も、速さも、使った」
「でも、使いどころを間違えた」
ニィが、静かに続ける。
「だから次は――」
「間違えない」
ガルは、しばらく黙り――
「……分かった」
「考える」
「ちゃんと」
言い切るまでに、時間がかかった。
ミロは、少しだけ笑った。
「それでいい」
「俺たちは、不屈三牙だ」
「負けても、立つ」
「考えて、また来る」
ニィが、焚き火に枝を足す。
「……糸は、怖い」
「でも――」
一拍置いて。
「分からないまま、終わらせるのは、もっと嫌」
ガルが、鼻で笑った。
「だな」
「次は、もっと厄介になるぞ」
ミロは、立ち上がる。
「それでいい」
「それが、俺たちだ」
焚き火の火が、少しだけ大きく揺れた。
三人は、同時に空を見上げる。
次に会う時は、
同じではない。
それだけは、確かだった。




