第十五話 名を持つ者たち
町外れは、境目の空気をしていた。
人の声が遠ざかり、代わりに風と草の擦れる音が支配する。石壁の影が伸び、倉庫の輪郭が曖昧になる。町の中とも、外の世界とも違う、どちらにも属さない場所。
悠一は、歩みを止めた。
(……ここは、張れる)
町では抑え込んでいた感覚が、自然と戻ってくる。
糸を指に巻き、張力を確かめる。糸巻きのおかげで、必要な分だけを引き出せる。
「……落ち着くな」
小さく呟いた、その時だった。
――視線。
背後ではない。
正面でもない。
斜め前方、高低差のある位置。
悠一はすぐには振り向かず、代わりに糸を一本、地面に落とした。風に揺れない。
(……動かない。踏み込む気もない)
「……観てるだけなら、出てきてください」
声を張らず、淡々と告げる。
少しの間。
草が揺れ、三つの人影が現れた。
配置を見た瞬間、悠一は悟った。
中央に立つ男。
右に一歩前へ出られる距離の男。
そして左、わずかに引いた位置に立つ女。
囲む形ではない。
逃げ道を潰す形でもない。
全体を把握するための立ち位置だ。
「……やっぱり、気づくか」
女が静かに言った。
短い言葉。無駄がない。
「糸、張らなかったのに」
「必要がなかっただけです」
悠一は正直に返した。
「踏み込む気がなかった。
それなら、張る理由もない」
中央の男が、わずかに息を吐く。
「判断が早いな」
「慎重なだけです」
右側の男――体格のいい方が、腕を組んだ。
「慎重で済むなら、苦労しねぇよ」
声音は荒いが、苛立ちはない。
事実を言っているだけだ。
中央の男が、一歩前に出た。
「名乗る」
その一言で、空気が引き締まる。
「俺はミロ」
短く、だがはっきりと。
「こっちはガル」
力役の男が顎で示す。
最後に、女が一歩だけ前に出た。
「……ニィ」
それだけ。
三人は、同時に言わなかった。
だが、その必要もない。
(……不屈三牙)
名は、悠一の中ですでに一致していた。
「今日は、戦いに来たわけじゃない」
ミロが言う。
「だが、確認しに来た」
「何を?」
「お前が、町でどう糸を使うか」
悠一は、少しだけ眉を上げた。
「……随分、細かいところ見ますね」
「勝つためには、必要だ」
ミロの言葉は即答だった。
「戦える場面だけ見ても、意味がない」
「逃げる場面、使わない場面、
使えない場面――そこを見る」
ニィが、悠一の腰元に視線を落とす。
糸。
針。
糸巻き。
「……戦えるのに、使わなかった」
「獣を追い払った時」
「倒さなかった」
ガルが、少し不満そうに言う。
「楽な手もあっただろ」
「ありました」
悠一は否定しない。
「でも、あそこで倒す必要はなかった」
「町の近くだ。
あとで問題になる」
ミロが、静かに頷いた。
「先を見てる」
「……見ないと、生き残れないだけです」
悠一は肩をすくめた。
「正直、毎回余裕はないですよ」
ニィが、初めて視線を上げた。
「でも、考えるのをやめない」
「それが、糸の強さ」
悠一は、一瞬言葉に詰まった。
(……そこ、見るか)
沈黙。
三人は、それ以上踏み込まなかった。
「今日は、ここまでだ」
ミロが言う。
「次は、ちゃんと交わる」
「……宣言ですか?」
「約束だ」
三人は背を向け、草の向こうへ歩き出す。
ガルが、歩きながら一言だけ振り返る。
「次は、力も出す」
「……それは、勘弁してほしいですね」
悠一の本音に、ニィがわずかに口角を上げた。
「逃げないなら、問題ない」
それだけ言って、三人は姿を消した。
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一人残された悠一は、しばらく動かなかった。
「……敵、だよな」
そう呟いてから、首を振る。
敵だ。
だが、単純な敵ではない。
糸を指に巻き、張力を確かめる。
今日は、張っていない。
戦ってもいない。
だが――
確実に見られた。
「……面倒だな」
それは、不思議と悪い響きではなかった。
糸を道具袋にしまい、町へ戻る。
不屈三牙――
ミロ、ガル、ニィ。
彼らは、必ずまた来る。
そして次は、
考えるだけでは済まない。




