第十三話 町という場所
町の門は、思ったよりも大きかった。
石を積み上げただけの素朴な外壁だが、近くで見ると高さがあり、外の草原とは明確に世界を分けている。門の前には人が集まり、荷車が列をなし、怒鳴り声と笑い声が入り混じっていた。
「……人、多いな」
悠一は思わず呟いた。
草原や森では、音は風と獣のものだった。
だがここでは、音の主が多すぎる。足音、会話、金属の擦れる音、馬の嘶き。どれもが近く、重なり合い、空気を揺らしている。
(糸、張れないな……)
真っ先に浮かんだのが、それだった自分に、少し呆れる。
道の真ん中に糸を張れば、盗賊より先に衛兵に捕まるだろう。そもそも人が多すぎて、どこに張っても誰かが引っかかる。
(……無差別トラップはダメだ)
自分に言い聞かせながら、門へ向かう列の最後尾に並んだ。
⸻
「次!」
門番の声が響く。
鎧は着ているが、いかにも仕事慣れした様子で、目つきは鋭すぎない。危険人物を探しているというより、面倒ごとを減らしたい顔だ。
「目的は?」
「町に入るだけです」
「身分証は?」
「……ありません」
「武器は?」
「糸ならあります」
門番が、首を傾げた。
「糸?」
「糸です」
念のため、指に巻いた糸を見せる。
門番はそれをじっと見て、沈黙した。
「……釣りか?」
「いえ、戦います」
「……は?」
後ろの列から、小さく笑い声が漏れた。
(やめてくれ、ここで笑いを取る気はない)
悠一は内心で頭を抱えつつ、必死に補足する。
「えっと、その……防御と、拘束と、あと応用で色々……」
「剣は?」
「持ってません」
「魔法は?」
「使えません」
門番は深く息を吐いた。
「……よし、入れ」
「いいんですか?」
「問題を起こすな。起こしたら、すぐ追い出す」
「善処します」
(“起こさない”とは言えないのが、俺だな……)
そう思いながら、門をくぐった。
⸻
町の中は、さらに情報量が増えた。
露店が並び、果物や布、金属製品が所狭しと置かれている。匂いも強い。焼いた肉、香辛料、汗、馬の糞。正直、慣れない。
(……糸、完全に浮いてるな)
悠一は自分の腰元を見下ろした。
道具袋から少し覗く糸。
ここでは、剣や杖が当たり前だ。
(生活用品として売るなら、ありか?)
一瞬そんなことを考え、すぐに否定する。
(いや、無理だ。これ命綱だし)
歩いていると、人と肩がぶつかる。
「すみません」
反射的に謝る。
「おっと、悪いな」
返事が返ってくる。
草原ではあり得なかったやり取りに、少しだけ安心する。
⸻
宿を探そうと、通りを見回した、その時だった。
「……あれ?」
足元に、違和感。
無意識に糸を張ろうとした自分の手が、止まった。
(ここ、癖で張りかけたな……)
もし張っていたら、今頃は大惨事だ。
自分で自分を縛り上げ、衛兵に連行される未来が見える。
(町では、糸は“張る”より“仕舞う”が基本だ)
新しいルールを、頭に刻み込む。
その瞬間――
「お前!」
背後から声がした。
振り返ると、衛兵が一人、こちらを見ている。
「……はい?」
「さっきから、妙に周り見てるな」
(やっぱり怪しまれた!)
悠一は必死に弁解を考える。
「えっと、その……迷子です」
「大人が?」
「方向音痴で」
衛兵は、じっと悠一を見る。
「……武器は?」
「糸です」
「……またか」
小さく呟き、肩を落とす。
「分かった。問題起こすなよ」
「はい!」
(町、怖いな……)
心の底からそう思った。
⸻
宿を見つけ、部屋を借りる。
狭いが、屋根と壁があるだけで十分だ。
ベッドに腰を下ろし、糸を取り出す。
指に巻き、ほどき、張力を確かめる。
(外じゃ強く感じたのに……)
町の中では、糸が頼りなく感じる。
人が多すぎる。
選択肢が多すぎる。
(……でも)
悠一は糸を見つめた。
「使えないわけじゃない」
使い方を変えるだけだ。
張るのではなく、結ぶ。
縛るのではなく、支える。
(町用の戦い方、考えないとな)
ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
「……やること、増えたな」
だが、不思議と嫌ではなかった。
糸は、まだある。
考える時間も、ある。
悠一は小さく笑った。
「……よし」
明日は、仕事を探そう。
町で、生きるために。




