美穂
【悪魔も聖書を引用できる——】
衝撃のラスト!
あなたはきっと騙される!!
佐藤と別れたあと、拓海は電車を乗り継いでとあるアパートにたどり着く。
二階の角部屋の前でインターホンを押すと、すぐにドアが開き、美穂が笑顔で迎えてくれた。だが、とたんに彼女の表情が曇った。こちらの深刻な顔つきに気づいたからだろう。彼女は気を取り直したように笑顔を見せると、「ご飯できてるよ」と言って部屋に招き入れてくれた。
「美穂、話があるんだ」
食事後、拓海は静かに切り出した。
丸い座卓を挟んで、美穂を正面から見つめる。座卓はイケアで彼女といっしょに選んだものだ。下に敷かれた緑色のラグもそうだ。
「何、話って?」
不安そうな表情を浮かべている美穂に、拓海は佐藤から聞かされた計画を話し始めた。耳を傾けている彼女の顔が、どんどんとこわばっていった。
「あいつが言うには、不安なら誰かに試してみろって……」
「そんな……」
美穂が絶句する。
「……これがそうだ」
拓海はそう言って、先ほど受け取った小瓶をテーブルの上に置いた。
美穂は小瓶を見て固まっていた。手に取ろうともせず、感情が抜け落ちたような顔でじっと見つめている。当然の反応だろう。薬の効果を確かめるために、人を一人殺そうというのだから。
「ぼくも佐藤の言う通りだと思うんだ。いきなり彼女に試して効果がなかったら、元も子もないわけだし」
美穂が唇を震わせながら口を開いた。
「本気で……試すつもりなの?」
「そのつもりだ」
「でも、誰に?」
美穂が唾を飲み込む音が聞こえてきた。だいぶ緊張しているようだ。
拓海は少し間を置き、なるべく普通な感じに聞こえるように努めながら口を開いた。
「美穂、前に言ってたよな。職場で殺したいほどムカつく女がいるって」
その瞬間、美穂が目に見えてうろたえた。
「え、待って……。たっくん、まさか」
酷な頼みだとはわかっていた。だが、他に頼める相手はいない。拓海は慎重に言葉を選びながら説得を試みた。
「わかってると思うけど、ぼくらが狙ってる相手は超がつくほどの金持ちだ。自然死に見えたとしても注目されやすい。とくに、ぼくみたいな貧乏役者と結婚したあとではなおさらだ。死因に不審な点があれば、自然とぼくが容疑者に浮上するだろう。だからね、美穂。この薬を試す相手は、ぼくの知人じゃダメなんだ。それだとリスクが高すぎる。あの女が死んだあとに警察がぼくのことを調べて、もし、ぼくのまわりで同じような死に方をした人がいたとわかったら、警察はぼくを疑い、彼女の死は徹底的に調べられるはずだ。そうなればきっと計画は破綻する。その瞬間、ぼくら二人の未来は消えてなくなるんだ。だからわかってほしい。この薬を試すなら、なるべくぼくと遠い人間がベストなんだ」
今語った言葉が美穂の選択肢を奪い、袋小路に追い込んでいるのはわかっていた。だが、ここは心を鬼にするしかなかった。
彼女は怯えた仔犬のような目で言った。
「それはわかるよ。でも……」
「無理にとは言わない。こんなこと、強要するつもりもないからね。ただ、職場で殺したい人がいるって言ってたのを思い出して、聞いてみただけなんだ」
さも気軽な調子で言うが、美穂は深刻な表情をして考え込むようにうつむいてしまう。
拓海はこれまで一度も彼女に無理強いをしたことはなかった。今回も彼女が無理なら、薬の効果を信じて、ぶっつけ本番で新庄麗子に試すつもりだった。
沈黙が続き、重苦しい空気が漂う。そもそも美穂は、今回の計画に強く反対していた。それでも二人の幸せのためだと何度も説得したことで、最終的にはしぶしぶ了承してくれた。麗子と肉体関係を持つことも、納得はしていないようだったが、ビジネスセックスならばと許してくれたのだ。
すると突然、美穂がぼそっと言った。
「でも、薬の効果がわかったほうが、安心だよね……」
拓海は真剣な表情で小さくうなずいて見せた。胸が締めつけられるほど苦しかった。彼女をむずかしい立場に追い込んでしまっていることに自責の念を感じた。
「お茶、淹れるね」
美穂はそう言って立ち上がると台所へ向かった。
お茶の用意を待つ間、拓海はテーブルに置かれた小瓶を何気なく見つめていた。すると、LINEにメッセージが入った。佐藤からだった。
〝薬は直射日光を避けて涼しいところで保管すべし〟
拓海はスタンプ一つで返信した。
「たっくん」
「ん?」
呼びかけに反応して拓海が台所に顔を向けると、美穂が背中を向けたまま言った。
「今の件、少し考えさせて」
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