打ち上げ①
【悪魔も聖書を引用できる——】
衝撃のラスト!
あなたはきっと騙される!!
ドリンクが全員の元に行き渡ると、演出家の近藤がグラスを片手に立ち上がる。ざわつきが止み、みなの視線が彼に向かう。
「みんなのおかげで、今回の公演も大成功だった!」
大きな拍手が湧き起こる。大衆居酒屋の座敷には劇団関係者とその友人知人が四十人ほど集まり、早くも熱気に包まれていた。まわりの反応に満足げにうなずきながら近藤は続けた。
「今夜は思いっきり騒いで飲んで、成功を祝おう! それじゃ、乾杯!」
乾杯の音頭とともに、テーブルのあちこちからグラスやジョッキがぶつかる音が響き渡る。
場が少し落ち着いたところで、拓海は腰を上げて全員に聞こえるように声を張った。
「みんな、今日の飲み代は舞台の売り上げから出すから、お金の心配はいらないよ」
ひときわ大きな歓声が上がる。
周囲の喜ぶ様子に満足し、拓海は腰を落として座り直す。隣に座る麗子が微笑みかけてきたので、拓海は小さく笑みを返す。売り上げで支払うと言った飲み代は、実際には拓海のポケットマネーから出る予定だ。
劇団関係者には、かつての自分のように経済的な不安を抱える者が多い。それで、少しでも彼らの力になりたいと思い、拓海は打ち上げ費用を負担することにしたのだ。当然、それはすべて麗子のおかげだ。彼女から毎月多額の小遣いを受け取っていたからこそできることだった。
拓海の向かいに座る近藤が、熱を帯びた口調で語る。
「最近は、百人規模の会場なら余裕で埋まるようになってきた。いずれは、三百人とか五百人規模の公演をやりたいよな!」
宴会はすでに大いに盛り上がっており、声を少し張らなければ会話ができないほどだ。
近藤は枝豆をつまみながら続ける。
「これからも、今まで通りのクオリティを保ち続ければ、口コミでの集客も期待できるし、現にXでは観てくれた人たちの好意的なツイートも多い。それに、TokTokで公開しているショートドラマの再生数も順調に伸びてるから、いつバズってもおかしくないと思うんだ。この調子で地道に続けていけば、うちの劇団の知名度も上がっていくだろうし、いつかテレビ局の関係者の目にとまって、映画やドラマで活躍する役者が出てくれたらうれしいよね。おれ自身も、それに便乗して、大きなプロジェクトに携われたらいいなって思ってるんだ」
拓海が同意するようにうなずくと、近藤はさらに続けた。
「それに、前から言ってることだけど、フォロワーが何百万人もいるような有名人が紹介してくれたら、一気にバズって、一夜にして人生が変わるかもしれないんだ」
拓海はその言葉に深くうなずいた。
今の時代、SNSは最強の宣伝ツールだ。近藤が言うように、SNSには一夜にして人生をひっくり返すほどの力がある。実際、SNSでバズってヒットした人物や作品は枚挙にいとまがない。
近藤の話に耳を傾けながら、拓海は隣に座る麗子をちらりと見た。彼女は手鏡を覗き込み、化粧崩れを確認しているところだった。退屈している様子はない。もともと自分から積極的に話すタイプではなかったので、楽しそうにしているならそれでいいと思った。
ちょうどそのとき、近藤が話題を変えた。
「ねえ、みんな聞いてよ。最近、映画監督をやってる友人と話す機会があったんだけどさ」
彼の口から監督の名前が出たが、拓海も含め誰も知らなかった。低予算の商業映画を数本手がけた実績があるという。
「彼から聞いた話なんだけど、女優志望の若い女の子たちの中には、チョイ役でもいいから出してほしいって頼んでくる子が多いんだって。でも、そういう子に限って、その監督の作品を一本も観てないことがほとんどなんだって。それって順番が違うと思わない? その監督の映画に出たいなら、まずは彼の作品を観てからお願いするべきでしょ? でも本人たちは、それがどれだけ失礼なことか気づいてないんだよね」
周囲の者たちは、なるほどとばかりにうなずいた。
「まあでも、その監督が言うには、今まで撮った映画はキャスティングにほとんど関与させてもらえなかったみたいで、完全に雇われ監督だったみたい。だから、映画に出たい子たちは、監督じゃなくて、キャスティングの権限があるプロデューサーに媚を売ったほうがいいって言ってたよ」
「へえ、そうなんですねぇ」
リョウが納得したようにうなずいた。
近藤が隣に座るリョウに問いかける。
「リョウちゃんって、まだ飯田橋のカフェで働いてんの?」
「ええ、まだ続けてますよ。もう何だかんだで二年になりますねぇ」
「へえ、けっこう長いね」
「そうなんですよぉ。あ、そうだ、聞いてください。飯田橋だから総武線を使うんですけど、総武線って千葉につながってるじゃないですかぁ? だから利用してる客が終わってるんですよね」
「終わってるって?」
「あいつら、絶対に降りる人を待たずに乗り込んでくるんですよぉ。普通、どこの駅でも多少はドアの前を開けて降りる人に道を譲るじゃないですかぁ?」
「まあ、そうだよね」
「マジで千葉県民、民度低すぎですからぁ」
「リョウちゃん、それは言い過ぎだって」
近藤が笑いながらたしなめる。
「いいえ、全然言い過ぎじゃないです! あいつら、マジで民度低いですから!」
「何回言うんだよ」
近藤のツッコミに、周囲からどっと笑いが起こる。
それでも、リョウは怒りが収まらない様子で続ける。
「マナーを守らない性格の悪いやつらって、目に見える形で天罰を受ければいいのに!」
「リョウちゃん、それってさ、自分は性格がいいっていう前提で言ってるよね?」
「えー、近藤さん、それひどーい!」
再び、大きな笑いが起こる。
「はは、冗談だよ、冗談。でもさ、おれ、輪廻転生を信じてるんだけど、性根が腐ってるようなやつらは、きっと来世で貧困地域に生まれるか、動物実験に使われる動物とかに生まれ変わるんじゃないかって思うんだ」
「あ、それいいですね!」
リョウが瞳を輝かせて合意する。
すると、今の話を聞いていたみのりが泣きそうな顔で抗議する。
「もう、近藤さん! 動物実験とか言わないでくださいよ〜。悲しくなっちゃう〜」
「ああ、ごめんごめん」
近藤が笑顔で謝るが、みのりはまだ泣き顔のままだ。
テーブルのあちこちで爆笑が起こったり、熱い議論が交わされている。酒がだいぶ回っているせいか、座敷はまるで学生の飲み会のような盛り上がりを見せていた。
そんな中、「どうも、どうも〜」とビールジョッキを片手に、一人の男が拓海たちの席に近づいてきた。脚本家の田中の知人で、ナガタという名の四十手前の男だ。歯並びが異様に悪い男で、身なりに無頓着なせいか、全体的に野暮ったい印象を受ける。かなり酔いが回っている様子で、彼が現れたとたん場の空気が一変した。みな会話を止め、彼に注目する。
ナガタは、みのりの隣に強引に腰を下ろすと、醜い乱杭歯をさらけ出しながら口を開いた。
「みのりちゃん、今日はずいぶん薄着だね」
「だってぇ、今日すっごく暑かったじゃないですかぁ」
「確かに。最近暑くなってきたから、薄着の人が増えてきたよね」
「ですね〜」
「でもさぁ、おれ思うんだけど、露出度の高い美人を見ると、ありがとうって言いたくなるけど、露出度の高いブスを見ると、死ねってなるんだよね」
「あー、ひどーい。容姿差別、はんたーい」
みのりが冗談めかして非難する。
ナガタの目つきを見れば、みのりを性の対象として見ているのは明らかだ。おそらく、話しかけるタイミングをずっとうかがっていたのだろう。社交的な感じには見えなかったから、今は酒の力を借りて話している感じだ。
演出家の近藤が映画の話題を振ったことで、しばらく映画談義で盛り上がったが、ナガタが強引に下ネタへ持っていった。
「ウッディ・アレンの映画でさ、タイトルは忘れちゃったけど、その映画のヒロインがオーラルセックスの博士号を持ってるんだ」
ナガタの発言に、リョウが楽しげに反応する。
「何それ? 超ウケるんだけど!」
「ん? オーラル……?」
みのりが意味をつかめずにいると、隣に座るリョウが耳打ちする。すぐにみのりが顔を赤らめ、「もう、やだぁ」と声を上げた。
ナガタがいやらしい目つきでみのりに言う。
「みのりちゃんも、オーラルセックスの博士号を持ってるって聞いたけど」
「持ってないっての!」
下ネタを振られても、みのりは動じることなく笑顔で受け流す。
みのりが不快な表情を見せないのをいいことに、ナガタは調子づいて下ネタを続けた。それを見て、拓海は閉口した。ナガタのように生まれつきユーモアのセンスに欠けている男は、低俗なバラエティ番組さながらに、下ネタや自分より立場の弱い者をいじることでしか笑いが取れないのだ。
ナガタを中心に下ネタで盛り上がる中、それまで会話の中心にいた演出家の近藤は、別の男と演出論について語り合っていた。
そんな中、拓海は隣に座る麗子の異変に気づく。明らかにぐったりしている。
「麗子、だいじょうぶ?」
「ええ……。ちょっと、具合が悪くなったみたい」
弱々しい声で麗子が答える。
「それは大変だ! すぐに家に帰ろう!」
「いいの。拓海さんは残ってちょうだい。でも、わたしだけ先に帰らせてもらってもいい?」
「いや、心配だからいっしょに帰るよ」
「ダメよ。主役が帰ったらシラけちゃうでしょ? お願いだから、拓海さんは残って」
麗子が折れそうにないのを見て、拓海は説得をあきらめた。
「わかった。君がそう言うなら残るよ。で、どうする? タクシーを呼ぶ? それとも……」
「そうね。人目もあるし、タクシーにするわ」
ポチッと評価、お願いします(^ ^)v




