この世で最も醜い生き物
その人は僕に告げた。
『この世で最も醜い生き物を見せてあげる』
僕は芸術家だった。
まだ駆け出しだ。
その人も芸術家だった。
遥か頂にいた。
『きっと、良い刺激になるよ』
尊敬しているその人の言葉はあまりにも蠱惑的に響いていた。
「ごらん、あの生き物を」
「生き物?」
その人はそう言って指を指す。
「あぁ。ほら、よく見てごらん」
「よく見えません」
そう言ってその人に近づこうとする僕をその人は怒鳴り声で制した。
「動くな! そこからじゃないと見えないんだ!」
僕はビクリと震えて立ち止まった。
その人が何を見ているか分からない僕をそのままにさらに問が続く。
「あれはどうしようもない生き物だ。何故だと思う?」
混乱したままに僕は問い返す。
「分かりません、何故ですか?」
その人はにんまりと笑う。
「ほら、まさに今がそうだ。君を見て笑っている」
「一体何を……」
「あれはね、君の未熟さを見て笑っているんだ。優越感に浸っているのさ。遥か下の存在を見て嘲笑うことしか出来ない。それをして安堵して成長を止めて……そして遂には何も出来なくなったんだ」
遂に僕は耐えきれず、問いかけていた。
「何故、あなたは鏡を指差しているのですか」
その人はぐるりと振り返る。
鏡の中のその人の背が映っていた。
対して僕の立ち位置は絶妙で鏡にはその人しか映っていない。
「君に醜い生き物を見せているだけだ。現状に満足し動くことを止め、そればかりか自分より下のものを見て嘲笑うばかりの価値のない生き物を」
あの日から数十年の時が経つ。
僕は未だに駆け出しだ。
あの人のお陰で。