表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【ヒューマンドラマ】

この世で最も醜い生き物

作者: 小雨川蛙

 

 その人は僕に告げた。

『この世で最も醜い生き物を見せてあげる』

 僕は芸術家だった。

 まだ駆け出しだ。

 その人も芸術家だった。

 遥か頂にいた。

『きっと、良い刺激になるよ』

 尊敬しているその人の言葉はあまりにも蠱惑的に響いていた。


「ごらん、あの生き物を」

「生き物?」

 その人はそう言って指を指す。

「あぁ。ほら、よく見てごらん」

「よく見えません」

 そう言ってその人に近づこうとする僕をその人は怒鳴り声で制した。

「動くな! そこからじゃないと見えないんだ!」

 僕はビクリと震えて立ち止まった。

 その人が何を見ているか分からない僕をそのままにさらに問が続く。

「あれはどうしようもない生き物だ。何故だと思う?」

 混乱したままに僕は問い返す。

「分かりません、何故ですか?」

 その人はにんまりと笑う。

「ほら、まさに今がそうだ。君を見て笑っている」

「一体何を……」

「あれはね、君の未熟さを見て笑っているんだ。優越感に浸っているのさ。遥か下の存在を見て嘲笑うことしか出来ない。それをして安堵して成長を止めて……そして遂には何も出来なくなったんだ」

 遂に僕は耐えきれず、問いかけていた。

「何故、あなたは鏡を指差しているのですか」

 その人はぐるりと振り返る。

 鏡の中のその人の背が映っていた。

 対して僕の立ち位置は絶妙で鏡にはその人しか映っていない。

「君に醜い生き物を見せているだけだ。現状に満足し動くことを止め、そればかりか自分より下のものを見て嘲笑うばかりの価値のない生き物を」


 あの日から数十年の時が経つ。

 僕は未だに駆け出しだ。

 あの人のお陰で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
❛あの人❜は、 ❛僕❜の、才能や若さなどすべてが眩しく羨ましく、嫉妬さえ覚えてそれでも愛おしく、狂うほど苦しんで❛あの日❜を迎えたのかな、と思いました。 数十年後の時を経ても、自分を駆け出しだと言い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ